2016年1月13日水曜日

●水曜日の一句〔豊里友行〕関悦史


関悦史









増税ばかりの鰐の目だけが浮く  豊里友行


俳句では使いにくい「増税」という言葉を受けるのは「鰐の目」。この「鰐の目」、庶民の立場からの憤懣をあらわしているようにも見えるが、必ずしもそこまで直線的な隠喩ではない。逆に「鰐」の方が権力悪をあらわしていて、「増税」というのはいわば水面に浮いている「目」の部分にしか相当せず、もっと獰猛で凶悪な本体が浮かび上がるのはこれからだと捉えているとも取れる。

あるいは、増税は社会保障のためと言いくるめられ、増税された途端にその目的であったはずの社会保障が削られる、そうした詐術を唯々諾々と見逃す大衆の知性の貧弱さと、それゆえに鬱積する不満が「鰐の目」に託されているのかもしれない。

そうした複数の読み筋が打消しあった後に残るのは、曖昧に多義化された、鬱然と静まりかえったなかの不穏さのみである。語り手が特定の立場から語ってはおらず、状況そのものに溶け込んでいるといえる。

静まった中の不穏さを示すのは「増税」「鰐の目」そのものよりも、むしろ「ばかりの」「だけが」による背後の量感の暗示だろう。増税は一回限りではないし、鰐の目の下にはむろん水に沈んだ本体がある。

視覚的イメージとしては「鰐の目」へのクローズアップが中心になっているが、そのまわりには濁った、今のところは静かな水面がある。意味性の強いこの句の詩的価値を支えているのは、じつのところ、この直接には言及されない水面のイメージなのではないか。


句集『地球の音符』(2015.12 沖縄書房)所収。

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