相子智恵
春風が暗渠を出でて黄昏へ 及川真梨子
「むじな 2019」(むじな発行所 2019.11)所載
掲句の〈春風〉からは、春が来た喜びのようなものは全く感じないのだけれど、暗渠を出た水の匂いがする生ぬるい風には、春ならではの「気だるさ」があって春風らしいと思った。これが夏なら匂いが強すぎるし、秋なら寂しすぎる。冬なら黄昏はあっという間に過ぎ去って、余韻を書き留める暇もないだろう。
〈暗渠を出でて黄昏へ〉という薄暗さから薄暗さへの展開によって、作者のアンニュイな心は十分に伝わってくる。それでも春の黄昏は、そのまま時間が進めば艶と華やぎのある「春の宵」になるのであって、暗渠の出口で川を眺めながらぬるい春風を感じている無為な時間は、枯れた風情ではなく、生きていることの艶につながっている。青春のアンニュイさのようなものを感じるのである。
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