相子智恵
薄氷を圧せば零るる甕の水 染谷秀雄
句集『息災』(2023.9 本阿弥書店)所収
来週の今日は、もう春なのだなと思いながら一足先に春の句を。
厚い氷とは違い、指で軽く圧せばすぐに割れ、水面にも影響がなさそうな薄氷であるのに、圧してみたら甕の水が零れ出た。ここで甕の水は、縁ぎりぎりまで満ちていたのだということが分かる。繊細な美しさのある景だ。
薄氷を圧して、わずかに甕の水が零れるという、それ自体は命をもたない景が、眠りから覚めた万物が土から萌え出る、そんな早春の喜びの暗喩のように感じられてくる。
薄氷の甕の縁より離れけり 同
一集を通じて読むと、他にも甕と薄氷の句があり、毎年同じ季節に同じ場所を様々な角度から詠んでみようとしているのではないかと思われた。その粘り強さが目の澄んだ句を生むのだろう。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿