2015年8月24日月曜日
●月曜日の一句〔曾根毅〕相子智恵
相子智恵
十方に無私の鰯を供えけり 曾根 毅
句集『花修』(2015.7 深夜叢書社)より
なんと美しく、哀しい悼句だろうと思った。
海を縦横無尽に泳ぐ大量の鰯の群れが、きらきらと陽に輝いている。私心なく輝ける幾千の鰯たちを、果てしないすべての世界〈十方〉に供えるというのである。仏は無数にあり、浄土も無数にあるという「十方浄土」が念頭にあるのだろう。
栞の対馬康子氏の文章に、次のようにあった。〈曾根さんは、三.一一当日は仙台港に出張されていた。津波が来るのを見ながら必死で坂を駆け上がり、ようやく当時住んでいた千葉県柏市の家族のもとに帰宅したのは五日後のことだったという。〉
掲句は〈薄明とセシウムを負い露草よ〉など、震災を受けての句と同じ章にあり、津波の犠牲者への鎮魂の句であるのだと思われる。海中を、躍るように煌めき泳ぐ鰯たちは、海中に散ったたくさんの魂へと、生きながらにして供えられてゆくのである。
『花修』は第4回芝不器男俳句新人賞の副賞として刊行された。静かな思索によって深遠な世界を書き留めた句が多い、読み応えのある句集であった。
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