草笛
中嶋憲武
呉服商をしていた叔父の記憶はあまり無い。きれい好きで、部屋のカーペットの上をしょっちゅうガムテープをちぎっては、ぱたぱた叩いていた事や、自転車を買ってくれた事くらいしか思い浮かばない。あっ。あと草笛が得意だった事か。自転車を買ってくれた時、駅前のデパートから家まで叔父がかついで帰ったのだけど、途中の小さな公園で休んだ時叔父は草笛を吹いた。シイの若葉を唇に当てて上手に吹くので、わたしは感心してしまったのだった。叔父のレパートリーは決まっていて、「青葉の笛」か「水師営の会見」をよく吹いていた。わたしはもの悲しいメロディの「青葉の笛」をよくせがんだ。フユミはこれ好きだねと言って、叔父は吹き始めたものだ。
その黄色い自転車に乗って、わたしは何処へでも行った。叔父が逝って十年。二十歳のわたしは、草笛を聞いた公園へいまも時々行く。新緑の頃は思い出す。「一の谷の戦敗れ」という詞で始まるもの悲しいメロディを。
草笛の鳥打帽は叔父である 笠井亞子 (はがきハイク・第4号)
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