口にくちぶえ
福田若之
音だ、と思った。『しばかぶれ』第一集(邑書林、2015年12月)のことだ。
中山奈々の旧作百句、「綿虫呼ぶ」。その一句目は〈メロディーと名付けし春の雲崩れ〉。
そして新作三十句、「横縞の飛行船」。その一句目は〈目にめがね口にくちぶえ秋たちぬ〉。
散文をみてみよう。 「愛おしい。な、な」(佐藤文香「奈々」)、「追いつくには体力が、が、が」(中山奈々「出鱈目」)、「ブワァー!」(田中惣一郎「中山奈々覚書」)。
この一冊は、こんなふうにして、なんらかの和音を奏でようとしている。
息白くゴジラゴジラと遊びけり 中山奈々
「ゴジラ」と二度繰りかえすこと。それによって「ゴジラ」は音楽になる。ド・シ・ラ、ド・シ・ラ……
何回もすゝきの前で写真撮る 堀下翔
秋さびしなかやまななになが三つ 小鳥遊栄樹
嗚呼・機械の腕・白シャツに袖とほし 青本柚紀
す、す。な、な。あ、あ。口をついて出てきたような音の群れ。堀下翔「洲」 では「ゝ」が何回も繰りかえされているのだが、引用した句を読んでからというもの、その繰りかえし記号の繰りかえしからシャッター音が聞こえるような気さえしてくる。小鳥遊栄樹の句は一つの名に三つの「な」を見いだす。言葉に対するこうした見方が『しばかぶれ』の同人には多かれ少なかれ共有されているように思われるという意味でも、この第一集における象徴的な一句だと思う。青本柚紀の句は「嗚呼」を「、」でも「。」でも「!」でもなく、「・」によってつなげるところに新鮮味がある。この「・」はまさに機械のパーツをつなぐ関節なのだろう。
つ・ば・さと動くくちびる夏はじめ 青本瑞季
青本瑞季の「・」は同じ符号だけれど、その無音の長さは青本柚紀の句の「・」よりもずっと長い。くちびるのひとつひとつの動きは瞬間的であるにもかかわらず、それぞれの動きのあいだに長い間がある。ひとつひとつの音の後の、くちびるのかたちをはっきりと確かめようとするみたいに。
この一冊は、読者に対して、音を思うことを求めている。そうしなければ、〈【秋の夜の喪字男人生相談室】〉(喪字男「昼寝用」)が俳句であることには気づけない。
2015/12/11
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