2016年12月5日月曜日

●月曜日の一句〔杉山文子〕相子智恵



相子智恵






運命と片付けられてちやんちやんこ  杉山文子

句集『百年のキリム』(2016.10 金雀枝舎)より

〈運命〉という言葉はずいぶん重いように見えながら、とても都合の良い「思考停止ワード」なのだということに、掲句を読んで気づいた。

運命と片付けられてしまった人は、何か重い話をしたのだろう。〈片付けられて〉という言葉に表れている怒りや諦めは、それを打ち明けるのにとても勇気がいったのだという心情も見せてくれる。
その話を聞いた相手は「仕方ないね、それが運命だったんだよ」と励ましたのだろう。きっと、相手もそうとしか励ましようがない話だったのだ。そういう話、たしかにある。

受け止めきれない大きなことを「運命」という言葉でパッケージして受け流すのは生きていく知恵だろうし、思考を停止しないと生きていけない場面はある。

「ちゃんちゃんこ」という、庶民的な生活を感じさせるアイテムによって、それは誰にでも起こることなのだということが伝わる。この句に見られる「打ち明けた本人と聞いた相手の温度差」というのもよく起こることだ。よくあることだが、俳句にされたことで顕在化したのだ。

〈励まして寂しくなりぬつくしんぼ〉という句もあった。これも他者との関係の中にある温度差をうまく伝えている。

2016年12月4日日曜日

【週俳500号余韻余滴:私の自薦記事】ぼさっとしていたら四年も経っていたよ千鳥君 関悦史

【週俳500号余韻余滴:私の自薦記事】
ぼさっとしていたら四年も経っていたよ千鳥君

関悦史


さて、週俳500号を迎えての「私の自薦記事」でありますが。

今わざわざ読み返してみようかなと思うのはこれでした。

藤後左右の初期作品以外の句をほとんど知らないので全句集を勉強会に持ち込んで読んでみた
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/08/blog-post_5.html

どうでもよさにおいて一番というか。

全句集の実況中継みたいなことをやっている。

最近、自分の評論集を作るのに過去の原稿を絞り込まねばならず、ちょっとまとめて見返したのですが、これなどもう本には絶対入らない。雑誌であっても、活字媒体だったらこんなダラダラ長い書き方はできない。ネットならでは。

評論集には入れられないけど、句集を読むのが楽しそうではある。

このところ新しく出る句集を、片端から時間に追われつつ通読するというようなことになっているので、今こんな書き方はちょっとできない。

『藤後左右全句集』を通読したのは、本文にもあるとおり、某所で行われた若手勉強会のためでしたが、場所が都内の西の方で、うちからだとけっこう遠かったもので、だんだん出席率が悪くなり、そのせいでクビになったのか、いつの間にか連絡も来なくなってしまった。

もっとも当時一緒に出ていた人たちは、今それぞれ子育て中だったりして忙しそうで、勉強会自体は同じ場所で、20代の人たちが代わって続けている。

何の変化もないようだが、四年前というのもけっこう前で、四年間経ってしまっているののだよ千鳥君。



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2016年12月3日土曜日

★週俳の記事募集

週俳の記事募集


小誌「週刊俳句は、読者諸氏のご執筆・ご寄稿によって成り立っています。

長短ご随意、硬軟ご随意。

お問い合わせ・寄稿はこちらまで。


※俳句作品以外をご寄稿ください(投句は受け付けておりません)。

【記事例】

句集を読む ≫過去記事

最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

句集全体についてではなく一句に焦点をあてて書いていただく「句集『××××』の一句」でも。

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌、同人誌……。必ずしも網羅的に内容を紹介していただく必要はありません。ポイントを絞っての記事も。


そのほか、どんな企画も、打診いただければ幸いです。


紙媒体からの転載も歓迎です。

※掲載日(転載日)は、目安として、初出誌発刊から3か月以上経過。

2016年12月2日金曜日

●金曜日の川柳〔星井五郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






湯たんぽの位置がなかなか決まらない

星井五郎

急に寒くなった。自身の自家発電力がめっきり弱くなってきたので、生活にどんどん暖房モノを投入していかなくてはならない。暖房モノを見繕いに店頭にいくと「湯たんぽ」の品数の多さに驚かされる。オシャレ度も増し、カラフルでひと昔前に一般的だった表面が波型に加工された金属性のものとはまるで別物の様相である。掲句の「湯たんぽ」はひと昔前の温度調節のしにくい、軽量ではないもののような気がする。

「湯たんぽの位置」なんて、すぐに決まるでしょう、他にもっと決まらないことがあるでしょう。よりにもよって「湯たんぽの位置」なんかで悩むのか、とつい言いたくなる。それなのに「なかなか決まらない」といけしゃあしゃあ言われると、眠ることは大事だから、「湯たんぽの位置」は大切なことなのかもしれないと思い直したりする。「触光」(46号 2016年刊)収録。

2016年12月1日木曜日

【週俳500号余韻余滴:私の自薦記事】今年もあちらこちらで 近恵

【週俳500号余韻余滴:私の自薦記事】
今年もあちらこちらで

近 恵


私の俳句の歴史は週刊俳句準備号より2ヶ月ほど早い2007年2月から始まった。だから週刊俳句が何周年とか言ってくれると「ああ、私も何年目に突入したのね」と解りやすくてよろしい。

ま、そんな事とは全く関係ない自選記事。

初めての文章は2008年3月の第45号で「2月の週俳を読む」を書いている。俳句を始めてほぼ1年しかやっていない、どこの馬の骨かわからないような私によくぞ振ってくれましたという感じだが、週刊俳句も最初の頃は近場の人を頼って書き手を募っていたわけで、まあこれはラッキーなデビューだというべきか。

そもそも論文は読んだことも書いたこともなく、鑑賞ならまだなんとかなるけれど、俳句の知識も乏しいので批評もできない。かと言って何かほかに精通していることもない。けれども俗なことなら書けそう。総合俳句誌は真面目な記事ばっかりで、せいぜい年賀状に添えたい一句なんて特集くらいしかなかったから、ここは思い切って週刊誌的な見出しで書いてみようと思ったのである。それが2008年12月21日第87号の記事「クリスマスは俳句でキメる!」だった。

http://weekly-haiku.blogspot.jp/2008/12/blog-post_21.html

この記事を書くにあたり、句会でも協力をしていただいた。そこには現在若手俳人の中核として活躍中の週俳スタッフ、当時はまだ大学生で紅顔の美少年のようだった生駒大祐さんや今年句集『天使の涎』で田中裕明賞を受賞した北大路翼さん、第3回芝不器男俳句新人賞にて対馬康子奨励賞受賞を受賞した中村安伸さん、また翌年2009年12月に邑書林から発行された『新撰21』には北大路翼さん、中村安伸さん、谷雄介さんが入集されるなど、その後活躍を見せることとなる結構な顔ぶれが集ってくれていた。そしてアップされた記事は「業界初・袋綴じ」という、週刊俳句でも後にも先にもない異例の処置がなされた記事となった。

で、今年もあちらこちらでクリスマスイルミネーションの輝く季節がやってきたのです。
最近はテレビ番組を見て俳句を始める若い人も増えてきたらしいし、ちょうど良いタイミングではないかと思いこの記事を引っ張り出してきたという次第。

最期に余談だが、当時この記事を読んで実際に彼女に試してみたという強者がいた。目的を果たせたかという点から言えば結果は玉砕だったらしい(要するに他のスキルが足りていなかったということか)が、現在はその彼女と結婚して一児の父である。よかったよかった。



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