2015年8月12日水曜日

●水曜日の一句〔江渡華子〕関悦史


関悦史









らふそくは息におびえるクリスマス  江渡華子


一読、クリスマスの食卓の景が浮かぶが、視覚的描写に優れているからというだけではない。

蠟燭の焔は目を引きつけるだけでなく、その繊細な揺らぎ方が、思わず息をひそめるという身体的反射を呼び起こす。ここでは語り手の身体は蠟燭の焔との共振の場に引き込まれているのだ。

「息におびえる」は蠟燭に対する擬人法だが、それが浅薄になっていないのは、蠟燭が人になっているだけではなく、同時に句の語り手が蠟燭にもなっているからである。両者は蠟燭でも人でもない曖昧な場を形成しているのだ。

つまりこれは「命の火」といった自動化した比喩的表現を、その発生の現場に感覚的に引き戻してみせた句であり、蠟燭の焔の即物的な把握から「クリスマス」の聖性までを一度にまとめ上げることができたのは、その共振の場ができあがっていればこそなのである。

しかし「おびえる」と言いながらも一句の風情はあくまで快活で、一瞬後には蠟燭は吹き消され、ケーキが切り分けられ始めるだろう。楽しいクリスマスの幕を開けるべくあらわれた蠟燭の幻想性と共振の場はあっさりと消える。

いわばこの句は、蠟燭の焔に集約されていた《幸福》と生気が、食卓全体へと拡散し、入れ替わる寸前の場面を描きとめているのである。


句集『笑ふ』(2015.7 ふらんす堂)所収。

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