2011年6月9日木曜日

〔かしつぼ〕水無月の夜 中嶋憲武

かしつぼ
水無月の夜


中嶋憲武

かしつぼ=歌詞のツボ
作詞・作曲 井上陽水/編曲 星 勝
1976. March アルバム「招待状のないショー」収録
蛍狩りから もどった君は
足も洗わず 籐椅子に
川むこうには たくさんいたと
ゆかたのすそをぬらして
水無月の夜 送り火の前

夏帯解いて ゆかたを着がえ
たけの長さを 気にして
君の作った 砂糖水には
かげろうゆれて 動いた
水無月の夜 迎え火の前

蚊帳をくぐって 蛍かごあけ
笹の葉を持ち とまれと
灯りを消せば 蛍も見える
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 蛍火の中
「招待状のないショー」というアルバムは、フォーライフレコードへ移籍してはじめてのアルバムで、それまでの陽水のセンチメンタルフォークという路線を打ち破ろうとするアレンジや歌詞の意気込みも感じられますが、アルバム全体から醸し出される寂しい雰囲気があり、そのほうが好きです。この年の2月に陽水が最初の奥さんと離婚したという事実を考えれば、「Good,Good-Bye」「青空、ひとりきり」「曲り角」「今年は」「口笛」「もう………」といった楽曲に、その体験が色濃く反映されているように聞こえます。1976年3月といえば、ぼくにとって中学から高校への非常に不安定な時期であり、かつ寂しい季節と重なり、余計に寂しく寂しく聞こえたのかもしれません。

てなわけで「水無月の夜」なんですが、この曲、このアルバムのなかで一番好きな曲です。印象的なギターのカッティングに始まり、ドラマティックにストリングスが絡んでくるイントロで、ぐっと曲の世界に引き込まれてしまいます。陽水の低音の歌唱で歌が始まるのですが、その低音を聴くと陽水っていい声だなあとしみじみ思います。

歌詞は「蛍狩り」「籐椅子」「ゆかた」「水無月」「送り火」「夏帯」「かげろう」「迎え火」「蚊帳」「蛍かご」「笹の葉」「蛍火」など純日本の情緒ある単語が散りばめられ、アレンジもマイナー調で、陽水の抑制の効いたささやくようなヴォーカルが情感を高めてゆきます。歌詞を眺めていて違和感を覚えるのは、送り火と迎え火の順序が逆である事や、旧暦水無月といえば水が無い月と書くとおり、暑い盛りの季節(今年でいえば7月12日から8月9日の29日間)であり、そんな頃にはもう蛍などいなくなっているのではないかという事や、かげろうは春先に地に立つものであり、砂糖水の入ったコップの口にゆらめくものではないという事など挙げられますが、「心もよう」という曲のなかの詞に「あざやか色の春はかげろう」という一節があり、陽水はこれらの事を知っていて、詞の世界をドラマティックに盛り上げてゆくための、作詞上意図的に書いているのではないかと思えます。送り火と迎え火の順序が逆になっているのは、最終連のクライマックスを導入するためではないかとか。深読みですか?

個人的にこの歌の情景にかぶるイメージが、ぼくのなかにずっとあります。それは、この当時小学館から「GORO」という雑誌が出ていて、篠山紀信が「激写」というタイトルで女性をモデルにした写真をグラビアで連載していたものです。なかでも、浴衣を着た髪の長い女性を古い日本家屋や、川などで撮っていた数ページのグラビアのイメージと重なっています。

それゆえか、この曲の歌詞は性的な事柄が暗示されているように思え、第3連の最後の2行、
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 蛍火の中
は象徴的です。「夜具とゆかたのふれ音」で性的な行為を暗示し、「水無月の夜 蛍火の中」で、そんな二人をロングショットで捉えているというふうに読むことが出来ると思います。読み過ぎ?俺、エッチ?

陽水のこの路線は、のちの「ジェラシー」「リバーサイドホテル」「背中まで45分」などに繋がってゆくのだと思えます。


4 件のコメント:

猫髭 さんのコメント...

いい曲ですね。youtubeで久しぶりに聞いてしまいました(http://www.youtube.com/watch?v=11AxmcpO5T4)。

>旧暦水無月といえば水が無い月と書くとおり、暑い盛りの季節(今年でいえば7月12日から8月9日の29日間)であり、そんな頃にはもう蛍などいなくなっているのではないかという事や

水府村の水府川では螢の乱舞を見るのが小学校の時の夏休みの楽しみでしたから、茨城では昔は暑い夏の盛りに螢が見られたと記憶します。もう今は川がそもまま立ち上がるような螢の群舞は見られないと思いますが。それから、水無月は水の無い月の意味ではありません。水無月の無は連体助詞の「な」で水の月という意味です。念の為。

安室波平 さんのコメント...

数ページのグラビアとは、宇都宮玲子という人ですね。

憲武 さんのコメント...

猫髭さん、ごぶさたしております。
水無月の無は、神無月の「な」でもありますね。水の無い月という説もあり、時期的にこちらの説を取りました。
真夏の蛍の乱舞、涼やかですね。見てみたいものです。

憲武 さんのコメント...

波平さん、こんばんは。
そうですね。「135人の女ともだち」にも載ってましたね。