浅沼璞
覚えての夜とは契る冠台 前句
歌名所見に翁よび出し 付句(通算28句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【句意】歌枕探訪のため、その土地の古老を呼び出し。
【付け・転じ】打越・前句=藤原定家の恋の面影。前句・付句=「冠」から藤原実方の面影(後述)へと転じ、歌枕探訪に材をとった恋離れ。
【自註】むかしは歌読むたね、東路の果(あづまぢのはて)、筑紫の末(つくしのすゑ)までも、花の山、月の海、いやしき草の屋に明し、其(その)所の老いたる人に、形絶えて名計(ばかり)残れる*跡までも見めぐり、哥枕の種とぞ成にける。
*「朽ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて枯野の薄形見にぞ見る」(山家集・新古今集)=西行が実方の塚で詠んだ一首
【意訳】むかしは歌を詠む題材として、東は関東から奥羽、西は九州の端までも、花で知られた山、月で有名な海(を求め)、賤しい茅屋で夜を明かし、土地の老翁に(たずね)、風光絶えて名ばかり残る古跡を見てまわり、歌枕の手掛かりとしたのである。
【三工程】
(前句)覚えての夜とは契る冠台
歌枕みて参れと言はれ 〔見込〕
↓
名ばかり残る阿古屋の松へ 〔趣向〕
↓
歌名所見に翁よび出し 〔句作〕
前句「冠」から藤原実方の面影*へと飛び〔見込〕、どのようなエピソードがあったかと問いながら、「阿古屋の松」を扱い〔趣向〕、土地の古老という題材に焦点を絞った〔句作〕。
*【先行諸注】〈謡曲「阿古屋松」のワキ藤原實方、シテ老翁(鹽竈明神)を呼び出して阿古屋の松の故事を問ふ。實方は宮中にて藤原行成の冠を打落して勅勘を蒙り、歌枕を尋ねて參れとて奥州に左遷せられしといふ。〉〔定本西鶴全集(野間光辰氏・頭注)〕
〈実方の説話(無名抄・下、古事談・二)により、前句の「冠」に謡曲「阿古屋の松」の場面を趣向した付け。珍しく疎句付けとなっている。〉〔新編日本古典文学全集(加藤定彦氏・後注)〕
●
たしかに謡曲や説話では「阿古屋の松」をたずねあぐねた実方が、地元の老人から故事を教わるっていう場面がありましたね。
「そや、歌人つながりで定家から実方に飛ばしたんや」
飛び躰による疎句付けですね。
「ま、学者さんがどう読んだかて自由やけど『珍しく』いうんは気に入らんな」
あー、そっちですか、ひっかかるのは。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿