相子智恵
まことではないがまあいゝ朝桜 秦 夕美
句集『雲』(2023.1 ふらんす堂)所収
この句集が、秦夕美の遺句集となってしまったことを、句集に同封されていた版元の挨拶状で知る。秦夕美の書く世界は、いつも虚実のあわいにあった。
句集の最後の方に掲句を見つけて、〈まことではないがまあいゝ〉のおおらかさがいいな、と思った。真実であろうがなかろうが、まあいいのだ。朝の清々しい眼前の桜もまた、数日後には散って記憶のこととなるのである。そしてそのうちに、まことであったかどうかなど、薄れていく。乱歩の〈夜の夢こそまこと〉も下敷きにあるのかもしれない。まことの夜の夢の次には朝が来て、そこには桜が咲いていて、どれもまことで、どれもまことではない。だからまあいいのだ。
欲シガリマセン銃後には恋の猫
語りても一日は一日敗戦日
『雲』には戦争の句が多く、今の社会への不安が書かせたのだろうか。あとがきには次の句集の題名を楽しく考えながら、体力の不安も書かれていたから、予感もあったのかもしれない。
もう十年以上前になるだろうか。会ったこともない若造の私に句集やエッセイ集『赤黄男幻想』(富士見書房)などをお送りくださった。ただただ楽しみに読んでいた俳人のひとりだった。ご冥福をお祈りすると共に、読み継がれてほしいと思う。
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