2019年11月30日土曜日

●土曜日の読書〔砂糖菓子と石〕小津夜景



小津夜景








砂糖菓子と石

先日、はじめてニースに来たというパリジャンの前でトレーズ・デセールの話をしたら、それほんとにフランスの習慣なの、聞いたことないんだけど、と怪訝な顔をされた。そうだよ、パリだけがフランスじゃないんだよ。ささやかなお国根性を胸のうちに認めつつ、わたしはそう返答した。

トレーズ・デセールは十三のデザートという意味で、クリスマス・イヴの晩ごはんのあとに食べるプロヴァンス地方の伝統食である。かならず用意するのはポンプ・ア・リュイル、白ヌガー、黒ヌガー、干しいちじく、干しぶどう、アーモンド、クルミまたはヘーゼルナッツの七品で、あとは花梨の羊羹、くだものや花の砂糖漬け、干しなつめやしの練りアーモンド入り、みかん、メロン、地元の銘菓などをみつくろって、とにかく十三品を食卓にならべるのだ。

ポンプ・ア・リュイルはバターのかわりにオリーブオイルを練りこんで焼き、粉砂糖をまぶした平べったいパンで、オレンジの花の蒸留水で香りづけがしてある。食べるときはレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」よろしく手でちぎり(パンはキリストの身体ゆえ、ナイフで切るのはご法度らしい)、煮つめたワインにひたす。ヌガーはメレンゲに砂糖、ナッツ、ドライフルーツを混ぜて固めた南仏の郷土菓子だけれど、砂糖菓子を語るならば、わたしはくだものや花の砂糖漬けのほうがずっと食べたい。

よし。クリスマス・イヴのまえに砂糖漬けをもういちど復習しておこう。わたしはそう決めて、今日港に用事があったついでに、そこからすぐのところにある砂糖菓子のアトリエに立ち寄った。このアトリエは、昔ながらの製法でつくるところを目の前で実演してくれるのだ。

胃袋は四次元ではない。この誰しもが知るべき法則と照らし合わせつつ、物腰やわらかに相手をしてくれる店員の横で、わたしは今年のトレーズ・デセールになにを食べるべきかを吟味してゆく。店員は、美しい宝石のような、はたまた妖しい奇岩のような、色とりどりの砂糖菓子をじゅんばんに説明する。

「こちらはすみれの砂糖漬けです。砂糖の結晶が、アメジストの原石をイメージさせます」

なるほど。眺めるだけで心が安らぎ、浄化され、神聖な気持ちがやしなわれる点は、たしかに原石と向かい合っているときと変わらない。まったくなんという徳を有しているのだろう砂糖漬とは。

「で、こちらは砂糖をまぶしたベルガモットの飴」
「わあ。付け爪みたい」
「シュガーネイル、あとシュガーストーンもこんな感じですよね」

シュガーネイルにもシュガーストーンにも縁はないけれど、わたしは店員の説明に深くうなずく。爪の原石といえば、江戸時代中期の奇石蒐集家で、日本考古学の先駆者の一人ともされる木内石亭が、なんだろうと首をかしげた天狗の爪というしろものがある。
弄石ブームに乗じてへんな石商人も横行していたが、石そのものにもへんなものがあった。一例が天狗の爪石。石亭七十三歳のとき、この石について「天狗爪石奇談」という考証を著している。「いかなる物か不詳。故人も考索せざる異物なり」とあって、正体がよく分からない。大きさは米粒大から三、四分ばかり、なかには三、四寸のものまである。青白色に光り輝いている。海浜の砂のなかや古い船板の間などにみつかる。屋敷などに天狗の乱入した後に残されるともいう。産地は能登、越後などに多い。(種村季弘『不思議な石の話』河出書房新社)
これ、いったいなにかわかりますか。答えはサメの歯の化石です。浅い海の地層から出土し、もっとも巨大なカルカロドン・メガロドンになると歯もすごくて、ティラノザウルスの倍の噛む力があった。平泉の中尊寺や藤沢の遊行寺ではこの化石が天狗の爪として寺宝となっているらしいのだけれど、この石を拝むといったいどんなよいことがあるのかは知らない。




2019年11月29日金曜日

●金曜日の川柳〔早川清生〕樋口由紀子



樋口由紀子






愛よりも布団があたたかい余生

早川清生 (はやかわ・せいせい)

冬の朝は布団から出られない。目は覚めているのだが、ほかほかの布団から出たくない。ずっとこのまま布団の中でほっこりしてしたいと毎朝思う。

若いころは愛が人生で一番大事なものだと思っていた。愛さえあれば生きていけると思っていたはずである。今になってはそれもあやふやで確証が持てないけれど、たぶんそう思っていたのだと思う。しかし、もう余生。愛のような、よくわからないややこしいものよりは現実的に、単純でわかりやすい布団のあたたかさがなによりありがたいと思う。布団が一番というのは余生の身にしみての実感だろう。しかし、「愛」と「布団」を同じ土俵にあげるなんて、そこに感心する。『よしきり』(平成22年刊)所収。

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2019年11月28日木曜日

●木曜日の談林〔西鶴〕浅沼璞


浅沼璞








おやの親夕は秋のとま屋かな   西鶴
自筆短冊(年未詳)

新出の西鶴発句。

『東京新聞』(2019年11月17日付)、塩村耕氏の連載「江戸を読む」99回(西鶴とヌケ)より引用。

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連句では一昼夜で二万句をこえた西鶴だが、発句は存外すくなく三百ほど。

掲出作品は見たことがないなぁ、と新聞をつぶさに読んでみると、塩村氏蔵の短冊らしく、写真まである。

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その塩村氏の解説にそって句をたどると――

「親の親」は歌語として使われてきた表現で、祖父母または先祖のこと。
 
「夕べは秋の苫屋」は定家の〈見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ〉の本歌取り。
 
〈見わたせば花も紅葉もなかりけり〉が詠みこまれていないのは談林的なヌケ(抜け)の手法。
 
これらに従うと全体の句意は、「祖父母の代は裕福だったけれど、いまや財産という財産はなかりけり。秋風の身にしむ、苫葺きの粗末な家に住んでいる」といった感じになる。

新聞でも指摘されているが『永代蔵』や『置土産』に描かれた当世の俗世間である。

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「親の親」は西鶴の好きな歌語だったらしく、連句でも、
親の親その親の親おもひやり(仙台大矢数・1679年)
親の親安達が原へ尋ね行く(西鶴大矢数・1681年) 
などと詠まれている。
 
また定家の本歌取り(あしらひ)については、西鶴に限らず、談林では枚挙に遑がない。

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ところで「夕べは秋の苫屋かな」について氏は、「秋の苫屋の夕べかな」を倒置法的に言い換えたもの、と指摘している。
 
けれどこれは、
見渡せば山もとかすむ水無瀬川夕べは秋となに思ひけむ  後鳥羽院(新古今)
の「夕べは秋」の詠みぶりに近いとみたほうが自然ではないだろうか。「秋は夕暮れ」(枕草子)という固定観念を突っぱね、春の夕霞に美を見出した、その後鳥羽院の詠みぶりに。

となるとこの発句、字面は歌語(雅語)を連ねながら、ヌケのコンテクストによって当世の美を表現しえた稀代の新出句、ということになるのかもしれない。

祖父母の財産はなくなったけれど、夕暮れといえば秋のあばら家こそ趣深いものなのである。

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2019年11月25日月曜日

●月曜日の一句〔松本てふこ〕相子智恵



相子智恵







雪道を撮れば逢ひたくなつてをり  松本てふこ

句集『汗の果実』(邑書林 2019.11)所載

人々が〈雪道〉のような「何気ない風景」を気軽に撮影するようになったのは、「カメラ付き携帯電話」の普及からだろう。「写メ」という言葉が現れた2000年以降の文化だ。それまでのカメラは(それを仕事や趣味にする人は別として)旅行やイベントの際に撮るものであって、「何気ない日常風景(それも人が写っていない)」は撮る対象として意識されていなかった。

さらにスマートフォンが生まれ、インスタグラムやTikTokなど、写真や動画がメインのSNSが普及して、この20年ほどで写真や動画に対する意識は変わった。それまでの写真は、あくまで「個人か、その写真に写っている人の範囲を超えないパーソナルな物」だったけれど、いつしか「個人的かつ、知らない人にまで見てもらえる地球規模の媒介物」になった。写真を撮る時の意識は、「後から自分で見て楽しむ」から「SNSにアップロードしたり、メールで送って見てもらって一緒に楽しむ」に変わっている。

掲句、〈雪道を撮れば〉には、そんな「写真(動画)が人々を気軽につなぐ時代」の空気感がある。日常の何気ない〈雪道を撮〉ってみた。SNSにアップしようか、恋人にメールやLINEで送ろうか。撮った瞬間から、自然に写真を誰かと共有することを考えている自分がいる。

しかし携帯画面で今撮った雪景色を確認しているうちに、ふと〈逢ひたくなつてをり〉という直球の恋情に気づく。「本当は写真を送って共有するのではなく、恋人と逢って一緒に見たい。この何でもない雪道を」と思ってしまう。雪は、「雪月花時最憶君(雪月花の時 最も君を憶ふ)」という白楽天の頃から変わらぬ普遍的な親愛の情を思い起こさせる存在である。

〈雪道〉+〈逢ひたくなつて〉のつながりには前述のように歴史的に積み重なった普遍的な抒情がある。しかし、「雪」ではなく〈雪道〉という言葉の放つ「日常感」や、〈撮れば~なつてをり〉の、明確な因果関係は見えないのにオートマティックにつながるレトリックの立ち現れ方には、現代的な感覚がある。

俳句における「新しい抒情のかたち」が見えてくるような一句だ。

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2019年11月23日土曜日

●土曜日の読書〔なつかしい土地〕小津夜景



小津夜景








なつかしい土地

試着室の前に立ち、オリーヴ色の帆布のカーテンをじっと見つめていると、イリナが内側からカーテンをいきおいよくあけて、わたし、ロシアに帰ることにしたの、と言った。

片手でカーテンをつかみ、両脚をクロスさせて、革製のワンピースでポーズをとる目の前の女性が、わたしに相談もなくロシアに帰るとはとうてい思われない。だってわたしたち、とても仲がよいのだから。だがイリナはもういちど「帰ることにした」と言い、硝子の粉をかぶったのかと疑うくらい透きとおる顔色でこちらを見つめている。それでわたしにも、あ、これは本当に帰るな、とわかった。

ワンピースの入った紙袋をさげ、イリナの部屋へゆく。小さなバルコンに出て、ロシア人の密集地域ってどっちにあるんだっけとたずねる。イリナは、あっちのほう、と指にはさんだ煙草で指し示してくれる。

「そこ行ってみたいな」
「止したほうがいいよ。排他的だから」
「へえ」
「もう少しなんとかなってほしいんだけど。どの国の人も、国籍で固まって住むとかえって難しい状況になるわ」
「ん。どうだろうねえ」
「ねえ、この国で死ねる?」

突然、イリナがわたしにたずねた。わたしは地球で死ねるのだったらどこでもいい、この星全体がわたしのなつかしい土地なのと答えた。するとイリナは、わかる、わかるよ、わかるけど、でもやっぱりここで死ぬのがわたしは怖いの、ロシアに帰ったって故郷もなければ家族もいないのにふしぎだねと呟いて、バルコンの棚にのせた植木鉢の根方に煙草の吸殻を落とそうとした。急に指先の灰がまくなぎのようにぱっと舞い上がった。そしてふいをつかれたわたしの胸元でつかのま風に撓んでみせたかと思うと、細い棒をはいあがる花蔓を避けてふわりと地面に散った。その無表情な灰の散華は、在るべき場所を追われ、ゆくあてを見つけられないとまどいの中でにわかに生き絶えたもののようだった。
故郷はまさに環世界の問題である。なぜなら、それはあくまでも主観的な産物であって、その存在についてはその環境をひじょうに厳密に知っていてもほとんどなんの根拠も示せないからである。問題は、どんな動物が故郷をもち、どんな動物がもたないかである。シャンデリアのまわりのきまった空間部分を行ったり来たりかすめ飛ぶイエバエは、だからといって故郷をもっているわけではない。これとは反対に、クモは巣をつくり、たえずそこで生活する。この巣はクモの家であるとともに故郷である。(ユクスキュル、クリザード『生物から見た世界』岩波文庫)
ヒトは故郷をもつ動物だ。わたしもヒトである以上、イエバエ同様シャンデリアのまわりを死ぬまで飛びつづけるのは、うーん、ちょっといやだ。けれども、この地球全体がわたしのなつかしい土地であると信じ、故郷の概念を押し広げさえすれば、いつか来るべき悲しみは存在しない。だから、とりあえず、そう信じることにしている。