相子智恵
山越えて来しくれなゐの桜鯛 山口昭男
『シリーズ自句自解2 ベスト100 山口昭男』(ふらんす堂 2019.12)所載
芽吹きの山の黄緑色に、鮮やかな〈くれなゐの桜鯛〉が映えて美しい。どこにも書かれてはいないが、山のところどころには山桜も咲いているような気がした。黄緑色の春の山と〈くれなゐ〉の色の対比はもちろん、桜鯛の艶っぽい〈くれなゐ〉と山桜の清らかな白さも照らしあっているのではないか。それもこれも〈桜鯛〉という名前の妙である。何だか海の精と山の精が出合ったような神々しさがある。
海のない県で育った私にとって、魚はまさに山を越えてやって来るものだった。生魚も買って食べてはいたけれど、塩漬のイカや鮭のような保存がきく魚介類の方が馴染み深かった。こんなに新鮮な〈くれなゐの桜鯛〉は、山里ではとびきりのごちそうであろう。
掲句、元は句集『讀本』(ふらんす堂 2011.6)に収められた句だが、自句自解の企画本より引いた。自解には〈ものをよく見て作ることを信条としてきた。あるときから、ものを見ないでも俳句を作らなければと考えるようになった。掲出句の桜鯛は直接見たことはない〉とある。見事なイメージの一句である。
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