2023年7月14日金曜日

●金曜日の川柳〔真島久美子〕樋口由紀子



樋口由紀子






イグアナが降る日は大きめの傘を

真島久美子 (ましま・くみこ) 1973~

イグアナは砂漠や熱帯雨林に生息するもので、空に居ないし、まして降ってはこない。それに全長2メートルぐらいあるものもあり、降ってこられたら、それこそたいへんである。大きめの傘ぐらいではふせぎようがない。人を食ったような川柳である。

「イグアナが降る日は」だから、ときたまあるのか。「傘を」だから、誰かに言っているのか。出掛ける家族かあるいは自分になのか。今日は気をつけるようにと助言している。が、それほど深刻でもなさそうである。なんなら傘で弾け返すこともする。「イグアナが降る」と「大きめの傘」の虚と実の関係性に落差をつけ、アレンジする。日常をズラして、裏切っていく。一句全体が比喩になっているのだろう。『いちご畑とペニー・レイン』(満点の星 2023年刊)所収。

2023年7月10日月曜日

●月曜日の一句〔橋本榮治〕相子智恵



相子智恵






沖雲のまだ濡れてゐる夕祭  橋本榮治

句集『瑜伽』(2023.6 角川文化振興財団)所収

沖のほうにかかる雲は、暗い雨雲なのだろう。夕立があったのだろうか。浜辺は氏子たちが願った通りに晴れてきて、待望の祭が始まっている。星も見え始めているかもしれない。

沖にかかる雨雲をただの「雨雲」と言ってしまうのではなく〈まだ濡れてゐる〉と言った情感がいいな、と思う。「雲が濡れている」というのは、写生から一歩抜け出た詩の言葉だ。〈まだ〉だから、これから沖のほうも晴れていくのだろうと思われる。

祭や行事の佳句が多い句集で、

  銭湯券配つて祈雨の祭かな

という句も意外で面白かった。雨乞いの祭を、水不足の年だけではなく毎年行ってきた地域なのだろうか。参加者や祭の手伝いの者には、ねぎらいの気持ちを込めて〈銭湯券〉が配られるのだ。汗もたくさんかいただろうし、それ自体が「水」にかかわる銭湯だから、禊のような意味もあるのかもしれない。銭湯と祈雨の水の響きあい、俗っぽい味わいの中に、生活の中の祭がしかと描かれている。

2023年7月5日水曜日

西鶴ざんまい 番外篇15 浅沼璞


西鶴ざんまい 番外篇15
 
浅沼璞
 

前回予告しましたように、この番外編では小津安二郎の俳諧(≒連句)について述べてみます。


愚生が小津の連句について調べはじめたのは、拙著『「超」連句入門』(東京文献センター、2000年)執筆の折からで、20年以上前のこととなります。そこでは終戦後の小津のインタビュー記事から、以下の部分を引用しました。

〈マレイでは、軍の委嘱で記録映画をとる準備中でしたが、仕事が始らぬうちに情勢が悪化し、ひとまず中止のかたちとなり、やがて終戦となり、向うの収容所に入り、帰還するまで労務に従事してました。ゴム林の中で働く仕事を命じられ、そこに働いているあいだ暇をみては連句などをやっていました。撮影班の一行がその仲間なんです。故寺田寅彦博士もいわれていたが、連句の構成は映画のモンタージュと共通するものがある。われわれには、とても勉強になりました。(略)〉(『キネマ旬報』1947年4月号)

拙著では寺田寅彦の映画連句論をすでに扱っており、渡りに船でこの引用につないだのですが、実を言えば小津の連句作品そのものは未見でした。
 
で、どこかにその記録がないかと、(ネット普及以前でしたので)図書館へ出向いたり、心当たりの方々に電話をしたりしました。


がしかし、なかなか手掛かりがつかめず、諦めかけたちょうとその頃です。
 
『文學界』特集「映画の悦楽」(2005年2月号)に小津のシンガポール時の手控え帖が掲載されたとの由、伝え聞きました。

 
さっそく求めて紐解くと、三冊あるという手帖の全文が3段組みで40頁にわたって掲載されていました(仮題「文学覚書」、貴田床・編纂)。
 
内容は正に手控えで、当時小津が興味を持ったであろう古典文学や絵画など芸術一般に関するメモが列記されていました。
 
二冊目には、俳諧師や浮世草子作家として西鶴の名も二カ所メモられていました。

そして三冊目、ありました、ありました。自作俳句や歌仙式目一覧とともに、三吟歌仙とおぼしき連句三巻がメモられておりました。
 
編者の解説によれば手帖の内容は初公開らしく、これまで連句の手がかりが掴めなかったのも当然と言えば当然だったわけです。


果たしてこの貴重な資料が世間でどのように受け止められたのか、寡聞にして知りません。連句に関しては、かろうじて松岡ひでたか著『小津安二郎の俳句』(河出書房新社、2020年)に【附録】として俳句や連句三巻が転載されたのが目新しいところではないでしょうか。(興味のある向きは是非)


では小津(俳号・塘眠堂)によるモンタージュを一巻に一組ずつ拾ってみましょう。(連句にタイトルはなく、連句㊀㊁㊂とのみ記載あり。)

フリージヤピアノ弾く娘の今ハ亡く    帚
   三面鏡(かがミ)にうつる若芝の庭   塘  (連句㊀より)

コスモスや国ハ破れて山河あり      帚
 城春にして うで玉子くふ       塘  (連句㊁より)

かしぎつゝ省線電車馳り去る
        不
 自働電話のペンキ塗り立て       塘  (連句㊂より)

ご覧のように「三面鏡」「うで玉子」「自働電話」といった俳言によるワンショットが効果的にあしらわれています。

 
なお本年は小津の「生誕120年 没後60年」ということで、愚生の地元横浜では大規模展が催されました(4/1~5/28 神奈川近代文学館)。
 
出かけてみると「小津安二郎の戦争」というコーナーがあり、例の手控え帖の現物も展示されていました。開かれたページは、残念ながら連句の部分ではありませんでしたが、横書きの小さな手帳に縦書きでしたためられた、小津の丹念な筆跡を図らずも拝むことができたのです。合掌。

2023年7月3日月曜日

●月曜日の一句〔池田澄子〕相子智恵



相子智恵






健やかなれ我を朋とす夜の蜘蛛  池田澄子

句集『月と書く』(2023.6 朔出版)所収

一匹の蜘蛛が、部屋の壁かどこかにじっとしているのだろうか。さも当たり前のようにそこに居座っている。きっと一人の夜なのだろう。蜘蛛も一匹、我も一人。この部屋の中の生き物はたったのそれだけ。とても静かな夏の夜だ。

〈我を朋とす〉というのは、思えば人間の勝手な思い上がりで、蜘蛛は、人のことを朋とは思っていないだろう。けれども、動かずに、ただそこにいる。それはもう、朋が訪ねてきたようなものだと身勝手に思ってしまってもよいものなのかもしれない。こんな静かな夜ならば。〈我〉は、この夜に訪ねてきた朋を、決して追い出したり、殺したりはしない。〈健やかなれ〉と、ただただそこに居る一つの命に願うのだ。ただ、そこに健やかに生きていてくれればよいと。

そうかと思うと、こんな句もある。

  膝の蟻とっさに潰せし指を扨て

膝に来た蟻を、とっさに潰してしまった。危害があるわけでないのに本当にふと、無意識に殺してしまった。その指を〈扨(さ)て〉どうしようかと思案している。指に貼りついた、ぐしゃぐしゃに潰れて死んだ蟻を見つめて。墓を作る?指を洗う?偽善者にもなれず、淡々と処理もできない。

生き物を朋と思うこともあれば、それでも無意識に(本能として)加害してしまうこともあって、そのどちらもが人間の身勝手だ。そうした相手との関係性を、どんな生き物でも問わず、ずっと自分事として引き受けている作家である。

  春寒き街を焼くとは人を焼く

  焼き尽くさば消ゆる戦火や霾晦

〈街を焼くとは人を焼く〉。例えばニュースなら、「街が戦火に包まれた」というのだろう。「人→街」の言い換えは、加害も被害も透明化する。この句はそれを思い出させている。〈焼き尽くさば消ゆる戦火〉は、焼き尽くして、燃えるものがなくなれば火は消えるのは自然の摂理だ。でも、それは自然の摂理なのか。火をつけたのは誰なのだ?火が勝手についたのか?〈焼き尽くさば消ゆる〉そんな簡単なものなのか。戦火ならば、人を焼いて……そんなふうに、ずっと問い続けている。

2023年6月30日金曜日

●金曜日の川柳〔飯田良祐〕樋口由紀子



樋口由紀子






戦争も並んでいるか冷やしアメ

飯田良祐 (いいだ・りょうすけ) 1943~2006

姫路のゆかた祭が4年ぶりに開催された。好天に恵まれ、多くの人でにぎわった。「冷やしアメ」の屋台も出ていたのだろうか。「戦争も並んでいるか」で切って、場面移動しての「冷やしアメ」なのかもしれない。しかし、ここでは切らないで読んでいく。夏の縁日で長い行列が出来ている。甘くて辛みのある冷やしアメの屋台にも、老若男女、いろいろな人が並んでいる。そこに何食わぬ顔で「戦争」も並んでいる。

「戦争」を取り上げるのはとてもむずかしい。「戦争」とまったく別種の「冷やしアメ」を組み合わせる。無関係と思われるこんなところにも戦争は顔を出す。私たちは「戦争」と一緒に並んでいる。だれも気づかないのか、気づかないふりをしているのか。『実朝の首』(川柳カード叢書 2015年)所収。