相子智恵
ペン抛げてさて冷麦にいたさむや 鈴木しげを
句集『普段』(2024.5 ふらんす堂)所収
〈ペン抛げて〉の勢いが楽しい。根を詰めて書いていた仕事を何とか終わらせた解放感、あるいは終わっていないけれど「ええい、今日はここまででいいや!」と勢いで決め、きっぱりと食事に切り替えた感じが生き生きと伝わってくる。
素麺よりも太い冷麦の野趣のある感じが、この豪快さとよく合っている。これが素麺では〈ペン抛げて〉に対して、ちょっと頼りないのである。同じ句集の中に
筆に腰さうめんに腰秋はじめ
という句があって、こちらも筆と麺を並べて見せたところに、そこはかとない諧謔はあるのだが、それでもこの句は素麺の繊細さが、〈秋はじめ〉の微妙な季節の移り変わりを感じる心と相まって、やや上品な感じがする。
冷麦と素麺の微妙な素材の違い。それを的確に扱うという、何でもないようなことなのだが、そんなところからも、六十年、俳句と向き合ってきた人の、力を抜きつつも季語の急所を外さない、匙加減のよさを感じる。
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