2013年1月31日木曜日

●ゴジラ

ゴジラ

冬の浪とんがってくるゴジラの忌  斉田仁

春よ遠からじゴジラ飼うと夜は  井口吾郎 (≫出典

空焦がすゴジラの嘆き熱帯夜  うらたじゅん (≫出典

モスラ対ゴジラ観てきし夜のシャワー  西原天気(≫出典


Godzilla Haiku
ゴジラ俳句:Long Tail World

2013年1月30日水曜日

【俳誌拝読】『鏡』第7号(2013年1月1日)

【俳誌拝読】
『鏡』第7号(2013年1月1日)


A5判、本文32頁。発行人:寺澤一雄。同人諸氏の俳句作品が見開きに14句ずつ。

寒き光に立てられ何のための板  佐藤文香

低き雲抜け黄金田を刈りに来し  谷 雅子

世田谷区砧の隅にゐる狸  笹木くろえ

冬の函からとり出して冬の星  羽田野令

太古にもかくなる眠り龍の玉  森宮保子

東方三博士馬小屋後にして  大上朝美

浮きつ沈みつ蒟蒻の冬用意  中村 裕

今は即過去なりポインセチアあり  越智友亮

ジーパンに白きペンキや秋の虹  村井康司

世田谷の大きな犬はつるみをり  寺澤一雄

(西原天気・記)

2013年1月29日火曜日

●ナイトラウンジ

ナイトラウンジ

中嶋憲武


最近社長が近所のスナックのジャズ好きの主人に感化されたらしく、配達の車内で「これいいだろう」といろいろジャズのコンパクトディスクをかける。

今日聴いたのは、青江三奈がニューヨークで公演したときのものらしく、ニューヨークのミュージシャンをバックに従え、「伊勢佐木町ブルース」「恍 惚のブルース」「池袋の夜」などを日本語で歌っている。バックの演奏ももちろんいいが、青江三奈の歌唱もまた素晴らしい。一番最後のドドンパ調の曲のアレ ンジが格好良く、このコンパクトディスクはぜひ欲しいと思った。社長が貸してやるよと言ったが、僕はついさっきamazonでポチっとしてしまった。なん というかこのアルバムには、グランドキャバレーとかナイトクラブの雰囲気が横溢していて、僕はまったく酒が飲めないけれども、もう失われてしまったであろ う昭和が持っていた陰影のあるゴージャスさというか、そういった雰囲気が確実にある。

  青江三奈逝く夕焼けの雲ひとつ 

と、詠んだのは2000年の夏だからあれから13年経ってしまった。むかしから青江三奈はテレビなどでよく見ていたが、演歌のおばさんという印象 で好きでも嫌いでも(むしろ演歌ということで嫌いのほうにシフトしていたかも)なかったが、学生時代ジャズなどもちらほら聴くようになり、ヘレンメリルを 聴いたとき青江三奈が you’d be so nice to come home to を歌ったらいいかもと思ったのがきっかけで、青江三奈を歌手として見直すようになった。実際青江三奈は、ジャズも歌っていて、さっきの「帰ってくれて うれしいよ」も歌っている。いいのである。

僕が持っている青江三奈のアルバムはいまのところ二枚。そのうち三枚になるが。

一枚目は、「女の警察」という青江三奈が出演した映画の劇中歌と劇中音楽をセレクトして構成されたアルバム。劇中音楽のほとんどを佐藤允彦が担当 していて、バカラック風のアレンジがいま聴いても、とてもよい。1960年代から70年にかけて江崎実生や斎藤光正が監督した日活映画に使われた楽曲群 だ。

二枚目は、「the shadow of love」というタイトルのジャズのスタンダードを全曲英語で歌っているアルバム。MAL WALDRON、GROVER WASHINGTON JR.、FREDDY COLE 等と共演していて、伊勢佐木町ブルースも、BOURBON STREET BLUES というタイトルで歌われている。何年かまえ新宿の裏町のディスクユニオンで偶然見つけ、衝動買いしてしまったのだが、思っていた以上によかった アルバムである。

冬の夜は青江三奈聴いて夜更かしするに限る。


2013年1月28日月曜日

●月曜日の一句〔鈴木鷹夫〕 相子智恵

 
相子智恵







恋のごと津軽の吹雪思ふなり  鈴木鷹夫

句集『カチカチ山』(2012.12 角川書店)より。

津軽の吹雪は激しい。空から横なぐりに降る雪はもちろん、強い西風を受けて地面から強烈に吹き上げる、いわゆる「地吹雪」も重なる。四方八方から入り乱れる雪の中で1メートル先すら見えず、ここがどこなのかわからなくなるほどだ。

激しい雪や、速い川の流れなどをじっと見ていると、対象に吸い込まれて意識が遠のくことがあるが、頭の中で〈津軽の吹雪〉を想像しただけでも、そんな気持ちになってくる。

そして〈津軽の吹雪〉のことを思ううちに〈恋のごと〉と、それが恋に似てくるとしたら、その恋はたいそう激しい恋であろう。

語順通りだと「まるで恋のように吹雪を思う」となるのだが、逆に「まるで吹雪のように恋を思う」という視点も自然と生まれてくるのは、入り乱れて降る吹雪の様子からだろうか。「津軽」という、情に厚くて演歌の題材になりやすい地名も〈恋〉と響き、「吹き荒れるような激しい恋」を思わせて、相互に作用している。

いちどそこに没入してしまったら、津軽の吹雪も、そして恋も、どこまでが対象で、どこからが自分なのかすら、わからなくなるのだ。
 

2013年1月27日日曜日

〔今週号の表紙〕第301号 結婚一カ月目の我が家 矢野玲奈

今週号の表紙〕 
第301号 結婚一カ月目の我が家

写真・文:矢野玲奈




朝、私は大事な○○が無いことに気が付きました。
どんなに探しても、どんなに探しても○○は見つかりませんでした。
しくしく泣いていると、ダーリンがハサミを持ってやって来ました。
ダーリンは、ハサミの蕨手を下にして壁に立て掛けました。
「ハサミさんにお願いしてみたら?」
私はハサミにむかい、手を合わせました。
「ハサミさん、ハサミさん、私の○○が見つかりません。どうぞお助けください!」
もう一度、部屋の中を探しましたが見つかりません。
ダーリンは言いました。
「○○は家の外で落としたかもしれないよ。警察署に電話してみたら?」
私は警察署の電話番号がわからず、おろおろするばかり。
ダーリンは言いました。
「104で聞いてみたら?」
私は104で案内された番号に電話をしました。
警察の方は言いました。
「届いてますよ。」

ハサミさんのおかげです。
(届けてくださった方、ありがとうございました。)

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2013年1月26日土曜日

【俳誌拝読】『雷魚』第93号(2013年1月1日)

【俳誌拝読】
『雷魚』第93号(2013年1月1日)


B5判、本文34頁。発行人:小宅容義。

附録として『八田木枯追悼号』。

八田木枯の100句(寺澤一雄選)のほか、同人による「八田木枯の一句」、「雷魚の会」内外から追悼エッセイ10篇、角谷昌子「八田木枯論~異界を覗く」ほか。

なかでも寺澤一雄による「八田木枯句集解題」はコンパクトかつ貴重。


以下、第93号本誌に掲載の同人諸氏俳句作品より。

父は黒潮オハイオから手紙  蘓原三代

手袋の残る片手のようにいる  森 章

遠眼鏡夕凪の街なめていく  神山 宏

はじかみの一つひとつの形かな  亀田虎童子

秋すでにこそりと桐の葉の落ちる  北上正枝

秋風や四角に切って大谷石  小島良子

朝顔の種とる痩せたのも抓む  小林幹彦

秋に入る草の中から杭の影  櫻井ゆか

蟷螂の口中くらくもえにけり  鈴木夏子

漱石も砥石も暑し金物屋  関戸美智子

冬椿海がざらざらしてきたる  竹内弘子

東京の境に川や草の花  寺澤一雄

海を聴く向日葵黒き首を垂れ  遠山陽子

夏の蝶ダムの深さに吸はれけり  平佐悦子

うす墨のひとふでがきの風は秋  細根 栞

鮟鱇が剝がれつつ見る街あかり  増田陽一

そのそもの事をもそもそ夜長し  松下道臣

かつてつかいし重石は石に白泉忌  三橋孝子

弦月の一人を容れてエレベーター  宮路久子

自転車を電車に乗せて夏の果て  茂田慶花

滝落ちて地球の隅っこだと思う  山中理恵

雪吊りにはげしい雨となりにけり  遊佐光子

犬小屋を出て犬吼ゆる暮の秋  太田うさぎ

からすうり午後はさっぱり日当らず  大塚阿澄


岡本高明氏・追悼ページより

だんだんに囀りの木の濡れてきし   岡本高明


(西原天気・記)

2013年1月25日金曜日

●金曜日の川柳〔天根夢草〕樋口由紀子



樋口由紀子







ハハシスという電報はきっとくる

天根夢草 (あまね・むそう) 1942~

結婚式や葬儀で読まれる電報ではなく、緊急のときに重要な役割を果たしていた電報を知っている年代はいつまでだろうか。一昔前は緊急のときは電報しか手段はなかった。私はおぼろげながら「電報です。電報です。」とトントンと戸を叩くのを覚えている。玄関チャイムもなかった。そして、そのほとんどは良い知らせではなかった。

私の場合(母が亡くなったという知らせ)は携帯電話だった。現在はそれが一般的だろう。いつでもどこでも繋がる。便利すぎるせいでもないが、掲句を携帯電話にしてみたら、電報ほどの重みが出ないように思う。言葉や現象が消耗品のようになってきたことが川柳の完成度を低くする一つの要因になっている。時代や状況が味方してくれない。川柳は作りにくい時代になった。『天根夢草川柳集』(川柳展望社刊 1978年)

2013年1月24日木曜日

【俳誌拝読】『絵空』第2号(2013年1月15日)

【俳誌拝読】
『絵空』第2号(2013年1月15日)


A5判、本文16頁。

とんがつて乾くジーパン冬の鵙  山崎祐子

歳晩の人の両手がポケットに  茅根知子

地には根の張り詰め小春日和かな  土肥あき子

窓に鍵掛けて下校や花八手  中田尚子

(西原天気・記)

2013年1月23日水曜日

●絨毯

絨毯

油虫打たれた後の絨毯なり  四ッ谷龍

一畳の電気カーペットに二人  大野朱香

絨毯に足美しく現れぬ  吉屋信子

絨毯のめくれやすきを見てをりぬ     山下つばさ〔*


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より



2013年1月22日火曜日

【俳誌拝読】『星の木』第10号(21012年秋・冬)

【俳誌拝読】
『星の木』第10号(21012年秋・冬)

A5判、本文20頁。

それぞれの檻に雨降る冬景色  大木あまり

いくらでも雲湧いてくる冬はじめ  石田郷子

ぽつぺんを吹くたび変はる海の色  藺草慶子

靴紐を結ぶ黄菊の香なりけり  山西雅子


(西原天気・記)

2013年1月21日月曜日

●月曜日の一句〔宮本佳世乃〕 相子智恵

 
相子智恵







はつ雪や紙をさはつたまま眠る  宮本佳世乃

句集『鳥飛ぶ仕組み』(2012.12 現代俳句協会)より。

初雪と紙はどちらも清らかな白でありながら、その白さも、触ったときの質感や温度もまったく違う。似ていて遠いふたつの清浄な白さが頭の中で重なり、ふわーっと頭が真っ白になっていって、いつの間にか眠りに落ちる。鋭敏な感覚の取り合わせだ。

〈はつ雪〉〈さはつた〉の平仮名のやわらかさからも、A音の響きからも、懐かしさと少しの淋しさを感じる。

紙は(眠る前に読んでいた本の栞かもしれない)など現実的な想像ができる補助線は引かれているが、そんな野暮な背景は一切取り除かれ、イメージの清らかさ・安らかさだけで一句は構成される。

こうした直感的な取り合わせで生み出される世界には、作者のもつ感性がよく表われると思う。派手な離れ業の取り合わせが好きな人、一見遠い取り合わせだがじつは論理構築ができている人、映像的な人、言葉的な人、複雑骨折のような取り合わせで煙に巻いてしまう人……一冊を読んでいくとその人の志向する世界観が見えてきて面白い。

本書はそうした直感的な取り合わせで一句が詠まれる場合が多いが〈若葉風らららバランス飲料水〉〈鳥飛ぶ仕組み水引草の上向きに〉〈消しゴムの小さく割れて夕焼くる〉など、その感性はやわらかく、空から降る透明な光のようにキラキラとした世界がある。そして不意に、自分の頭上がただぽっかりと空であることの心細さに改めて気づいたときのような淋しさが、うっすらとある。
 

2013年1月20日日曜日

〔今週号の表紙〕第300号 水鳥 鈴木不意

今週号の表紙〕第300号 水鳥

写真・文:鈴木不意




鳥は先祖が恐竜だつた。
といふのが現在では定説になつてをる。
そういへば駝鳥にはそんな気配がなくはない。

イヤ、それは嘘だらうと、首をかしげる。

撮影場所:横浜港


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2013年1月18日金曜日

●金曜日の川柳〔淡路放生〕樋口由紀子



樋口由紀子







橋の向こうに帰ってしまうチンドン屋

淡路放生 (あわじ・ほうせい) 1942~

つい最近、神戸で久しぶりにチンドン屋を見かけた。私が子どものころに見たような、派手な着物を身につけて、ちょんまげをつけた男の人と日本髪のかつらをかぶった女の人の、チンドン屋の名前通りにチン,ドンと鉦や太鼓をたたきながら、にぎやかに歩いていた。ふらふらとあとをついていきたくなった。

子どもの頃、いつまでもあとについていって、叱られたことがある。チンドン屋本人と、母にである。橋の向こうはどんな世界なのだろうか。案外、橋の手前となんら変わらないのかもしれない。

淡路放生にはこんな句もある。〈百発百中無駄な百発なりしかな〉。誰もが夢見る「百発百中」。何もかも順調にうまくいっていたのだ。それを今は「無駄」だったと思う。百の響きのよさとともに印象に残っている。

2013年1月17日木曜日

●「週刊俳句300号に寄せて」コメント大募集

「週刊俳句300号に寄せて」コメント大募集


週刊俳句はもうすぐ300号。
http://weekly-haiku.blogspot.jp/

そこで誠に急な話ではありますが、第300号を迎える「週刊俳句」にコメントをお寄せください。

長短ご随意(1行でも結構です)。祝辞でなくともかまいません(苦言、要望、思い出、質問、未来予想etc)。なんでも結構です。

皆様のコメントは本誌・第300号に掲載させていただきます。

締切  2013年1月19日(土)23:00 ※明後日の夜です

応募先 tenki.saibara@gmail.com



創刊準備号

創刊号

第100号

第200号

2013年1月15日火曜日

【人名さん】マストロヤンニ

【人名さん】
マストロヤンニ


着ぶくれてマストロヤンニふうにハグ  今井聖

『週刊俳句』第89号(2009年1月4日)新年詠より


マルチェロ・マストロヤンニは、『ジンジャーとフレッド』のちょっと情けない感じが印象深かったりします。

(西原天気・記)


2013年1月14日月曜日

●月曜日の一句〔照屋眞理子〕 相子智恵

 
相子智恵







梟の声するあの辺りが昔  照屋眞理子

句集『やよ子猫』(2012.12 角川書店)より。

こう言われると、そう思えてくるという、不思議な句だ。

梟が夜中の森で鳴いている。夢かうつつか、暗闇の中にいきなり放り出された読者は、何も見えず、何もわからない。ただホオーホオーと鳴き声のする方へ目を凝らすうちに、ふと「ああ、あそこには過去があるのだな……」と、闇の中でなぜか得心するのである。

梟が夜行性で、異界へ引きずり込まれそうな、低くくぐもった声で鳴く鳥だから〈あの辺りが昔〉が、たいそうしっくりくる。ほかの鳥ではこの味わいは出せないだろう。

本書には他にも〈花中(あた)りすれば他界のよく見えて〉〈生れたるも知らず欠伸の子猫かな〉〈ゐない人はそつと座りぬ初座敷〉などの句があって、「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」とでもいうような作者の感覚が貫かれている。

この感覚は作者の天性のものであると同時に、繰り返し出てくる亡き母の句――たとえば〈歌加留多夢に来るとき母若き〉などを思えば、他界した母に会いたいという祈りの表れでもあるのだろう。
 

2013年1月13日日曜日

〔今週号の表紙〕第299号 給油

今週号の表紙〕第299号 給油

写真・文:西原天気




塀に設けられた「給油口」。まさかタンクローリーがホースを伸ばし、ここからこの家に給油するわけではなかろうから、これは何のための「口」なのだろう? 謎です。


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2013年1月11日金曜日

●金曜日の川柳〔樋口由紀子〕樋口由紀子



樋口由紀子







永遠に母と並んでジャムを煮る

樋口由紀子 (ひぐち・ゆきこ) 1953~

年末に母が死んだ。もう母とジャムを煮ることはない。ジャムはすぐ焦げるので鍋から目が離せない。二人でじっと鍋をながめていると、そんなときが永遠に続くのではないかと思っていた。出来上がったジャムは嘘みたいに甘かった。

私は母にとってよい娘ではなかった。短時間でさえ、母と一つのことをするのに息がつまりそうだった。同じものを見ても、同じことをしていても、感じ方や見方が全然違っていた。母もそれに気づいていた。けれども、二人ともどうすることもできなかった。

この世に私の母は居なくなった。それが認められない。勝手なものである。母というのはなんと説明のつかない存在であるのか。『容顔』(詩遊社刊 2001年)所収。

2013年1月9日水曜日

●週俳の記事募集

週俳の記事募集

小誌「週刊俳句が読者諸氏のご執筆・ご寄稿によって成り立っているのは周知の事実ですが、あらためてお願いいたします。

長短ご随意、硬軟ご随意。お問い合わせ・寄稿はこちらまで。


【記事例】

句集を読む ≫過去記事

最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

句集『××××』の一句」というスタイルも新しく始めました。句集全体についてではなく一句に焦点をあてて書いていただくスタイル。そののち句集全体に言及していただいてかまいません(ただし引く句数は数句に絞ってください。

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌から小さな同人誌まで。号の内容を網羅的に紹介していただく必要はありません。

『俳コレ』の一句 〔新〕

掲載記事 ≫こちら

これまで「新撰21の一句」「超新撰21の一句」を掲載してまいりました。『俳コレ』も同様記事を掲載。一句をまず挙げていただきますが、話題はそこから100句作品全般に及んでも結構です。






時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。

同人誌・結社誌からの転載刊行後2~3か月を経て以降の転載を原則としています。自薦・他薦を問いません。

なお、ウラハイのシリーズ記事(おんつぼぶんツボ etc)の寄稿についても、気軽にご相談ください。
そのほか、どんな企画も、ご連絡いただければ幸いです。

2013年1月8日火曜日

●週刊俳句・新年詠の歴史

週刊俳句・新年詠の歴史

2008年 101句  第37号

2009年 119句  第89号第90号

2010年 149句  第141号第142号

2011年 131句  第193号第194号

2012年 148句  第246号

2013年 175句  第298号

2013年1月7日月曜日

●月曜日の一句〔小川軽舟〕 相子智恵

 
相子智恵







心臓へかへる血潮や去年今年  小川軽舟

句集『呼鈴』(2012.12 角川書店)より。

ずっと〈去年今年〉という季語を空恐ろしく思ってきた。多くの季語は、繰り返す四季という“歳時記的不変”の中にあるのに対し、〈去年今年〉は、時間はたちまち過ぎて決して戻らないという“時間の流れの速さ”をピシャリと突きつける季語だからだ。

掲句の〈心臓へかへる血潮〉の巡りと〈去年今年〉の関係はこれに似ている。心臓を出た血液は体を巡って心臓へ戻ることを繰り返す。それが四季の巡りの“歳時記的不変”に似ているとすれば、血が巡るうちに起きている人体の老いの速さが〈去年今年〉だ。同じ季節を巡っているようで、じつは死に向かって二度と戻らない時間を生きている私たち。印象深い〈去年今年〉の一句である。

句集名の『呼鈴』について、作者はあとがきで、母の他界、実家に独居となった父、震災、自身の単身赴任を経験して〈年とともに家というものの存在を思うことが多くなったようだ。そして、どんな家にも呼鈴がある〉と書いている。

私自身も郷里が遠方なので、この言葉にふと、一年間で実家に帰った回数を数えてみた。4回だった。少ないだろうか。長期休暇は盆・正月・ゴールデンウィークの年3回だから、案外これくらいが“働く日本人の平均的な帰省回数”かもしれない。そして私の両親の年齢を平均寿命と照らすと、残り20年を切っているから、今のペースで単純計算すると、あとたった80回しか会えないことになる。もちろんそれよりは会うだろうが、それでもその少なさに愕然とする。

季節はいつものように巡りながら、やはり無常に過ぎていくのみなのだ。
 

2013年1月6日日曜日

〔今週号の表紙〕第298号 福助 鈴木不意

今週号の表紙〕第298号 福助

写真・文:鈴木不意




福助が宙を飛んでをるではないか。

2010年10月の「週刊俳句」突発誌上句会では、お題の一つだつたなあ。で、パシャリ。

爾来、いくらかまともな俳句が作れるやうになつたのかしらん。

今年もひたすら励みませり。


撮影場所:浅草寺仲見世通り。


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2013年1月5日土曜日

●海鼠語

海鼠語


ひろごりて時雨ごころの海鼠かな  永田耕衣

崑崙の星の夜を知る海鼠かな  五島高資

階段が無くて海鼠の日暮れかな  橋閒石
ナマコの採取と加工には労働力が要った。ホンナマコは現地の市場で買い集めればいいというものではなかった。作って運ばねばならない。その労働力を集めるのに西洋の船乗りは苦労した。苦労したというと聞こえはいいが、アフリカで行なっていたのと同じような奴隷掠奪を太平洋海域で敢えてしていた。オーストラリアでは〝人さらい防止法案〟まで制定された。こうした種族的混乱のはてに、ニューカレドニアではナマコ語なる混交言語が生れた。(鶴見良行『ナマコの眼』筑摩書房・1990年)
無為にして海鼠一万八千歳  正岡子規

避雷針高々とある海鼠かな  岸本尚毅

海鼠噛む汝や恋を失いて  西東三鬼


〔過去記事〕2009年12月15日 海鼠
http://hw02.blogspot.jp/2009/12/blog-post_15.html

2013年1月4日金曜日

●金曜日の川柳〔村田周魚〕 樋口由紀子



樋口由紀子







掌の筋に運があるとは面白し

村田周魚 (むらた・しゅうぎょ) 1889~1967

手相占いをしたことのある人は多いだろう。真剣に、あるいは軽い気持ちで、てのひらを広げて、自分を占ってもらう。いくら軽い気持ちであっても、薀蓄を傾けて、なにやら言われるとやはり気になる。この線が伸びているから長生きできますよ、こことここがつながっているから運がありますよ、良いことを言われたら嬉しいが、嫌なことを言われたら落ちこむ。

そんな人の心の微妙さをついて、掌の筋に運なんてあるわけがないと切り込んでいる、皮肉の句だと最初は思った。しかし、よくよく読むと「面白し」である。肯定も否定もしていない。手相占い自体をただ面白がっている。さて、今年はどんな年になると、私の掌の筋には出ているのだろうか。

〈ニッポンは小さくなった脛の灸〉〈盃を挙げて天下は廻りもち〉〈あなた百までとおいてきぼりにされ〉 村田周魚は川柳六大家の一人。関西の「番傘」に対し、関東の「きやり」を育てあげた。

2013年1月2日水曜日

●新年

新年

初空や水とはうしなはれやすき  生駒大祐
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/01/2012_6671.html

遠目にも光るは硝子初景色  岸本尚毅
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2011/01/blog-post_02.html

初夢のつひにここまで来て手ぶら  山田耕司
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2011/01/blog-post_2386.html

ひとりでにひらくことあり歌留多函  八田木枯
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2010/01/blog-post.html

白雲に白雲つるむぽこんぽこん  関悦史
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2010/01/blog-post_1436.html

2013年1月1日火曜日

●2013年 新年詠 大募集

2013年 新年詠 大募集

新年詠を募集いたします。

おひとりさま 一句  (多行形式ナシ)

簡単なプロフィールをお添えください。
※プロフィールの表記・体裁は既存の「後記+プロフィール」に揃えていただけると幸いです。

投句締切 2013年1月5日(土) 20:00

〔投句先メールアドレス〕≫ご連絡・お問い合わせ先


Happy New Year