相子智恵
今午前十時三分チューリップ 坪内稔典
句集『リスボンの窓』(2024.3 ふらんす堂)所収
時間とチューリップだけが置かれた句。〈今午前十時三分〉という時間設定がなかなかである。まず、午前午後も含めてきっかりと今の時刻を描きこんだことで、時間に敏感になる平日を想像する。チューリップが咲く、年度初めの忙しい頃だ。
そして、〈午前十時三分〉というオンタイムに、たぶん晴れていて、チューリップがよく見える場所。例えば公園の花壇など……で、チューリップを眺めていられる人というのは、ビルの中で働く人や学業にいそしむ人などは、自然と想像から省かれるわけで、それだけで不思議とのんびりした気分が出てくる。リタイアして時間に余裕のある人か、あるいはちょっと「さぼり」の気分がある感じ。
さらに掲句の音、「ジュージサンプン/チューリップ」あたりの口が喜ぶ語呂のよさは、無造作なようで実はよく練られたものである。
偶然性を喜び、技巧を凝らさないようでいて、読者に与える印象は作者としてしっかり構築している。こういう「抜け感」(ファッション誌でいうところの、気取らずにリラックスした雰囲気を感じさせる、余裕のある洋服の着こなしのこと)のつくり方が、いつも見事な作者だと思う。
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