相子智恵
焼藷の声のうしろの暮れてゆく 柏柳明子
句集『揮発』(2015.9 現代俳句協会)より
一読「ああ、冬だな」と思う。
焼藷屋の屋台が流す「いーしやぁーきいもー、おいもー」の声に振り向いて見ると、屋台の後ろには夕闇が迫っていた。冬の日暮れは早い。
〈声のうしろ〉が眼目。聴覚と視覚が混在している。写生句として見たものだけで構成すれば「焼藷の屋台の後ろが暮れてゆく」ということになる。それを〈声〉としたことで、焼藷屋の存在は消され、独特の染み入るような呼び声のみが脳裏に浮かび、〈うしろの暮れてゆく〉の寂しさが際立つ。それによって「ああ、冬だな」感も増すのである。また、聴覚と視覚の混在が世界の奇妙な捩じれを生み出し、黄昏時の異界性まで表現されているようにも思う。
「暮れにけり」のようにきっぱりとした切字を使わず、〈暮れてゆく〉と茫洋とさせているのも〈声のうしろ〉の不思議な感覚とよく合っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿