相子智恵
雪の澱(よど)ほどよく夢を見残して 小津夜景
句集『花と夜盗』(2022.11 書肆侃侃房)所収
様々な詩型と遊ぶ本句集から冬の句を。音の美しいこと、と思う。「雪」と「ゆめ」「見残し」あたりの流れ。「の澱」と「ほどよく」と口ずさむ心地よさ。風景としては、吹き溜まりのやや薄汚れた雪と、夢の途中で目覚めた時のぼんやりとした、けれども「ほどよく」だから、さほど名残惜しくもなさそうな、ゆるやかな気分が重ねられている。
字面も音も美しくて、目と耳と心が喜ぶ。本句集にはそういう句がとても多い。特にリズムがいいのだ。そして章ごとに数々の趣向があって、それはもう楽しい。
架空の島も昏れてゆくのか
「貝殻集」より。武玉川調(七・七音)、このK音の響き。
うその数だけうつつはありやあれは花守プルースト
「サンチョ・パンサの枯野道」より。たっぷり唄う都々逸(七・七・七・五音)。
英娘鏖 はなさいてみのらぬ/むすめ/みなごろし
「水をわたる夜」より。訓読みの長い漢字の組み合わせによる三文字俳句。この章に最も驚いた。異化作用がすごい。
他にも原采蘋(はらさいひん)の漢詩「十三夜」の短歌による翻案、「研ぎし日のまま」の章も美しかった。詩型によって内容の弾み方というか、気風が違うのも面白い。
私は遥か昔、俳句を習い始めると同時に連句の演習を受け、その後も細々と連句を楽しんできたからか、七七を見ると、五七五をつけてみたくなる。
架空の島も昏れてゆくのか
の句に、本句集の別のページの色々な句をつけて遊んでみた。そしてたいそう美しい五七五七七ができあがっては、ひとりで喜んだ。そういうひとり遊びができるのも面白いし、きっと作者も許してくれると思う。そんなふうに軽やかに楽しみたい、宝石箱のような不思議な句集である。
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