ムーミン的リアル
小津夜景
知りあいに妖精っぽい人がいる。
妖精っぽいその人は、たまに妖精のプリントTシャツを着てうちのアパートにやってくる。ムーミンの柄とかの。
それでこの前、ねえ、そのムーミンの柄似合うね、と褒めたら、いえ、今日のファッションは駄目です、ムーミンってあまりに自己言及的なんですよわたしが着ると、とその人が言った。
たしかに妖精のプリントTシャツを着た妖精っぽい人というのはクレタ人風の腰巻きを巻いた生粋のクレタ人のようなものだ。表裏の判別しがたい布みたいに、真と偽が爽やかなシステムエラーを起こしている。
自己言及とは、事故言及なのかもしれない。
なるほど。変なこと言ってごめん。と、わたしはなんとなく謝り、きゅっ、とその人を抱きしめようとした。
だがほとんど事故的なまでに服を着こなしたその人は、もはや服そのものと見分けがつかない。
わたしの腕の中には、確たる顔のない、ぬらりとした柔らかい襞が、ひらひらそよいでいるばかりだ。
ただ、天のはごろもようなものが、存在に影をあたえる。
ふいに、ムーミンというのは(いることはいるが、何かはわからないもの)という意味であった、と思い出す。
学名のひびき他界の秋を帯び
かささぎや昔の時計こと切れる
小鳥購ふ主が冥土のみやげ屋で
煙となる日の蟋蟀を羽織るかな
捨て石にあかるさかへる鴫の沢
秋あかね散るは未完に見ゆる道
羽衣をぬげば花野は灰となり
雲に月隠れてエクソシストの血
瞑りゆく目は鶏頭の襞のまま
虫売りの息を引きとる紙片かな
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