相子智恵
白魚の唇につかへて落ちにけり 中西亮太
句集『木賊抄』(2023.12 ふらんす堂)所収
白魚の刺身だろうか。〈つかへて落ちにけり〉というのは、誰かが食べているところを見て書いたように、つまりは視覚情報が優位に書かれている。そうでありながら〈唇につかへて〉であることで、自分が食べているような、触覚優位な句のようにも思われてくるのが不思議だ。体感を視覚化したような不思議な読後感なのである。
落ちたのは、口の中へ(本人でないと見えない:触覚)なのか、あるいは唇の外へ(他人でも見える:視覚)落ちたのか。そのあたりは想像に任されているが、口の中だとしたら、白魚は唇の一瞬のつかえを越え、口中へ入ってきて、喉を落ちてゆく……白魚にとっては滝のような深さの暗闇を落ちていく、そんな〈落ちにけり〉でもあるわけで、それも面白くて、触覚説を取りたくなる。
食べられている物を主体として、食べている人の体を背景のように描いているのも面白い。一瞬を描いたようでいて、よくよく立ち止まって見ると、重層的な視点の面白さがある一句だ。
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