ホトトギス雑詠選抄〔29〕
夏の部(七月)滝・上
猫髭 (文・写真)
滝の上人あらはれて去りにけり 原城 昭和2年
滝の上(うへ)に水現はれて落ちにけり 後藤夜半 昭和4年
夜半の句が余りにも有名なので、その2年前に詠まれた原城(筑後の俳人とのみで詳細不明。島原の乱の原城に因んで「はらじょう」という俳号か)の句が夜半の句のパロディのように見えてしまう。虚子編『新歳時記』の例句にも夜半の句が7句目に引かれているのに、原城の句は33句目に出て来るので、『ホトトギス雑詠選集』を読んでいない読者には、例句は年代順に普通は沿うと思うから、原城の句が夜半の句を踏まえて水の代わりに人を出した面白さで虚子は採ったのかと思ってしまうだろう。
実はわたくしも『新歳時記』を先に読んでいたので、パロるなら「滝の上人あらはれて落ちにけり」だな、などと馬鹿なことを考えた。わたくしの郷里茨城県には人気NO.1の袋田の滝があるし、遠足には隣県の栃木県の華厳の滝に行く習いだったから、特に華厳の滝は藤村操の「巖頭之感」という哲学的な遺書で有名な自殺の名所なので、関係妄想症のように、「瀧をのぞく背をはなれゐる命かな 原石鼎」「飛込の途中たましひ遅れけり 中原道夫」「たましひに遅れていのち泳ぎけり 角川春樹」などと、滝壺で泳げて良かったというところまで妄想してしまう。
夜半の句は「ホトトギス」初出の表記を挙げたが、これだけ有名な句なのに、表記に異同があり、訓みにも異同がある。『新歳時記』の表記は、
瀧の上に水現れて落ちにけり
である。また、同時に「雑詠選」に採られた、
滝水の遅るゝごとく落つるあり
も、『新歳時記』の表記は、
瀧水のおくるゝ如く落つるあり
である。「滝」も「瀧」も古くからあった字なので、どちらでもいいようなものだが、垂直に一本ずどんと落ちるのは「滝」で、横に広がる瀑布的な感じが「瀧」のように個人的には勝手なイメージがある。比較的に小さなのが「滝」で日本三名瀑のように大きなのが「瀧」というイメージを持っている人もいるが、ナイアガラやイグアスの規模になると、「瀑布」としか言いようが無いとも思う。
また、「滝の上に」の訓みは、定型に収めて「滝の上(へ)に」と訓むか「滝の上(うへ)に」と字余りで訓むか、意見が分かれるが、「滝の上(うへ)に」と訓むのが正しいようである。字余りの方が水が満々と盛り上がる様が見えるとわたくしは思っていたが、夜半が原城の句を知らなかったはずはない。夜半が原城に敬意を表して、同じく「滝の上(うへ)」と訓んだという気もする。
(つづく)
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