母
母の日の常のままなる夕餉かな 小沢昭一
母の額椿落ちなばひび入らむ 八田木枯
白玉やくるといふ母つひに来ず 星野麥丘人
母は沢蟹冬夕焼の音となり 高野ムツオ
母が割るかすかながらも林檎の音 飯田龍太
米洗ふ母とある子や蚊喰鳥 中村汀女
木蓮や母の声音の若さ憂し 草間時彦
今生の汗が消えゆくお母さん 古賀まり子
赤い羽根つけてどこへも行かぬ母 加倉井秋を
陽炎や母といふ字に水平線 鳥居真里子
ひばり鳴け母は欺きやすきゆゑ 寺田京子
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不定期・正午更新●『週刊俳句』の裏モノ●another side of HAIKU WEEKLY
3 件のコメント:
海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。
という三好達治の詩「郷愁」に歌われたせいだろうか、海=産みにつながる母は、母恋の幼児期の記憶をどこかにいつまでも引きずっているようで、どんな母の句を見ても、また母ものかと思いつつ、読まされてしまう。短歌や詩でもそうだから、「母」という兼題は、史上最強の兼題かも知れない。
「母」は奥深いですね。
フランスが「ラ・メール」を取っ掛かりにするなら、日本では「母」という字。
陽炎や母といふ字に水平線(鳥居真里子)のほか、
「母」の字の点をきつちり露けしや 片山由美子
母の字に泪の二滴鳥渡る 小澤克己氏
この二句を知ったのが、≫嵯峨根鈴子「母を詠む」
関西現代俳句協会のサイト内の記事。おもしろい記事で、『超新撰21の母句にも触れているので、ぜひご一読を。
嵯峨さんのアンソロジーいいですね。今までこの俳人の句はどうもと思っていた俳人まで、わだかまりが溶けるようないい句を詠んでいます。若い人は若い人でそれぞれの思いを詠んでいて面白い。
わたくしはこの一年間、那珂湊で母の介護をしていて、
底紅や黙つて上がる母の家 千葉皓史
の句を胸に置いて来ましたが、津波で家が半壊し、母も疎開してわたくし一人住む家は、
花冷の土足で上がる母の家 猫髭
になってしまいました。
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