相子智恵
けふの木の芽あすの木の芽と湧きにけり 井原美鳥
句集『分度器』(文學の森 2018.12)所収
毎日見ていたはずの通勤途中の街路樹が、気づけばみっしりと芽吹いていて、木の全体が柔らかい黄緑の光に覆われてハッとすることがある。見ていたつもりで、見ていなかったのだ。
思えば〈けふの木の芽〉が湧いたとしても、〈あすの木の芽〉が本当に湧くかどうかはわからない。今日のことは知っていても、誰も明日を見たことはないのだから。けれどもやっぱり〈木の芽〉はもっとも自然に明日を信じられるもののひとつだと思う。今日に続いて明日も芽吹く。そこに確信のもてることのなんと心が澄むことだろう。〈あすの木の芽〉に木の芽の本質が捉えられている。
大いなる分度器鳥の渡りかな
表題となった一句。渡り鳥が体の中に備えている、迷うことなく毎年同じ場所に辿り着く能力が〈大いなる分度器〉と表現されている。V字に隊列を組んで飛ぶ渡り鳥の姿も〈分度器〉によって見えてくる。この句も〈木の芽〉の句と同様、目に見えない自然の力を詩心で捉えた句だ。写生から一歩入り込んだ詩心によって、見えてくる真理がある。
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