枡野浩一とピタゴラス
小津夜景
大喜利短歌のことをぼんやり考えていたら、ふと枡野浩一の存在が頭に浮かんだ。
枡野の短歌がそうだというのではない。昔、彼が「マスノ短歌教」の教祖として信者を導いていた頃、ひとつ変わったレッスンがあったことをぐうぜん思い出したのだ。
それは「どうぞよろしくお願いします」とか「今日のごはんはカレーにしよう」といった、彼の提示する下の句に対し五七五の前句を附けるといった遊びで、日夜マスノ教信者たちは競いあうように川柳の腕を磨いていた。短歌教、にもかかわらず。
もっとも短歌でなく川柳を書かせることの意味は端から見ても明快だった。まず状況を「発見」するエスプリをもつこと。そしてそのエスプリを文学の象徴作用に頼らずに言葉にしてみること。こうした練習に、なるほど伝統川柳はふさわしい。
初学者というのは技法を身体的痕跡として受け入れる。才能のある者ほど技法を内在化し、たとえそれを使わない時でも可能性としてのそれを無視できなくなる。たとえば子供が作曲を学ぶとき、ふつう現代の音階は勉強しない。しかしたった一度でもそのしくみに身を浸せば、たとえソナタを書いている最中でも、調性音楽以外の音の響きが頭から消え去ることはないだろう。
音楽の例を上げたからというわけでもないけれど、じぶんを教祖と称したり、物事を発見するエスプリを磨いたり、世界を詩的表象ではないやり方で定式化したり、現代の短歌界に計り知れない言語的影響を与えているのにその存在がひっそりとしか業界で扱われなかったりと、枡野浩一ってプラトンとアリストテレスを生んだピタゴラスに似てるかも、なんて思う。
ピタゴラス春の空気を汲みにけり
アルバムに日付のなくて暖かし
てのひらを太古にかざす鳥の恋
うぐひすや私の声が飲茶と言ふ
ふつくらと水気のかよふ春の燭
整数のとなりでシクラメンの咲く
ぶらんこの廃材めきて雨上がり
閂に余寒のゼリーフィッシュかな
人生のどの路地からもしやぼん玉
なにをうつでもなく春の砧かな
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