種村季弘『好物漫遊記』
文庫のツボ、略して「ぶんツボ」
西原天気勝手で勘違いな思い込みかもしれないが、自分のなかでは、フランスものの澁澤龍彦、ドイツものの種村季弘というセットが存在した。澁澤龍彦(1928 - 1987)と種村季弘(1933 - 2004)。5歳違いで年代は近い。それぞれフランス文学、ドイツ文学の翻訳の業績を残したが、それよりも、ヨーロッパの歴史・芸術・風物の紹介という面で1960年代から大きな役割を果たしたのだと思う。
好みをいえば、きわめて「文学的」な(くわえて「美学的」といってもいいのだろうか)澁澤龍彦よりも、どこかざっくばらんな感じのする種村季弘の読み物ほうを好んでよく読んだ。
種村季弘には「漫遊記」シリーズという単行本シリーズがある。
書物漫遊記 筑摩書房 1979
食物漫遊記 筑摩書房 1981
贋物漫遊記 筑摩書房 1983
好物漫遊記 筑摩書房 1985
いずれもちくま文庫になっており、今でも手軽に読める。このうち「好物漫遊記」は、それまで書物、食物、贋物とテーマがはっきりしていたのに比して、カテゴリーから洩れたもの感が強い。悪くすれば「出し殻」のようなネタ集になってしまいそうだが、そんなことはない。著者特有の「ざっくばらん」感が横溢している点では、シリーズ中でも屈指と思う。
エッセイの舞台(材料)は著者が親しい東京が多く、過去と(執筆当時の)現在とを話題が行き来するというスタイルが多いが、海外ネタから一部を引く。ドイツ・ブレーメンで遭遇したイタリア人一家のサーカスの話。
涙の出るほどわびしい一座だった。モギリの小さな女の子が幕間になるとキャンディー売りに変身する。ベルが鳴るとあわてて引っ込んで、今度はラマや犬の動物芸を見せる。騾馬がドタドタ駆けずり回る。すると、ちょっとしたダイニングキッチン程のグラウンドなので、観客はもろに砂埃をかぶってまっ黄色になってしまう。ああ、これは、見たい! シルク・ド・ソレイユよりもはるかに。
装置も小道具も、衣裳らしい衣裳もない。楽隊席に家族全員がかたまって、ワインをラッパ飲みしているうちに、出番が来て、しぶしぶワインを手放した座員がそこからごろごろと転げ出てくる。
思うに、この手のエッセイは、「それ、見たい!」「その場にいたい!」と思えたら、おもしろく読んでいるということだろう。半世紀も前の東京の怪しい喫茶店やら飲み屋に「ああ、そこにいたい」と思わせる。著者の「好物」をこちらが愛することができれば、読んでいるあいだはずっと極上の気分でいられるのだ。
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