2020年1月10日金曜日

●金曜日の川柳〔荻原柳絮〕樋口由紀子



樋口由紀子






元日の日記欄外まで溢れ

荻原柳絮

なんとなく「日記」というものに憧れて、日記を書き始めたことがある。しばらくはそれなりに続いたが、ひと月もすると書くことがなくなってきた。起きた、食べた、遊んだ、寝た、の単調な繰り返しで、テレビドラマのように何かが起こったり、素敵な出会いがあるわけではなかった。

元旦は確かにいっぱい書くことがあった。食べるものもすることも、まわりもすべて、いつもとは別の非日常である。何よりも気持ちの持って行き方が普段とは格段に違っている。元日というものを日記を肴に捉えている。「日記」というもので元旦を語っている。

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2020年1月9日木曜日

●木曜日の談林〔松意〕浅沼璞


浅沼璞








代はどれも五百八十なな七草   松意
『功用群鑑』(延宝八年・1680頃?)

やはり松意の発句で、食べ物つながり。

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「五百八十なな」は「五百八十年七回り」の諺取り(世話取り)。

算式にすれば、
580年+干支の七回り(420年)=1000年
つまり目出度いことの長く続くように、との祝言である。

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これに新春の「七草」を尻取的に言いかけたわけで、代は末永く、と七草を俎板にたたく感じだが、そのリズムがここちよい。

濁音続きのあとの「なな」「七」のリフレインが効いている。

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この句意に反し、松意の活躍が短かったことは前回ふれたとおりである。

なんとも皮肉な談林の一コマ。

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2020年1月6日月曜日

●月曜日の一句〔浅沼璞〕相子智恵



相子智恵







犬の子やかくれんぼする門の松   一茶
  尻尾のふえて揺るゝ初夢    璞

句集『塗中録』(左右社 2019.11)所載

俳人であり、連句人(レンキスト)である浅沼璞氏の初句集。故人の発句の「脇起し」(古人の句・夢想の句など、一座していない人の句を立句として、脇の句から作り始めること)の章から引いた。

一茶の発句は、門松のかげに隠れている犬の子。頭は隠れているのだけれど、尻尾は見えているのかもしれない。犬は〈かくれんぼ〉という遊びをしているつもりはもちろんないのだが、一茶らしい捉え方だ。かわいらしくて、新年のめでたさがある。

そこに璞氏の脇句〈尻尾のふえて揺るゝ初夢〉が付いて、めでたさの中に怪しさがほのと出てきた。〈尻尾のふえて揺るゝ〉は、猫又のように尻尾が増えた妖怪を思う。さらには、ちぎれんばかりに尾を振る犬のかわいさも想起させた。漫画の表現では、尾を振る速さを表すのに、尾を何本も増やして描くことがあるが、そんな表現を感じ取ったのだ。もしかしたら単純に子犬がたくさん増えたのかもしれないけれど。夢の中のことだから、こちらも自由に読んでみたい。

そもそも〈かくれんぼ〉からの〈初夢〉は、夢幻能を観ているようだ。また〈ふえて揺るゝ〉には、豊作や繁栄など新年の願いと重なるところがある。怪しいけれど、めでたい心が通じている。

一茶の発句の鑑賞で、私は「頭は隠れているのだけれど、尻尾は見えているのかもしれない」と書いたが、一茶の句からはその描写は見えてこない。これは脇句まで読んで生まれたイメージである。

付けながら転じていく連句。それを自由にイメージを広げて読むのは楽しいものである。

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2020年1月5日日曜日

●餅花

餅花


餅花を真中に置き顔華やぐ  細見綾子

餅花のあればさはらずにはおかじ  辻桃子

餅花にをりふしひびく古風鈴  飯田龍太

餅花に立てば触れしよ旅の髪  野沢節子

氷るもの氷り餅花にぎやかに  宇佐美魚目

餅花の高々とある炬燵かな  高浜虚子

2020年1月1日水曜日

●2020年 新年詠 大募集

2020年 新年詠 大募集

新年詠を募集いたします。

●おひとりさま 一句  (多行形式ナシ)

●簡単なプロフィールをお添えください。

※プロフィールの表記・体裁は、既存の「後記+プロフィール」に揃えていただけると幸いです。

●投句期間 2020年1月1日(水)0:00~1月4日(土) 12:00 正午

〔投句先メールアドレスは、以下のページに〕
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2007/04/blog-post_6811.html