本とエロス
小津夜景
(詞書川柳 なかはられいこ)
中が見えないよう紙が折られ、几帳面に縫われたあげく、しっかりと糊で綴じられた本というもの。読むためにはナイフで紙を裂かねばならない。そして裂いた瞬間あらわになる、植物のようにエロティックな文字列。本とはかくも欲情をそそる装置だ。
それは言葉の束のボンテージであり、また読むことは、その内容を気ままに食い散らかすため、本という体裁を脱ぎ捨てるようふたたび言葉に強いることでもある。
このあまりに幸福で単純な〈隠すことと暴くことの間のロール・プレイ〉の話を耳にしたとき、じぶんはそれをまったく理解できなかった。世界がそんなにも〈わたし〉を中心にまわっているとは到底おもえないから。
本はもっと、ずっと軽い。
たとえばこよなく愛したいのは、いつまでたっても書きかけの本。
構築性を欠くという意味ではない。むしろ構造は練られに練られているのに、最初と最後だけがどこかに行ってしまったような本。我慢しきれずに込み上げたかとおもうと、絶頂へ至る前にすっと収まってしまう、あかるくひなびた公園の噴水みたいな本。読んでいると、見えている文章の奥の方から、別の誰かのつぶやきが聞こえてくる本。紙が固定されておらず、風が吹くたびけむりのように散ってしまう本。無からうまれたあらゆる記号を幾世紀も宙づりのままに漂わせる、はかなき不死としての本。
さまざまな幕間に現れたと思うとすぐ消える、わたしの快楽に応えないことばたちへのふかい快楽。
タンカーをひっそり通し立春す
古き牌ひつそり醸し立春す
開脚の踵にあたるお母さま
謎の死を遂げしママンの風車
こいびととつくる夜の中の夜
うたかたと鷽の古風なかくれんぼ
記録には飛べない鳥として残る
伝書鳩ひつそりかんとひこばゆる
みるみるとお家がゆるむ合歓の花
やどかりや模型飛行の影を出で
足首にさざなみたてて生家かな
春の星すなどる従者は濡れながら
約束を匂いにすればヒヤシンス
風信子なかば開きて租界より
まっすぐに伸びたレールでとてもこわい
かはうその祭の魚の目つきかな
たそがれに触れた指から消えるのね
如月のあるかなきかに触れてしか
神さまはいてもいなくてもサクラ
とある春うららの無人写真館
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