小さな羽をもつ影が
小津夜景
言葉では書けないことがあるというのが
言葉に組みこまれた最大の教えだった
遠く離れた場所での何かを経験につけくわえようとするが
その距離と無知は絶対に変わらない
言葉が言葉にすべきでないことがあるというのが
言葉のもっともつつましい誓いだった
雨滴は太陽に挑むことができず
砂粒は風にけっして勝てない
そのように言葉はひとしずくの雨、ひとつぶの砂として
蒸発を受け入れ、制御できない飛行を甘受する
それでもこの雨滴に喉をうるおし
この微細な砂粒にしがみつく虫がいるだろう
われわれは虫だ、われわれはあまりに小さい
すべてのわれわれが虫だ、あまりにはかない
この小さな体と感覚器の限界に捉われながら
世界を語らず、ただ世界の光と雨に打たれて生きている
(管啓次郎『島の水、島の火』 )
兜虫つかひふるびし闇へ置く
思ひ出すもののはじめの裸かな
朝なさな在らなとばかり閑古鳥
黴のパンあるいはパンセ風に寄す
かたびらに雲あり砂に親書あり
くちなはの遺風に触れて夏料理
夏痩せてモノクロの微笑動かざり
即興の雨をパセリとして過ごす
睡蓮を仕立て直しにゆく船出
ゆく夏の時報に空を預けたる
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