失われたテクストがあなたを歌う
福田若之
失われたテクストがあなたを歌う
という一句が、頭の中に、まだ何の意味もないままに、現れる。六七五の字余りの韻律に、それはとりあえず乗っている。「失われたテクスト」とは具体的に何であって、「あなた」とは具体的に誰であるのか、「歌う」とは厳密に言ってどういうことなのか、そうしたことは、まだこれからのことだ。だから、僕はこの一句を散文のなかの一文とみなすことがまだできない。 ∴これは、すでにはじまっているけれど散文以前であるところのものなのだ:ある意味において、「ためしがき」であるということ。
ここには具象性はない。あの廊下や畳の上の団扇のようなものは、ここにはない。だから、これを俳句と呼んでいいのかどうか、僕にはよく分からない。
かといって、川柳というジャンルがこの一句を引き受けてくれるとも思われない。この一句には、それが川柳と呼ばれるために必要な何らかの資質が欠けているように思う。それに、川柳がそもそも前句付けに由来していることを思えば、あのジャンルの根底には、むしろ「失われたテクストをあなたが歌う」というような思想があるのではないだろうか。いや、結局のところ、川柳のことを僕はよく知らない。
2016/2/22
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