2024年1月29日月曜日

●月曜日の一句〔染谷秀雄〕相子智恵



相子智恵






薄氷を圧せば零るる甕の水  染谷秀雄

句集『息災』(2023.9 本阿弥書店)所収

来週の今日は、もう春なのだなと思いながら一足先に春の句を。

厚い氷とは違い、指で軽く圧せばすぐに割れ、水面にも影響がなさそうな薄氷であるのに、圧してみたら甕の水が零れ出た。ここで甕の水は、縁ぎりぎりまで満ちていたのだということが分かる。繊細な美しさのある景だ。

薄氷を圧して、わずかに甕の水が零れるという、それ自体は命をもたない景が、眠りから覚めた万物が土から萌え出る、そんな早春の喜びの暗喩のように感じられてくる。

薄氷の甕の縁より離れけり  同

一集を通じて読むと、他にも甕と薄氷の句があり、毎年同じ季節に同じ場所を様々な角度から詠んでみようとしているのではないかと思われた。その粘り強さが目の澄んだ句を生むのだろう。

 

2024年1月26日金曜日

●金曜日の川柳〔峯裕見子〕樋口由紀子



樋口由紀子





ばあちゃんが杖でつついて降らす雨

峯裕見子 (みね・ゆみこ) 1951~

魔法使いのおばあさんが魔法の杖で雨を降らすのはどこかの童話であるかもしれない。しかし、ここではどこにでもいるふつうのばあちゃんだろう。だが、すごい。だから、すごい。歩行の手助け用杖で空をつついたって、雨を降らすことなんてできるわけがない。でも、降る。

すこぶるかっこいいばあちゃんに誰も想像したこともない場面に招き入れられる。私たちが思っているよりもずっと世界は不可思議で可笑しい。私たちが気づいていないだけで、理屈では解決できないものがこの世にいっぱいある。世界のそこだけが一瞬止まっている。「おかじょうき」(2024年刊)収録。

2024年1月24日水曜日

西鶴ざんまい #54 浅沼璞


西鶴ざんまい #54
 
浅沼璞
 
 
 鴫にかぎらずないが旅宿   打越
肩ひねる座頭成りとも月淋し  前句 
 太夫買ふ身に産れ替らん   付句(通算36句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
 
【付句】二ノ折、表14句目(折端)。恋(雑)。太夫=たいふ。上方遊郭の最上位の遊女。
 
【句意】太夫を買える身分に産れ替りたい。

【付け・転じ】打越・前句=つれづれを嘆く旅人の心情を詠んだ其人の付。前句・付句=旅人の心情を幇間のものに取成した転じ。

【自註】爰(ここ)は色里の太鼓持の身の上にして付よせける。大じん、乱れ酒の座敷は、をかし中間のお機嫌取ども、かる口に大笑ひ、うき世の事ども爰にわすれしに、夜もふけぬれば、太夫さまの御*床入とて引船(ひきふね)女郎・太鼓女郎・宿屋のかゝをはじめとして、お客ひとりに十五人も手に入て、もむごとく脇から帯をとくやら、足袋をぬがせますやら、三つぶとんに身を沈めて、房枕(ふさまくら)に太夫が髪をみださせ、「おまへの事なら、神ぞ、命成とも」と気に入れる事を聞けば、「さてさて何の因果の我身や。禿(かむろ)・座頭をあいてどりにしても、夏の夜さへ長う覚へ、まもり給へ、むすぶの神、二たび出生せば、太夫にあふ身になりぬべし」と観念の眼をふさぎ、そこへごろりとふしけるは、まことにいたはしや。
*とこいり=ベッドイン。

【意訳】ここは遊郭の幇間の身に取り成して付けたのである。大金持ちの無礼講の宴席では、幇間仲間のご機嫌取りどもが冗談で大笑い、うき世のことなどこの場で忘れ(させ)た上に、夜も更ければ、太夫様のお床入りとて太夫付きの遊女・宴会担当の遊女・揚屋の女将を始めとして、一人のお客に十五人も寄ってたかって接待し、帯をときますやら、足袋を脱がせますやら、(お客は)三枚重ねの敷布団に体を沈めて、房付き枕に太夫の髪を乱れさせ、「あなたの事は、神に誓って、命をかけても」と(太夫がお客の)気をひく睦言を聞くと、「さてもさても何の因果で我は幇間の身となったのであろう。見習い遊女や座頭を相手にして、夏の短夜ですら(次の間での寝ずの番は)長く思われ……、どうかお救い下され、ふたたび生をうけるならば、太夫に逢える身分になりたく……」と諦めの目をふさぎ、その場でごろりと不貞寝をしたのは、本当に気の毒だ。

【三工程】
(前句)肩ひねる座頭成りとも月淋し
 
 太鼓持とは何の因果か  〔見込〕
    ↓
 禿相手に大尽を待ち   〔趣向〕
    ↓
 太夫買ふ身に産れ替らん 〔句作〕

前句の心情を幇間のものと取成し〔見込〕、どんな境遇かと問いながら、遊郭での一夜に思いをよせ〔趣向〕、その願望を句に仕立てた〔句作〕。


鶴翁はもともと「太夫買ふ身」の商人でしたよね。
 
「そやで、女房がのうなってからの俳諧師や。家業は手代に譲ったんや」
 
後悔はありませんか。

「ハイカイ師にコウカイなし、そのカイあっての宗匠や(笑)」

2024年1月22日月曜日

●月曜日の一句〔野名紅里〕相子智恵



相子智恵






耳当の外より道を聞かれけり  野名紅里

句集『トルコブルー』(2023.7 邑書林)所収

そういえば耳を温めるための耳当というのは、同時に外の音を遮るものでもあるんだよな、と改めて気づかされる。

ノイズキャンセリングのイヤホンのように、自分だけの音楽世界に没頭するためのアイテムを使う時、人は外界のすべての音やコミュニケーションを遮断する意思をもつ。
かえってそのような意思をもたずに何気なく使う耳当のほうが、自分と他者との間にある、薄い被膜のような境界を浮き彫りにして、その「被膜感」が現代の空気を掴んでいるように思われた。

道を聞いてくる赤の他人の声が、少しくぐもって聞こえる。きっと作中主体は、聞かれた道を教えてあげただろう。他人に道を聞くのも勇気がいる現代だが、耳当という被膜にある、絶妙な寂しさ、人との微温的なかかわり、それを俳句として書き留める作者の視点。何でもない日常の風景に、今という時代が見えてくる気がする。

 

2024年1月21日日曜日

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