樋口由紀子
都合のつきそうもない顔だな蠅
根岸川柳 (ねぎし・せんりゅう) 1888~1977
「都合のつきそうもない顔」はすぐに思い浮かべることができる。誰もが見たこともあり、一度はしたこともある顔である。見落としがちな、取り立てて言うほどでもなく、ちょっとおかしく、ちょっとかなしい。そんな顔をさらりと、けれども充分に想像させてからの「蠅」の登場である。蠅で意表をつく。読み手が想像していたのは人の顔であり、蠅はまったくの想定外。いままで蠅をそんな風に見たことがないのに、確かにそうだと思う。
蠅の顔を「都合のつきそうもない顔」とどんと切り出して、意外なほどの説得力をもたらす。固定した見方に絞ることで、蠅をクローズアップして、自分の世界に引き込む。蠅はそのふてぶてしい顔で、人と今と対峙している。そう思うとなぜかほっとして、安心する。
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