相子智恵
うらみつらみつらつら椿柵の向う 山岸由佳
句集『丈夫な紙』(2022.12 素粒社)所収
面白い句だ。〈つらつら椿〉は、椿が連なって咲いている様子で、『万葉集』では〈巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を 坂門人足(巻一・五四)〉など〈つらつら〉のリズムが好まれて詠まれた。掲句の〈うらみつらみ〉もまた、この〈つらつら〉が引き出した遊び心なのだということが、平仮名の表記から分かる。また、「恨みつらみ」とは無縁な、さっぱりとした心境にあることも、〈柵の向う〉と隔てて見ている下五から分かるのである。
じっさい、本句集は穏やかな光を感じる句集で、「恨みつらみ」のような内面ではなくて、感覚の方が立っている句集なので、透明感と浮遊感がある。「うらみつらみ」と「つらつら椿」のような言葉のつながりとずらし方(「取り合わせ」とも「衝撃」ともどこか違う感覚)も特徴的だ。例えば春の句から少し引いてみよう。
鳥雲に入る階段をたなびかせ
春水の揺れゐし奥の歯に力
覚めぎはのひかり白梅のひかりとも
金色の川越ゆ受験生の頬
鳥雲と一緒にたなびく階段など、あるようでないような風景。その滲ませ具合が絶妙なのである。
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