浅沼璞
●
本展の見どころは、図録冒頭に書かれているように、妖怪画制作の具体的手法にスポットを当てた点です。展示では三つのパートが用意されていました。
1.絵師達から継承〈鳥山石燕(せきえん)・与謝蕪村など〉
1.絵師達から継承〈鳥山石燕(せきえん)・与謝蕪村など〉
2.様々な資料から創作〈仮面・根付・祭礼装束など〉
3.文字情報から創作〈柳田國男・井上円了など〉
1の代表が「あかなめ」「ぬらりひょん」、2の代表が「砂かけ婆」「児啼爺」、3の代表が「座敷童子」「一反木綿」などで、それぞれのルーツの展示は押しなべて興味深いものでした(1.2は現物展示、3は引用文のパネル展示)。
わけても鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776年)に、水木さんは大きな衝撃を受けたそうです。石燕といえば喜多川歌麿の師匠で、西鶴より一世紀ほど後の画家ですが、『西鶴諸国ばなし』(1685年)に伝わる姥が火(うばがび)なども『画図百鬼夜行』には描かれています。
●
かつて先師・廣末保氏は『西鶴諸国ばなし』に「伝承の創造的回復」をみました(『悪場所の発想』1970年)。それはそのまま水木さんの妖怪漫画にも言えるのではないか、今回の展示を観てそう思いました。
さて枚岡神社(東大阪市)の灯明の油を盗んだ老婆が、死後に神罰をうけ、怪火となったという「姥が火」伝説。西鶴と同時代の俳諧師・中林素玄(そげん)も独吟連句で詠んでおり、江戸前期には広く知られた妖怪だったことがわかります。
へる油火(あぶらび)も消ゆる秋風 素玄*(前句)
ひら岡へ来る姥玉(うばたま)のよるの月 仝(付句)
●
へる油火(あぶらび)も消ゆる秋風 素玄*(前句)
ひら岡へ来る姥玉(うばたま)のよるの月 仝(付句)
『大坂独吟集』(1675年)
ご覧のように前句の原因を「姥が火」伝説によって説明した典型的な逆付(ぎゃくづけ)。枕詞「烏羽玉の」に姥(うば)をかけた談林俳諧です。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿