2013年9月4日水曜日
●水曜日の一句〔五十嵐秀彦〕関悦史
関悦史
本郷に軍人の墓黒麦酒 五十嵐秀彦
ハードボイルドな文体で名詞と助詞ばかりが並び、心情的なことは何も言っていないのにその裏にあるものを感じさせる点、ある種俳句の手本のような作り方。
縁者に軍人がいてその墓に詣でたというわけではなさそうだ。本郷でたまたま軍人の墓を見かけたという軽い意外感がこの「に」からは感じられる。
「本郷」からまず連想されるのは東大である。日本の急拵えの近代化を担うべく官僚養成機関として作られ、今も機能し続けている。これが「軍人の墓」と並ぶと、明治維新から大戦を経て現在に至る近代日本の歩みがおのずと立体的に浮かび上がってくる。
そうして不意に心の中に差し入ってきた近代日本の暗さ、重さに「黒」でもって和しながらも、それを飲み下せるものへと慰撫してくれるのが「黒麦酒」なのだ。飲み下すときの内臓感覚を通し、歴史の彼方に没した人たちの身体とつかの間ながら共振しあっているようにも思われる。
句集『無量』(2013.8 書肆アルス)所収。
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