相子智恵
白椿あなたあなたと話しかけ 西村麒麟
「麒麟」2023年春 創刊号 主宰作品「白椿」(2023.4 麒麟俳句会)所収
〈あなた〉という呼称は、ドラマなどで妻から夫に話しかけたりする時に使われることもあるけれど、それはわかりやすい「物語の会話形式(ステレオタイプ)」であって、現実の世界では年配の方以外、家族の会話の中ではほとんど使われていない呼称だろう。
今、〈あなた〉という少しかしこまったクラシカルな呼び方がリアルに使われている場面というのは、例えば先生が学生や生徒を、あるいは上司が部下を……といった年長者(しかも年配の)からの呼びかけではないかと想像される。掲句はそんな場面として自然に読むことができるのである。
しかも〈あなたあなた〉と重ねているところに、一種の性急さがあり、この人が好奇心旺盛な学者のように思われてくる。〈あなた〉と呼ばれた年下の者に伝えたいことや質問したいことがたくさんあるのだ。しかもただの呼びかけではなく〈話しかけ〉だから、語り合いたくてたまらないのである。
〈あなた〉と話しかけられた年下の方もそれを嬉しく、尊敬の念をもって聞いているであろうことが、季語の〈白椿〉から分かる。また、重厚感や華やかさと清潔な白さが同居する白椿の花は、〈あなた〉と話しかけている年長者の重厚感と清潔さにも結びつき、季語からも人物像が想像されてくるのだ。
俳句の短さの中でリフレインは難しい手法だが、掲句はリフレインがなければここまで読み込むことはできない。一見ゆるりとした平易な句に見えて、よく想像させるように練られた一句である。西村の句にはそういう作品が多く、強い印象を残す。
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