2013年10月4日金曜日

●金曜日の川柳〔前田雀郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






涙とは冷たきものよ耳へ落つ

前田雀郎 (まえだ・じゃくろう) 1897~1960

男とは涙を見せないものである。その男が泣いている。涙が耳に落ちるのだから、立っていたり、座っていたりのときではなく、あおむけに寝ているときであろう。仰臥して、天井を見つめながら、男(たぶん作者)が泣いている。涙の冷たさがひしひしと身にしみる。

思えば思うほど、思い出せば思い出すほど、忘れようすればするほど、涙が落ちてくる。自分の力ではどうすることもできない、悲しみ中にいる。自分の目から流した涙は自分の耳に落ちる。自分で拭うしかない。生きていくことの辛苦、悲哀を感じる。

前田雀郎は川柳六大家の一人。昭和11年「せんりう」創刊、主宰。〈音もなく花火のあがる他所の町〉〈一生を一間足りない家に住み〉〈子の手紙前田雀郎様とあり〉

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