名家のことなど(2/2)
上野葉月
今日の中東の騒乱の中、ヨルダンでもデモが行われていると聞くと、さすがに無関心ではいられない。中東一の名家ハシミテ王家で唯一生き残った王室が打倒されることになれば、それは考えられている以上に急進的な思想が台頭しつつある証左とも言えるだろう。
その点サウジアラビアの王室などハシミテ王家に比べると単なる田舎大名の石油成金でしかないので、中東ではあまり尊敬を集めているとは言い難い。むしろあれほどの親米政権ともなれば、まあ良いところで犬呼ばわりぐらいだろうか。中東イスラム圏では反欧米が基本的な心情で親欧米という態度は支配層の極一部にしか見られない。イスラム圏でも欧州に距離的に近いほど反欧州気質が強くなるように見える。
このことはあまりにも根深い問題なので詳細に理解することはほとんど不可能のように思えるが、私的な解釈を述べるとヨーロッパという地域の成立は反イスラムに由来することが大きな原因ではないだろうか。
欧米経由の情報にさらされていると欧州はギリシャ・ローマの昔から綿々と続いているような印象を受けがちだが実際には現在ヨーロッパと呼ばれる文化圏が形成されたのは民族大移動の一応の終息を見る八世紀以降である。これはイスラム帝国の版図が最大になった時期と重なる。いわばイスラムの進入を防いだ地域が現在のヨーロッパなのである。反イスラムはヨーロッパのアイデンティティの基礎にある。
教典を共有するキリスト教徒からすればイスラムは七世紀に現れた恐るべき異端であるが、中東側からすれば欧州文明は中東(メソポタミヤ?)文明の辺境の亜種のひとつにすぎない。
東アジアの稲作地帯から眺める分には、教典の民は極端に排他的で自己中心的なように感じられるのだが、少なくともあの辺りの対立は理解不能なほど根が深いので可能な限り関わり合いにならないようにしなければならないという感は強くする。
イスラム教は現在この惑星上で最も勢いのある宗教だが、それは仏教やキリスト教に比べれば遙かに若い宗教であることも大きいかもしれない。しかしそればかりではなく世界規模の大宗教の中でイスラム教が最もエレガントな宗教であることは忘れる訳にはいかないだろう。原理主義などに流れないバランス感覚がイスラム本来の持ち味だと思われる。
中東には主な民族としてアラブ人、ペルシャ(イラン)人、トルコ人の三大民族が居てお互い対立し合っているという観点は中東理解のための基礎要件だが、この見解に沿った意見というのは概ねナイーヴ過ぎる嫌いがある。またイラン革命世代のせいかシーア派はペルシャ(イラン)人、スンニ派はアラブ人という思い込みがあったのだが、最近ニュースを見ていて改めて喚起されたのは、どうやらそんな単純な色分けではないらしいということである。
閑話休題。サウジアラビアの人口は少なく強大な米軍の駐留によって辛うじて支えられている脆弱な政治体制にしか過ぎないように見えるが、一方で米国がサウジアラビアを手放すことは絶対にあり得ないとも思う。沖縄や日本を防衛する努力の少なくとも五千倍程度の真剣さで取り組んでいるはずだ。
もう20年以上経つので忘れがちになるが、ソビエト連邦を崩壊に導いた最後の一撃の引き金を直接引いたのはサウジアラビアだった。
イラン革命後の第二次石油ショックでの原油高は石油輸出国だったソ連の崩壊しかけた経済を一時的に快癒させていたのだが、1985年サウジアラビアが徹底的な原油増産に踏み切り原油価格を長期にわたって押さえ込んだため、ついにソ連は1990年前後に立ちゆかなくなってしまった。戦争と革命の世紀だった二十世紀が実は石油の世紀でもあったことを改めて強く印象付ける事件だった。
今後もし騒乱がサウジアラビアにも飛び火し親米政権が倒れることになったとしたら、それは米国が覇権国家としての役割を自ら捨てたがっているということに他ならない。少なくとも第一次世界大戦後、議会の反対で国際連盟に加盟しなかった頃と同じ程度には内向きの政治思想に傾いていると見るべきだろう。
(了)
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2011年3月23日水曜日
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