西原天気
※相子智恵さんオヤスミにつき代打。
※相子智恵さんオヤスミにつき代打。
湯豆腐の波に豆腐のくづれけり 青木ともじ
俳句のほかに、わざわざこんなことを言ったりしない。俳句以外は見向きもしない素材・題材をたいせつに扱う、ていねいに一字一句、設える。それは俳句というジャンルの大きなアドヴァンテージであり美徳だと信じているのですが、同じ句集にある《葱に刃を入れて薄皮切れ残る》も、そう。
二句並べると、素晴らしい夕餉の一品、という幸福感のことはともかくとしても、湯豆腐の句は、豆腐に始まり豆腐に終わるその構造で、この世にはこの鍋しか存在しないかのように狭く閉じた世界が現出し、葱の句では、半径1センチメートルの視野へとクローズアップされる。手のひらの大きさの範囲、せいぜい肩幅に収まる範囲で、くずれたり、切れ残ったりといった、多くの人々にとっては「どーでもいい」ことが、奇跡でも天啓でもなく、起こる。その起こること・起こったことの積み重ねとして、暮らしや世界があるのだなあ、と、冬のなんでもない時間に思うのですよ。
掲句は青木ともじ句集『みなみのうを座』(2024年11月/東京四季出版)より。
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