相子智恵
便箋はインクに目覚め冬の山 小川軽舟
句集『無辺』(2022.10 ふらんす堂)所収
まっさらな便箋に万年筆がインクを落としていく……つまり、文字が書かれていく。一枚の白い紙だった便箋は、万年筆のインクの滲みや掠れによって、一文字ずつ、文字が書かれたところから静かに眠りから覚めていく。何と美しい想像だろうか。便箋とインクの色は何色だろう。私は便箋は白、インクは藍色を思った。
取り合わせは〈冬の山〉。うっすらと雪が積もっているのかもしれない。山の静謐さが便箋と響きあう。今は静かな冬山はしかし、「山眠る」という季語の通りに、山に棲む生き物たちを静かに眠らせ、自らも眠りながら「生きて」いる。
便箋がインクに目覚めていったように、この冬山も春が来ればひとつずつ、木々や草花、虫や動物たちの命を目覚めさせていくのだ。
静謐な冬を、そしてその後には春の息吹が確かに巡ってくることを、無生物である紙とペン、冬山という生命を感じさせつつ眠るもの。このふたつの景のあわいで表現した、美しい一句である。
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