2022年1月19日水曜日

●西鶴ざんまい 番外編#5 浅沼璞


西鶴ざんまい 番外編#5
 
浅沼璞
 

常日ごろ雑務にかまけ、積ん読の山、数多なるを、少しは崩さんと、年始休暇、いくつか手にとる中に、さほど目立つ装丁ではないけれど、きわめて興味深いのが一冊ありました。

田原(ティエン・ユアン)編『百代の俳句』(ポエムピース)という昨秋刊行されたアンソロジーがそれで、わが西鶴も収録されています。(田原氏は中国出身の詩人にして翻訳家。)


白地のシンプルな表紙には「誰もが知る名句から/誰も知らない名句まで」というサブタイトルがあり、おなじく白地の帯には高野ムツオ氏の推薦文とともに「注目の国際派詩人が/世界に向けて選りすぐった/400年の131人/1310句」と記されています。
 
繙くと見開きに5句づつ計10句が整然と並び、左ページの終りに簡単な作者紹介があります。
 
とてもシンプルな編集で、選ばれた作者群もスタンダードな感じ。
 
(まだ評価の定まらない現代俳人のラインアップに関しては賛否両論あろうかと思いますが)


そんなオーソドックスな編集の中で、興味深いのは厳選された(であろう)作品群で、「誰もが知る名句から/誰も知らない名句まで」というサブタイトルが嘘ではないことがわかります。

さらに詳しく凡例をみると「選は、日本語での既定の評価ではなく、他言語に翻訳したときに読み手にどう響くかという基準を大事にしました。いわば世界にも通じる誇れる作品です。言語や文化の垣根を越えるという視点によって、作品の魅力を再確認するよすがになれば幸いです」との由。

一読、ここでいう「再確認」を「相対化」と換言したくなりましたが、それはそれ、やや上から目線ではありますが、果敢な試みとも思えました。
 
げんに「やっぱこの句が」とか、「なんでこんな句が」とか、けっこう翻弄されます。


では西鶴ベスト10を検証してみましょう。まず「誰もが知る名句」として一句目に、
 
  大晦日定めなき世の定め哉
 
が掲げられています。この句、かつての連載「木曜日の談林」で扱ったので解説はそっちに譲りますが、浮世草子『世間胸算用』のルーツと目される代表句には違いありません。


さてもう一方の「誰も知らない名句」としては、晩年の発句、
 
  山茶花を旅人に見する伏見哉
 
が目をひきます。土地がら、陸路や船着場から旅人(りょじん)が行きかうとはいえ、秀吉の頃と打って変わって寂れた伏見。そんな伏見に、花の少ない時期に咲く山茶花を取り合わせた隠れ名句で、元禄疎句体に通底する作風といえましょう。


でラストの一句は、辞世「浮世の月見過しにけり末二年」かと思いきや、
 
  茶をはこぶ人形の車はたらきて

「なんや、そなたが本編で扱こうてる百韻絵巻の付句やないかい」

はい、付句が単独でアンソロジーに入るのは珍しいことで、私も意表をつかれたんですが、じつはこれ、江戸からくりの人気とともに人口に膾炙してる一句でもありまして、そういえば去年、横浜髙島屋で開催された「からくり人形師・九代玉屋庄兵衛展」でも、茶運び人形コーナーの案内書きに大きく引用されていました。

「江戸からくりが人気なんはよろしいけど、なんでこれが〆の一句なんや。芭蕉はんの〆は辞世『夢は枯野』やないかい。わての辞世かて名句やで」

やっぱ芭蕉翁のページが気になるようですね。

「うぬ惚れやないで。飯島耕一いう詩人さんかて、わての辞世をほめて、芭蕉はんのより上かもしれん、そない言うとったはずや」※

どうしても蕉翁を意識しちゃうんですね。

※『江戸俳諧にしひがし』みすず書房(2002年)

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