2017年7月21日金曜日

●金曜日の川柳〔出口とき子〕樋口由紀子



樋口由紀子






あきらめてゆらりと豆腐桶の中

出口とき子 (でぐち・ときこ)

豆腐が桶の中を沈んでいく様子が見えるようだ。豆腐はまっしろで、やわらかく、口当たりもよく、それでいて自分の味がしっかりとある。それにしても豆腐はなぜあのように悟りきったように、落ち着いて沈んでいけるのだろうか。けれども、私(作者)は豆腐のようになれない。「あきらめる」ことも「ゆらりと」することもできないのだとつくづく思う。

わかっていてもなかなかできないことがある。見習いたいけれどなかなかできないことがある。おさまらなければならないのにおちつけない。いつもじたばたあくせくしてしまう。自分自身に向かって言い聞かせているのだろう。〈夫がある子もあるモデルガンもある〉〈この街に馴れて口紅買いにゆく〉〈終日をテレビの前の卑怯者〉 『合同句集 鷗たち』(1988年刊 編集工房円)所収。

2017年7月19日水曜日

●水曜日の一句〔横沢哲彦〕関悦史


関悦史









クリスマスカクタス次女はフリーター  横沢哲彦


「クリスマスカクタス」は「蝦蛄葉仙人掌(しゃこばさぼてん)」と物としては同じらしい冬の季語だが、単語としての印象はかなり違う。

一方「フリーター」という語も喧伝され始めた当初と今とではその含意がかなり違っている。「フリーター」の語が、拘束されない自由な新しい生き方という肯定的な意味合いで使われた時代もあったが、今は不安定な身分というややマイナスの意味に取る方が一般的だろう。次女がフリーターとなれば、親としては先行きが心配かもしれない。

ところが句の雰囲気は妙に明るい。しばしば俳句に不向きともいわれるカタカナ言葉同士が一句のなかでからみあうことで「フリーター」が詩的に昇華されているからである。「蝦蛄葉仙人掌」が硬く軽快な響きの「クリスマスカクタス」にならなければならなかった理由がここにある。「次女」によって若い女性のイメージを帯びた「フリーター」の語までが「クリスマスカクタス」と同様に、何やら明快で華やかなものに変わってしまうのだ。

もう一つのポイントは「は」によって、句の語り手がモチーフ「次女」から一度距離を取ってしまっていることである。これは使いようによっては、見得を切って名乗りをあげているような馬鹿馬鹿しさや、あるいは高みの見物じみた鈍感なもっともらしさにも通じてしまうのだが、この句においてはそれが「次女」と「クリスマスカクタス」の相関が想起させる愛情のようなものによって相殺されている。

そこが、親がどうにか出来ることでもないと思いつつ、温かく見守っているという心理的距離や心情を窺わせる。そしてその心情が当然まとうべきべたつきを、カタカナ言葉のからみあいが灰汁抜きしているのである。

結果としては、フリーターである次女がその辺のサボテンと同列に扱われて軽んじられているようにも見えるのだが、そこが無神経さや適当な無関心といった家族間の微細な行き違いを漂わせつつも、フリーターである次女を句中において花へと変容させることにもなっている。


句集『五郎助』(2017.6 邑書林)所収。

2017年7月18日火曜日

〔ためしがき〕 生駒大祐「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」についてのノート 福田若之

〔ためしがき〕
生駒大祐「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」についてのノート

福田若之


ウェブサイト「poecri」で、生駒大祐「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」(以下、「ver.0.0.1」と略記する)が配布されている。

まず確認しておきたいのだが、配布スペースの説明に「正式版」が後日発表されることが示唆されているとしても、この文章は無限に書き改められることを前提としているように思われる。 「ver.0.0.1」の、このヴァージョンの記載は、まさしくそうした前提をあからさまにするものとして読まれる(仮にver.1.0.0が「正式版」と呼ばれることになるとしても、その後、ver.1.0.1以降が書かれる可能性はつねに残るだろう)。そうでなければ、なぜ、「ver.0.0.1」などというあからさまに未完成の段階でこれを公開しなければならないことがあろう。実際、3章はまだ各節の見出ししか書かれていない。それさえ、あるとき書き換えられてしまうかもしれない。4章以降に至っては、その計画があるのかどうかさえわからない。この状態で、いったい何を読めばよいというのか。

問いかけてはみたものの、その答えははっきりしている。「ver.0.0.1」を読めばよいのだ。だから、読もう。「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」においては、次の三原理によって、俳句が定義される。
俳句は言語によって表現される(言語原理)
俳句は過去のある俳句に対する継承性を有する(継承原理)
俳句はある表現対象に対して最適な形で構成される(最小作用原理)
ひとまず、俳句を定義することそれ自体の妥当性は抜きにしておこう。書き手は、これ以降、あくまでもこの定義において俳句を語るだろうし、その限りにおいて、たとえば、表題の「例句」なり「一句」なりという語は、おそらくそうした俳句の定義の範囲内での「例句」か「一句」にすぎないことになるだろう。その議論にひとまずは乗ってみよう。「ver.0.0.1」を信じてみよう。すると、ただちにいくつかの疑問が生じるのだが、ここではとりわけ「ver.0.0.1」に次のとおり書かれている問いに着目したい。
継承原理は多くの言語表現の中から俳句を峻別する際に非常に有効な原理であるが、ある本質的な矛盾を内包する。すなわち「帰納的に考えた時に、最初の俳句は如何なる定義でどのように生まれたのか」という疑問(矛盾)である。
この問いに対する「ver.0.0.1」の答えは、次のとおりである。
結論から言えば俳句の場合は幸運にもこの矛盾を回避できる。俳句は初期値が比較的明らかな文芸であり、正岡子規が俳諧から発句を独立させて俳句と名付けたという時点を持って俳句の初期値を与えることは可能である。もっと言えば、俳句は自然発生的に形成された文芸ではなく、ある時点に意志を持って作られた文芸であるという点が特徴的な部分であり、本論の基盤をなしている事実認識である。
到底、にわかに納得できるものではない。子規が俳諧から発句を独立させた時点をもって俳句の初期値とすることの歴史的な妥当性を問うまでもない。「最初の俳句」が子規その人のものであったのかどうかは、ここでは本質的な問題ではない。重要なのは、ただ一点である。すなわち、仮に「最初の俳句」が「意志を持って作られた」ものであるとして、そのほとんど神的な創造者を「正岡子規」と呼ぶことにした場合、その「正岡子規」が最初に俳句と名付けたその俳句は、本論における俳句の定義に合致するものなのか、という点だ。つまり、「正岡子規」が俳句と呼んだものに対する継承性を有することは、ほんとうに、本論における俳句という語の定義にもとづいて、「過去のある俳句に対する継承性を有する」ことになるのか、という点である。

僕の考えでは、そうはならない。なぜなら、この「最初の俳句」なるものがもしあるとするならば、それが実際に子規によるものであったにせよそうではなかったにせよ、それは明らかに継承原理を満たしていないからである。「最初の俳句」は最初の俳句ではないということになる。これでは、矛盾がまったく解消されていないのだ。

もっとも、このことについては、解決策がいくらかありうる。以下に、その四つを示す。

第一の解決策は、継承原理を撤回することである。つまり、背理法的に、継承原理の矛盾をもって、この原理それ自体が誤りであるというように思考を修正して展開していく向きがある(思うに、もっともつまらない解決策だ)。

第二の解決策は、「最初の俳句」なるものの仮定を撤回して、俳句の起源を問うことをあきらめることである。俳句にははじまりなどない、それはつねにすでにはじまっていたのだ、と考えるということだ。この場合、究極的には、宇宙の誕生自体が俳句でなければならないことになるだろう。つまり、宇宙の誕生は何らかの言語による表現であって(「ver.0.0.1」によれば、「言語とはある体系的な伝達媒体の中で、再現性を持つものを指す」)、過去の数かぎりない他の宇宙の誕生に対する継承性を持ち、しかも、最少の手数で引き起こされるのだと、信じることが必要になるだろう(ひとつの信仰として、悪くない)。

第三の解決策は、やはり「最初の俳句」なるものの仮定を撤回して、俳句なるものはつねにすでに来たるべきものにとどまる、と考えることである。つまり、このような定義における俳句はいままで一度も書かれたことなどなく、したがって、継承原理を満たす可能性が閉ざされている以上、今後も俳句が現に書かれることはないだろう、と考えるということだ。これは、たとえば、高柳重信の考えとも一脈通じるところがあるように思う。1976年2月の『国文学』を初出とする「俳句形式における前衛と正統」において、重信は、「たしかに子規の予言によれば、新しい俳句形式の運命は明治を過ぎること幾許もなく尽きるであろうとされていたが、いまや俳句は、その長からぬ寿命が尽きかかっているのかもしれない」とした直後、段落を変えて、次のとおり続けている。
だが、そうだとすれば、この作品の存在に先んじて命名されたに等しい俳句形式は、いったい俳句そのものに本当にめぐりあったことがあるのであろうか。もしかすると、遂に一句の俳句作品に出会うこともなく、 その終りを迎えてしまったのではないかと、なぜか、ふと思われてくるのである。その場合、俳句形式の運命は、まず発句もどきに始まり、多くの俳句もどきを残しながら終ったことになるであろう。それは如何にも空しい軌跡のように思われるが、もともと俳句形式は、そういう絶望的な不毛さを運命づけられていたと考えるならば、むしろ当然の帰結であったろう。
(高柳重信「俳句形式における前衛と正統」、太字は原文では傍点)
重信のこうした直観的な記述を、「ver.0.0.1」の記述に照らし合わせながら、書かれるテクストが「継承原理」を満たすことが原理上ありえないがゆえに、ひとは俳句そのものには決してめぐりあえないのだという論理に読み変えていくことは可能かもしれない。重信は、前述の文章のなかで、「ver.0.0.1」と同じく子規を新しい詩型としての俳句の提唱者としたうえで、「だから、厳密に言えば、このとき、いまだ俳句は一句も存在せず、いわば既知なる発句に取り囲まれた状況の中で、俳句にかかわる諸問題が論じられつつあったのである」と述べていた。つまり、「ver.0.0.1」の記述をこの第三の解決策を講じて書き換えた場合、それは重信の提示した俳句史観とすくなくとも見かけ上は驚くほど合致するものとなることが予想されるのである。

第四の解決策は(おそらくこれが「ver.0.0.1」が暗黙に前提としていることなのだろうが)、俳句の定義自体にあらかじめ他なるものの可能性へと開かれたかけがえのなさを導入することである。つまり、この俳句の定義はそもそも一般的に適用できるものではないということを認めることである。それによって、継承原理を撤回することも、「最初の俳句」なるものの仮定を撤回することもなしに、なおかつ子規のいう俳句と「ver.0.0.1」のいう俳句との齟齬を是認しながら、俳句なるものの実在を認めることができるようになる。ただし、この場合、俳句の定義は他者にとってはまったく別のものである可能性を、受け入れなければならない。それは、たとえば、明日には俳句の定義がまったくの別物になっているかもしれないという可能性を、つねに認めつづけることにも通じている(もしかすると、それゆえの「ver.0.0.1」なのだろうか。先に書いておいたとおり、「この文章は無限に書き改められることを前提としているように思われる」)。そして、この場合には、一見科学的な客観性を担保するかのようなエクリチュールさえもが、一般的なものとしての俳句の定義(そんなものがもしありうるとすればだが)を確認するための記述としてではなく、俳句が「私にとって」いかなる価値をもっているのかを示すための(あるいは、結果としてそれを示してしまわずにはいない)パフォーマンスとして理解されることになるだろう。つまり、生駒大祐にとっての俳句の価値は、すくなくとも彼自身にとっては、表面上は「私」を排した科学的なエクリチュールによって表現されなければならない何かなのだ、と。

僕が思いつかないだけで、ほかにもこの矛盾を解消する方法があるのかもしれないが、いずれにせよ、僕にとっては、第四の読みがもっともこのテクストを豊かなものにするように感じられる。この後、生駒大祐の思考はどのように展開していくのだろう。僕の関心は、彼の提示する俳句の定義それ自体よりも、むしろ彼の思考の展開へと向けられている。

2017/7/16

2017年7月17日月曜日

●月曜日の一句〔逆井花鏡〕相子智恵



相子智恵






揚巻も浴衣で通る楽屋かな  逆井花鏡

句集『万華鏡』(雙峰書房 2017.06)

歌舞伎の芝居小屋の楽屋。『助六縁江戸桜』に出てくる花魁、三浦屋揚巻役の役者が浴衣で過ごしている。他ではあまり見たことのない、面白い浴衣の風景だ。

歌舞伎役者は夏に限らず、楽屋では浴衣で過ごすようにも思うので季感は薄いものの、見るからに重くて暑苦しそうな花魁の衣裳を脱ぎ、浴衣ですっすっと身軽に通り過ぎる姿はいかにも涼しげである。

「揚巻なのに浴衣である」という落差によって生まれるやや俗っぽい諧謔も、人事句ならではの味わいを強めている。

古格のある人事句、といった風情の一句だ。

2017年7月14日金曜日

●金曜日の川柳〔中村冨二〕樋口由紀子



樋口由紀子






みんな去って 全身に降る味の素

中村冨二 (なかむら・とみじ) 1912~1980

ほんの一昔前、どこの家庭の食卓に卓上醤油の横に赤いキャップの味の素があった。いままで食卓を囲んでいた人たちがみんな帰ってしまい、寂しくて、手持無沙汰になって、目の前にある味の素を降ってみたという意味だろうか。でも、「全身に降る」は誇張であっても、いまひとつぴんとこない。

「みんな去って」は多くの人とわかりあえないものがあるという意味ではないだろう。仲間のいないことはこらえきれなくなるほど痛く、ひしひしと孤独が感じる。しかし、だからこそ、冨二はおどけてみせる。泣いたり、しおらしくしたり、怒ったりするのは彼の美意識が許さない。ふざけて、途方もないことを敢行する。魔法の顆粒の味の素をきらきらと全身に降りかけながら、より一層孤を味わったのだろう。『中村冨二千句集』(2001年刊)所収。