樋口由紀子
霧晴れる天狗は団扇取り落す
向山つね
霧が晴れた。天狗はあまりの急な晴れ具合にびっくりして、正体があらわになって、人間に見つかったらどうしようとあわてて手に持っていた団扇をうっかり落としてしまった。天狗が団扇を取り落した様子や音を全身で捉えている
霧がかかっているときと霧が晴れたときはまるで別世界で同じところとは思えない。本来は見えないこと(ありえないこと)を親愛の情とユーモアを持って想起した。自分の居る世界だけが世界ではなく、自分の見えない世界もどこかに存在している。一方、「霧晴れる」時間と「天狗」が「団扇」を取り落す時間が別々に流れていて、もう一つの時間を意識しているようにも思った。
掲句は平成元年の年末に開催された川柳大会の兼題「霧」の特選句。25年前にはこんな素敵な川柳が選ばれていた。「第二十八回川柳塔きゃらぼく忘年句会報」(1992年刊)収録。
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