2017年10月20日金曜日

●金曜日の川柳〔高橋蘭 〕樋口由紀子



樋口由紀子






十年先の花簪も面白い

高橋蘭 (たかはし・らん) 1934~

「花簪」、キク科の一年草にそんな名前のかわいい花がある。よくドライフラワーにする。しかし、この「花簪」は髪飾りだと思う。小さな布を花の形につまんで作るかんざしである。舞妓さんの簪や七五三の髪飾りに使われている。

「面白い」はいろいろと含みのある言葉である。十年先が見ものであると面白がっている。変色したり、形が崩れたり、見るに堪えないものになっているのか、あるいは十年先も同じ美しさを保っているのか。扱われ方が一変しているかもしれない。

「花簪も」だから、私も歳はとるが面白いぞと言っている。あるいは「花簪」はあっても、私はもう存在していないかもしれない。さて、どうなっているのか。図太い川柳である。〈棒読みの台詞も十月十日まで〉〈どうだっていいけど息をしてしまう〉〈ぶち切った鎖に生える月夜茸〉 「ふらすこてん」(2017年刊)収録。

2017年10月17日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉11 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉11

福田若之


歴史を紐解いてみれば、自作についてほとんど何も語らずに済ませた書き手にも、自作について多くを語った書き手にも、優れた書き手はたくさんいる。たんに、多くのひとがそのどちらか一方にしか共鳴しえないというだけだ。『新生』におけるダンテの饒舌ぶりを思えば、俳句の書き手たちはまだあまりにも自作について語ることを知らない。

  ●

生きることの目的などと、ひとはたやすく言ってみせる。けれど、生きることに目的があってたまるか。生きることをその目的から考えることは、その目的の達成された具合に応じて生の価値を測ろうとすることにそのまま通じている。それは生を優劣で考えることにほかならない。生きることに目的を与えようとするあの道徳こそが、生についてのおよそ堪えがたい考えの温床となる。生きることに価値などない。どう生きようが価値だけはありえない。この価値のなさにおいてこそ、生は絶対的に肯定されるはずだ。僕は、書くことをこの次元において考える生きものでありたい。これは目的でも価値でもないが、とにかくそのような価値のなさを、思う存分に生きてみたいと思う。

  ●

書かなければ伝わらないかもしれないから、書こう。僕が裏庭で限界だったのは、たしか十歳か十一歳ごろのことだったと思うのだが、いずれにせよ大きいほうだ。尻を拭いたポケットティッシュと一緒に、園芸用のスコップで埋めた。噛まれ、こなされ、数種類の消化液と混ざり合った、じつに健康的な体温を感じさせる、たぶん給食の献立か何かだったのだろう。しばらく前、いまあそこに住んでいるひとの家を見に行ったときには、かつて裏庭だった場所はコンクリートで塗り固められてしまっていたけれど、あの窒息した土のなかには、おそらく、そのあとかたが何らかのかたちでいまだに残っているはずだ。おそらくは、僕が飼い殺した昆虫たちの死骸やなにやらとともに、土のなかの微生物たちによって、気の遠くなるほど分解されて。あの裏庭では、毎年、時期になると、決まっておいしい茗荷が採れたものだったのだけれど。

2017/10/11

2017年10月16日月曜日

●月曜日の一句〔日高玲〕相子智恵



相子智恵






馬肥ゆる大津絵の鬼どんぐり目  日高 玲

句集『短篇集』(ふらんす堂 2017.09)所収

大津絵は、江戸時代初期に東海道の宿場町である近江の大津で始まった素朴な民画。元は仏画であったが、後には世俗的な絵も描かれ、旅人のお土産となった。有名な画題としては、仏や鬼(鬼の寒念仏)、藤娘など。藤娘はのちに歌舞伎の舞踊などにも取り入れられていく。

掲句、大津絵の鬼は確かにクリクリしたどんぐりまなこで可愛らしい。3頭身ほどに描かれていて、まったく恐ろしくない。むしろ今のゆるキャラのような雰囲気だ。そこに〈馬肥ゆ〉という、澄んだ秋空の下で馬が豊かに肥えてゆく様子を取り合わせることで、馬を使って往来していた江戸時代の東海道の世界に自然に引き込まれる。季語によって俳味に厚みが出ている。

憂鬱な雨の月曜日にこの句を読むと、どんぐりまなこの鬼と一緒に、秋空のもとでボーっと往来する肥えた馬を眺めていたくなってくる。

2017年10月15日日曜日

★週俳の記事募集

週俳の記事募集


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2017年10月14日土曜日

●本日はトニー谷生誕100周年かつ正岡子規生誕150周年

本日はトニー谷生誕100周年かつ正岡子規生誕150周年

トニー谷 1917年(大正6年)10月14日 - 1987年(昭和62年)7月16日

正岡子規 1867年10月14日(慶応3年9月17日) - 1902年(明治35年)9月19日








≫『子規に学ぶ俳句365日』文庫化記念リンク集
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2017/10/365.html

2017年10月13日金曜日

●金曜日の川柳〔高橋かづき〕樋口由紀子



樋口由紀子






旅をするハンサムな雲ひき連れて

高橋かづき(たかはし・かづき)

秋祭りのシーズンである。あちこちから太鼓や笛が聞こえてくる。その音色が秋空に向かって高く高く響き渡る。秋空の中にただよう雲。空に負けないくらいに澄んでいて、しなやかできりりとしていて形状も美しい。「ハンサムは雲」、いままでとそういう見方をしたことがなかった。あの鷹揚ぶりはまさしく美男子ならではのものである。「ハンサムな雲」とはなんと深くて優しい言葉だろうか。

日々生きていくにはたいへんなことも嫌なこともある。しかし、誰にも公平な雲がある。余計なことは言わず、黙って私を見ていてくれている。「ハンサムな雲」をひき連れている人生なのだから、日々の多少の不満は遣り過していかなくてはならないと思う。空気も爽やかで美味しい。〈自転車にはじめて乗れた日のように〉〈夕暮れのうしろ姿を手摑みに〉 川柳「杜人」(2017年秋号)収録。

2017年10月12日木曜日

●うどん

うどん


汗女房饂飩地獄といひつべし  小澤實

子規の忌の饂飩が繋ぐ皿と喉  黒岩徳将〔*〕

草の穂を重しと思いうどん屋へ  四ツ谷龍

空爆や鍋焼うどんに太い葱  下村まさる


〔*〕佐藤文香編著『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(2017年8月31日/左右社)

2017年10月10日火曜日

〔ためしがき〕 エックス山メモランダム10 福田若之

〔ためしがき〕
エックス山メモランダム10

福田若之 


鍵忘れて裏庭で限界だったの

転校する子に寄せ書きもうあうことはないだろうけどげんきでね。

土と水になって帰って来たんだから誉めてよ

遊戯室はトランポリンときどき顔面に球が当たる

2017/10/4

2017年10月9日月曜日

●牛乳

牛乳

梅雨日曜牛乳ほどのあかるさに  阪西敦子〔*〕

蛍死んで牛乳びんとなりにけり  五島高資

大脳やミルクの湯気の立ち込めり  松本恭子

愛撫のやうに牛乳流す朝の駅  攝津幸彦


〔*〕佐藤文香編著『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(2017年8月31日/左右社)

2017年10月7日土曜日

【裏・真説温泉あんま芸者】句集レビューのありがたみ 『ににん』第68号の川村研治句集『ぴあにしも』特集 西原天気

【裏・真説温泉あんま芸者】
句集レビューのありがたみ
『ににん』第68号の川村研治句集『ぴあにしも』特集

西原天気


句集レビューは、読んでいない/おそらく読まない句集の場合も、有益。書き手がどう評しているかもあるんだけれど、引いてある句を読める/知るという点が便利なのです(間接じゃなくて直接読め、という声も聞こえてきそうですが、出る句集ぜんぶを読めるわけがないし、数を追うと、死にます。人生は短い)。

例えば『ににん』第68号(2017年10月1日)には、川村研治句集『ぴあにしも』(2017年6月1日/現代俳句協会)を特集。

海原に雨しみてゆくくらげかな  川村研治

冬支度せねば駱駝の瘤ふたつ  同

ひとつの場面・モチーフにとどまって質感を定着させる前者、いわゆる二物併置で意味を逃れる後者、対照的な二句をメモできた。

句集から、あるいは俳句から、そんなに欲張りに多くのものを得たいと思わなければ、気持ちよさ・愉しみを、日常的にカジュアルに受け取ることができる。

ってことは、あまり肩肘張らずに気軽に句集をレビューしろよ、それはきっと誰かのためになるよ、ということなのでしょう。


ほら、これ読んでる人、書けよ、もとい、書いてください(≫週俳の記事募集)。私も書こうと思います。

2017年10月6日金曜日

●金曜日の川柳〔きゅういち〕樋口由紀子



樋口由紀子






輪を叩きつけて天使は出ていった

きゅういち(1959~)

こんな天使は見たことはない。いや、どんな天使も見たことはないのだが、私の想像する天使は輪を叩きつけることなんて決してしない。天使に勝手なイメージを作り上げていたことに気づかされる。言われてみれば、天使だって怒ることはある。いつもいつも平和で穏やかでいられるわけがない。天使なんてやってられないと輪を叩きつけて出ていくのだから、よほどのことで、激昂で、抵抗だろう。違和の感情を持ち、このような行動をとる天使の存在に親近感をもつ。

一般的な天使のイメージをとっぱらって、自ら感じ取った世界を切り取った。威勢のいい言い放ちはユーモアのエッセンスを撒き散らして、天使の行動を一方的に立ち現せた。天使を瞬時に自分のなかにあるものに置き換えているようにも思う。怒るのも、怒っているのを見るのも生きている実感の一つである。不条理の感覚を視覚化している。『ほぼむほん』(川柳カード叢書① 2014年刊)所収。

2017年10月5日木曜日

●酒場

酒場

バーを出て霧の底なるわが影よ  草間時彦

銀河系のとある酒場のヒヤシンス  橋閒石

もの枯れて酒場に地獄耳揃ふ  小檜山繁子

雪降るとラジオが告げている酒場  清水哲男

打水の向ひのバーに及びけり  鈴木真砂女

2017年10月3日火曜日

〔ためしがき〕 雑感 福田若之

〔ためしがき〕
雑感

福田若之 


ことばにして伝わるかは分からないけれど、なんというか、血圧を感じさせる句が書きたい。それも、最近は、どちらかというと、わりと血圧低めのときの感じの句が、書きたい。



このごろ痛感しているのは、僕が、生きているひとたちのことを知らなすぎるということだ。みんなどこで生きているひとたちのことを学んでいるのだろう。



俳句のほかでは自己PRしないことに対する圧を感じてて、俳句では自己PRすることに対する圧を感じてる。けれど、そんなに器用ではないから、どちらかの圧には鈍感に生きていくしかない。いずれにせよ、真空では生きていけないのだから。

2017/10/2

2017年10月2日月曜日

●月曜日の一句〔九条道子〕相子智恵



相子智恵






天高し校歌五番を歌ひ切る  九条道子

句集『薔薇とミシン』(雙峰書房 2017.09)所収

そういえば私の学校の校歌も4番まであった。校歌が長い学校はわりと多いのだろうか。掲句は5番までだから、相当長くて全部覚えるのは大変だろう。それでも歌い切るところに、学校ならではの時間軸を感じる。省略して効率化したりはしないのだ。〈天高し〉が、歌い切った満足感と呼応して爽やかだ。

全部は覚えていなくても出だしは覚えていたりする。校歌というのは案外、大人になっても記憶に残っているものだな、と掲句を読んで思った。

2017年9月30日土曜日

【新刊】週刊俳句編『子規に学ぶ俳句365日』文庫化

【新刊】
週刊俳句編『子規に学ぶ俳句365日』文庫化

執筆:相子智恵 上田信治 江渡華子 神野紗希 関悦史 髙柳克弘 野口る理 村田篠 山田耕司 週刊俳句編集部

2017年9月29日金曜日

●金曜日の川柳〔月波与生〕樋口由紀子



樋口由紀子






ふたしかな記憶で描いた王の鼻

月波与生 (つきなみ・よじょう)

何のために「王の鼻」を描いたのだろうか。「王の顔」ならまだしもわかるような気もするが、「鼻」である。なぜ鼻だけを描く必要があったのか。誰かに頼まれたのか。思い出しながら、なんとか描きあげたようだ。どんな鼻を描いたのかと次の疑問が湧いてきた。鼻なんて、そんなに大差はない。で、いろいろな鼻を思い浮かべた。思い浮かべながら、なぜそんなことを想像しているのだろうと思った。

〈捺印をふたつ残して歯の予約〉〈快速でいけば砂糖が二個余り〉〈ベンチにも死ぬ順番があり「へ」の5番〉。不可解であいまいで奇妙な川柳であるが、日常生活のおける実感や手触りに根差したもののような気がする。本意でなくても、理由がわかなくても、「私」に課せられることが「社会」にある。「社会」と「私」の関係はわからないことだらけである。「ふらすこてん」(第53号 2017年刊)収録。

2017年9月28日木曜日

【新刊】robin d. gill 古狂歌シーリーズ

【新刊】
robin d. gill 古狂歌シーリーズ



あと1冊、『古狂歌 滑稽の蒸すまで: 鮑の貝も戸ざさぬ国を祝ふ』も刊行済みだそうですが(このもじり「滑稽の蒸すまで」、ナイス)、現在、amazonに見当たらず。行方が判明したら続報します。

(催馬楽天気・記)

↑ギルさんは、こう書いてくるので、今回は西原ではなくこちらで。

2017年9月27日水曜日

【人名さん】要潤

【人名さん】
要潤

Wikipedia


2017年9月26日火曜日

〔ためしがき〕 記憶違い 福田若之

〔ためしがき〕
記憶違い

福田若之 

「しびれることです。感電すること。それと、本っていうのは物体です。」のなかで、ひとつ、記憶違いでしゃべってしまったことがあるのに気づいた。ジョイスのことだ。学部時代には読んでいなかったと言ってしまったけれど、僕は、『ダブリナーズ』を学部の3年の夏に読んでいた。読んでいたのだ。

2017/9/20

2017年9月23日土曜日

★週俳の記事募集

週俳の記事募集


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最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

句集全体についてではなく一句に焦点をあてて書いていただく「句集『××××』の一句」でも。

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌、同人誌……。必ずしも網羅的に内容を紹介していただく必要はありません。ポイントを絞っての記事も。


そのほか、どんな企画も、打診いただければ幸いです。


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※掲載日(転載日)は、目安として、初出誌発刊から3か月以上経過。

2017年9月22日金曜日

●金曜日の川柳〔山本洵一〕樋口由紀子



樋口由紀子






エレベーターをわたしのために呼びつける

山本洵一 (やまもと・じゅんいち)

エレベーターはボタンを押すだけでいつでもすぐに来てくれる。それは当然のことで、あらためて考えることはなかった。わたしのために黙って来てくれて、希望の階まで連れていってくれる、確かに、ほんとにありがたい。「呼びつけているでしょう」と問いかけられているような気がした。

「呼びつける」というあまり好感の持てない言葉が背景を変えるだけでガラリと変容する。あたりまえのことでも見方を変えると物事は異なった相になる。その一方、誤解を与えてしまいやすい言葉のむずかしさ、ややこしさも考えてしまう。先日、メールのやりとりで思い違いがあって気まずくなったことがあった。幸い、わかりあえたが、気をつけなくてはいけないとつくづく思った。

2017年9月21日木曜日

●自殺

自殺

自殺系空間きりんうるむなり  攝津幸彦

蝶むらさき自殺につけられた理屈  福田若之〔*〕

やがてバスは自殺名所の滝へかな  櫂未知子

月になまめき自殺可能のレール走る  林田紀音夫

二つ三つ不審もあれど春の自死  筑紫磐井


〔*〕福田若之『自生地』(東京四季出版/2017年8月31日)

2017年9月20日水曜日

●昨日は子規忌 橋本直

昨日は子規忌

橋本直


明治35年9月19日は「子規忌」(獺祭忌、月明忌などとも)、旧暦でいうと8月18日にあたる。ちょうど自分がいろいろ俳句を選している最中なので、この句について少し。

  三千の俳句を閲し柿二つ 子規(明治30年)

一読してこの「三千」という句の数字が具体的に何をさすのかよくわからない。わからなくてよく詠んであるのだからリアルな根拠はいらないように思う。〈たくさん〉ほどの意だろう。漢籍でよくやる「万」は俳諧以来のアンソロジーの定番「〇〇一万句」を想起させて「月並」でいただけないし、あまり多いと数自慢の匂いもするので、数と音の調子できめたものだろうか。読者に対するある種の自分らしさの演出、自己演技を感じもする。

実証的な話をすれば、二説あって、一つには『新俳句』(明治30年)の句稿説。『新俳句』を編集した直野碧玲瓏宛書簡で、『新俳句』の版の話題のあったあと、最後にこの句が付してあり、当然碧玲瓏はそう考えていた。

もう一つは、子規の「俳句稿」明治30年秋所収のこの句の前書「ある日夜にかけて俳句函の底を叩きて」を根拠とするもの。「俳句函」は子規宛に送られてきた投句を収めた箱のことらしい。虚子や『子規全集』16巻の「解題」(担当:池上浩山人)はこちらをとる。

特に池上は後者の方が「自然」(前掲文中)とまで書いているけれども、そこまで言ってよいものだろうか。実際に詠んだときは後者がきっかけだったのかもしれないが、確かに碧玲瓏宛に書いて送ったのだから、そのときはその意味も込めてあったに違いない。要は、子規が同じ句を使い分けたのであって、どっちが正しいとかいうのはナンセンスであるだろう。

子規は句に数字を使うのがけっこう好きなのだが、この「三千~」で始まる句は他に、

 三千の遊女に砧うたせばや (「寒山落木」第二)
 三千坊はなれ\/の霞哉  (「散々落木」第四)
 三千の兵たてこもる若葉哉 (「寒山落木」第五)

がある。

なお、虚子の追悼句「子規逝くや十七日の月明に」では日付のズレがときどき指摘される。子規は19日に日付が変わった頃に亡くなったとされているから、実質18日深夜になくなった。どうやら虚子は、旧暦8月17日の深夜の月を眺めたという意味でこの句を詠んでいる。たまたま新旧の日が近いせいで虚子が命日を間違ってるみたいなことになってしまったのだろう。その理由ははっきりしないけれども、この時なぜ虚子が旧暦の句にしたかは、その後の俳句史を考えると、興味深いことではある。

2017年9月19日火曜日

〔ためしがき〕 塔 福田若之

〔ためしがき〕


福田若之 

町に高い塔が建つ。浮きあがって見える。縮尺に違和感を覚える。けれど、しばらくすると、すこしずつ、町の視界にその塔があることがあたりまえになってくる。まわりの建物も、更地になり、あたらしく建物がつくられていくなかで、塔の存在を前提としはじめる。いつしか、塔は町にとって欠かせないものになっている。

2017/9/19

2017年9月18日月曜日

●月曜日の一句〔正木ゆう子〕相子智恵



相子智恵






十万年のちを思へばただ月光  正木ゆう子

句集『羽羽』(2016.09.春秋社)

前書きに〈映画「十万年後の安全」〉とある。フィンランドのオルキルト島に建設中の放射性廃棄物処理施設「オンカロ」(22世紀に完成予定)のドキュメンタリー映画。〈十万年〉は、放射性廃棄物の放射能レベルが生物に無害になるまでの時間。その時に人類は存在しているのか分からず、していたとしても今とはずいぶん違った生物になっているだろうから(今から10万年前はホモ・サピエンスの生息地域が拡大した頃らしい、そのくらいの時間だ)この施設の意味は伝わるのか……など、その途方もなさに茫然とする。

あまりに途方もないものを生み出し、その未来を見届けることなく、思うことすら無化してしまうような目の前には、ただ月光が茫然と白く映るのみ。月そのものではなく、光だけなのも象徴的だが、そもそも十万年後に月があるのどうかはわからない。

この月光は、いま目の前の光で、思うのもいまの私で〈ただ月光〉という終わらせ方は、その限界をまるごと差し出している。

2017年9月16日土曜日

【俳誌拝読】『静かな場所』第19号(2017年9月15日)

【俳誌拝読】
『静かな場所』第19号(2017年9月15日)


A5判、本文18頁。発行人:対中いずみ。

招待作品より。

虹の輪に機影かさなる添ひ寝かな  小津夜景

以下同人諸氏作品より。

仏間居間寝間と続きて冬椿  満田春日

短夜の箱振つて出す句集かな  森賀まり

あの本もこの本もある曝書かな  和田悠

トロフィーの見ゆる窓辺や夏燕  対中いずみ


(西原天気・記)

2017年9月15日金曜日

●金曜日の川柳〔山田ゆみ葉〕樋口由紀子



樋口由紀子






蜘蛛の巣をかぶって猫はあらわれた

山田ゆみ葉 (やまだ・ゆみは) 1951~

猫が蜘蛛の巣をかぶって出てきただけのことが書かれている。軒下からか天井からか、そんな猫が出てきそうであるが、奇妙な光景である。異様な、それでいてなにやら滑稽な雰囲気が漂う。

「かぶって」だから、猫の意志で蜘蛛の巣をかぶって出てきたように作者には見えて、その堂々ぶりに魅せられたのだろうか。あるいは蜘蛛の巣ごときが頭にあろうとそんなことはいっさい動じない、威風堂々とした猫に惹かれたのだろうか。が、蜘蛛の巣が頭についていることに気づかない無邪気な猫でもある。蜘蛛の巣を取り払わないのは意志なのか、ただ気づかないだけなのか。猫に対する思い入れの差も影響して、その姿を畏怖するか、可愛いと思うのか、全く異なった気持ちを引き出す。猫を比喩として使ったわけではなさそうだが、人間にも当てはまると思った。さて、この猫はどうなのだろうか。「ふらすこてん」(第53号 2017年刊)収録。

2017年9月14日木曜日

【俳誌拝読】『鏡』第25号(2017年9月1日)

【俳誌拝読】
『鏡』第25号(2017年9月1日)


A5判、本文32頁。編集人・発行人:寺澤一雄。以下同人諸氏作品より。

塔老いにけりひぐらしの声のこり  羽田野令

本棚をずらせば汽笛夏めく日  笹木くろえ

虹は水また八分の六拍子  佐藤文香

行く夏を首寝違へし人とゐる  谷雅子

姥百合の揺れて真昼の生欠伸  八田夕刈

ここからが中野サンプラザの日陰  三島ゆかり

禁色や玉子喰うとき殻を剝く  村井康司

ふらふらと来て猛りたる火取虫  森宮保子

砂浜に残る海月のその後見ず  大上朝美

キッチンを灯すと淋し夏の暮  佐川盟子

春山の奥に冬山そこまで行けず  寺澤一雄

(西原天気・記)

2017年9月12日火曜日

〔ためしがき〕 自分の書いた句を読みなおす 福田若之

〔ためしがき〕
自分の書いた句を読みなおす

福田若之


てざわりがあじさいをばらばらに知る  福田若之

僕がこの句を読むときに思い出すのは、《あぢさゐはすべて残像ではないか》(山口優夢)や《紫陽花は萼でそれらは言葉なり》(佐藤文香)のことだ。

像や言葉として理解されたあじさい。それらのあじさいが、まなざしによらない、てざわりというものからの出直しによって、生成変化する。そのとき、それらは、ばらばらなるもの(ばらばらなもの/ばらばらというもの)として把握しなおされることになる。知ることは、もはや、すでによく知られたあの知ることではない。すなわち、断片的なものの組織化による体系の獲得のことではないのだ。知ることは、これはあじさいだ、という認識を獲得することではなく(「あじさいと知る」ことではなく)、むしろ、世界についてのそうした認識を失調させ、解体し、それによって、ある引き裂かれた裸性へと到達することなのである。それこそが、ばらばらに知るということだ。

しかし、そうである以上、ばらばらに知るということについてのこの統合的な認識もまた、知ることそのものの生成変化とともに、ただちに失効するのでなければならない。それゆえ、認識の失調は、この句において、言葉の片言性によって表現されるほかはない。通用されている助詞の機能の失調によって。言葉が、書かれ、読まれながらばらばらになることによって。

2017/9/9

2017年9月11日月曜日

●月曜日の一句〔堀下翔〕相子智恵



相子智恵






田一枚夏といふ夏過ぎにけり  堀下 翔

アンソロジー『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』佐藤文香編(左右社 2017.09)所収

田圃の色は収穫期の黄金色までにはまだ遠いものの、夏の青田とは確実に違う色を見せていて、そこに夏がすべて過ぎ去ったのだという感慨を見出している。田を一枚見ながら、夏という夏が過ぎ去った……と思うのは鋭敏な感性だと思う。

もちろんこれは芭蕉の〈田一枚植て立ち去る柳かな〉を踏まえた知的な句でもある。芭蕉の句には、遊行柳の木陰で西行をしのんで感慨にふけっていたところ、その間に早乙女たちが一枚の田を植え終わって立ち去った…という「時間」が描かれている。

芭蕉がしのんだ西行の歌は〈道の辺に清水流るる柳陰 しばしとてこそ立ちどまりつれ〉で、ほんの少し休むつもりが長居をしてしまったという時間が描かれていて、芭蕉はそこを重ねてみせた。

作者はこの西行、芭蕉と続く「時間」の感覚を、「夏といふ夏過ぎにけり」とさらに大づかみに描いてみせている。少し休んでいるつもりが、一瞬のうちに夏という夏は過ぎ去ったのだ。美しく不思議な感慨である。



2017年9月8日金曜日

●金曜日の川柳〔小島蘭幸〕樋口由紀子



樋口由紀子






宇宙から持って生まれてきたセンス

小島蘭幸 (こじま・らんこう) 1948~

あの人はセンスいいとかセンスわるいとかをわりと軽々しく使う。が、さて「センス」とはなにかとあらためて考えると、原因のわからない、つかまえどころがないものであると気づく。そのどこか理解しがたい「センス」を「宇宙から持って生まれてきた」と言われた途端に、理屈ではなく、どっと広大な領域に連れていかれたような気がした。「センス」の謎が解けたような気になった。

今夏、松江で開かれた川柳大会の兼題「センス」の私の選んだ天の句である。「あっ」と思った。「ああそうだったのか」と思った。あまりいいとは思わなかった私のセンスも「宇宙から」と言われるとあきらめもつき、なにやらありがたく、かけがえのないもののように思えてくる。このように「センス」を捉える「センス」が素敵で羨ましく思う。自分の感じとる目で世界を見ている。(第10回松江市川柳大会)収録。

2017年9月7日木曜日

●螺旋

螺旋

しんじれば螺旋にかはる夏の島  大塚凱〔*〕

螺旋階下りきし人や草むしる  波多野爽波

見下ろされたる
いらだちの
夜の噴水の
爪立つ螺旋  高柳重信

階段の螺旋の中を牡丹雪  齋藤朝比古


〔*〕佐藤文香編『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(左右社 2017年9月)

2017年9月5日火曜日

〔ためしがき〕 仏滅 福田若之

〔ためしがき〕
仏滅

福田若之



きょう、ようやく、『自生地』が奥付のうえでの発行日を迎えた。そういえばと思って六曜を調べてみると、なんと仏滅だった。

六曜のことは、正直、まったく気にしていなかった。またつまらぬ慣習を破ってしまった、とでもいったところだろうか。決して狙ったわけではないのだけれど、発行日が仏滅というのも、なかなかロックな感じで、わるくない。

仏滅にだって、子どもは生まれる。

2017/8/31

2017年9月4日月曜日

●月曜日の一句〔黒岩徳将〕相子智恵



相子智恵






指が指に逢ふ新涼のバケツリレー  黒岩徳将

アンソロジー『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』佐藤文香編(左右社 2017.09)所収

「新涼」や「指」を感じられる余裕があるのだから、このバケツリレーはもちろん、実際の火災現場のそれではない。新涼の季節には9月1日の防災の日が重なるので、防災訓練のバケツリレーが自然と思い出されてくる。

およそ詩にならなそうな〈バケツリレー〉という言葉がこんなに詩的になるとは……と、美しさと可笑しさで印象に残った。

〈指が指に逢ふ〉の淡い恋情からは、学校の防災訓練が想起される。バケツの水をこぼさないように、しかも素早く受け取って手渡さなければならない中で、恋心を抱いている相手と隣同士になった。バケツを渡すたびに指が触れ合う……そんな場面だろう。〈バケツリレー〉という語のまったく美しくないリアルが情けなくて、〈指に逢う〉が眩しくて、情けなさと眩しさが同居する、いい青春俳句だなあと思う。

バケツの中には澄み渡った秋の水が湛えられていて、それも清々しい。



2017年9月2日土曜日

★週俳の記事募集

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2017年9月1日金曜日

●金曜日の川柳〔柴田夕起子〕樋口由紀子



樋口由紀子






難儀とは女優の庭に生える草

柴田夕起子 (しばた・ゆきこ)

夏の草取りほど嫌な仕事はない。暑くて汗はふきでるし、虫は寄ってくるし、おまけに雨が降らないから土は硬くて抜きにくい。それなのに人の苦労も知らないで、どんどんずんずん伸びる。草のどこにその生命力があるのかと思う。

女優の庭に限らず、どこの家でも庭の草は難儀である。「女優」とは作者自身のことだろう。なにをもって「女優」と言っているのかは深く詮索してはいけない。「だって、私は女優なのだから、草取りなんてしないのよ」とおどけているのだ。自分の家の庭の草がぼうぼうになって困っていることを洒落て、ふざけて言っている。「難儀」という言葉に可笑しみがあり、「女優」という言葉にユーモアを感じる。「杜人」(2017年刊)収録。

2017年8月31日木曜日

●栞



ストーブの熱気に動く栞の尾  田川飛旅子

枯庭や栞の分けるきのふけふ  笠井亞子〔*〕

指栞して春雷を聞きゐたり  藤木倶子

〔*〕http://weekly-haiku.blogspot.jp/2007/12/page.html

2017年8月29日火曜日

〔ためしがき〕 世界の可能性 福田若之

〔ためしがき〕
世界の可能性

福田若之


たとえば、僕の鼻には嗅ぎとることができないにしても、誰かにとって、群生する蓮の花は、それだけで何か満ち満ちるほどの甘い香りがするのだということ。そして、それが、あるとき、ふとしたきっかけで、言葉として僕のもとに差し出されることがあるのだということ。これは、僕にとって、世界の可能性そのものだ。

2017/8/13

2017年8月28日月曜日

●月曜日の一句〔瀬戸内寂聴〕相子智恵



相子智恵






もろ乳にほたる放たれし夜も杳く  瀬戸内寂聴

句集『ひとり』(深夜叢書社 2017.05)所収

濃厚な句だ。蚊帳の中を想像した。乳房のほの白さの上に、戯れに放たれた蛍の光。その光があれば夜であり、暗いことは想像されてくるので、じつは下五がなくても景は成立するのではある。が、やはり〈夜も杳く〉の感慨があってこその句だろう。

「杳(くら)い」という語は、「暗くてよくわからない」という意味の他に、「はるかに遠いさま、奥深く暗いさま」があるので、この情景が回想の彼方にあり、暗さの中に時間の厚みのようなものも重なってくる。それが一句をさらに物語性を強いものにしている。「杳(とお)い」と読む例もあるので、もしかしたらこの句の読みも「とおく」なのかもしれない。

このように情念の濃い句は、そういえば現代にはあまり見かけないように思う。美しい句だ。

2017年8月25日金曜日

●金曜日の川柳〔佐藤みさ子〕樋口由紀子



樋口由紀子






きかんこんなんくいきのなかの「ん」

佐藤みさ子 (さとう・みさこ) 1943~

「帰還困難区域」は福島原発事故で放射線量が非常に高く、帰ることができなくなった地域である。とても住めるところではない。そこで人々は原発事故以前ごくふつうの日常生活を送っていた。

「ん」は何を意味するのだろうか。「ん」はひらがなの最後の文字。五十音図やいろは歌には出ない仮名である。行き止まりである。「ん」は不条理の表明だろうか。あれほどの事故なのに誰も責任を問われない。

「ん」があろうとなかろうと実はどうでもいいのかもしれない。ただそう言って、きょとんとさせ、まぜっかえすことで「きかんこんなんくいき」が「在ること」を確認し、露わにしていくことが作者の願い(狙い)だったように思う。それは原発事故は何だったのかという問いかけであり、怒りである。「きかんこんなんくいき」と整理整頓して、取り纏めても済まないものがあることをあらためて思う。〈おわりだとわかっていたが帰宅する〉〈とりかえしのつかない猫をどこに置く〉〈「かけがえのない」のあとには何が来る〉 「MANO」20号(2017年刊)収録。

2017年8月24日木曜日

〔人名さん〕アントニオ猪木

〔人名さん〕
アントニオ猪木


2017年8月22日火曜日

〔ためしがき〕 第一句集の出版予定日について 福田若之

〔ためしがき〕
第一句集の出版予定日について

福田若之


子どものころ、8月31日というのは、夏休みが終わってしまう日だった。僕の机のうえには、終わらないドリル、白いままの絵日記。まるで世界が終わるような心持ちで迎えた、それが夏休みの終わりだった。

そうでなくとも、夏休みの終わりというのはなんだか切ない気持ちがつきまとうものだ。だから、『自生地』は8月31日に出版することにした。夏休みの終わりをわくわくしながら待つひとがひとりでも増えてくれたら、僕としてはとてもうれしい。

2017/8/4

2017年8月21日月曜日

●月曜日の一句〔花房あすか〕相子智恵



相子智恵






高画質の魚を見てをり桃齧る  花房あすか(就実高等学校)

第20回俳句甲子園 全国高等学校俳句選手権大会 入選作品より

〈高画質の魚〉は、ハイビジョン撮影された魚なのだろう。私は美しい熱帯魚を想像した。テレビはもちろん、パソコンのスクリーンセーバーや壁紙、店の雰囲気づくりのために流しておくデジタルサイネージ、果ては一面が液晶ディスプレイの冷蔵庫まで登場している現在、高画質の魚の映像は、そういえば見かけることが増えた。

掲句は、ぼーっと見ながら桃を齧っているので、自宅のテレビかスクリーンセーバーといったところか。画面の中の魚は美しいが、今ここにあるものではない。対して今ここで齧りついている実物の桃。その味や滴る果汁、匂い、産毛の手触り……。

実物と映像の対比を鮮やかに見せ、映像が現実に近づき、境目が薄くなっている現代生活の中にあるアンニュイな気分を感じさせる一句。

2017年8月19日土曜日

【新刊】福田若之句集『自生地』

【新刊】福田若之句集『自生地』

2017年8月18日金曜日

〔人名さん〕トーリン・オーケンシールド

〔人名さん〕
トーリン・オーケンシールド

トーリン・オーケンシールドの如き溽暑  登貴


『里』2017年8月号より。

2017年8月16日水曜日

●水曜日の一句〔黒澤麻生子〕関悦史


関悦史









弟は寮より寮へつばくらめ  黒澤麻生子


学生寮から社員寮へといったことなのか、寮を出た弟は実家へ帰っては来ない。

「兄弟は他人の始まり」という、その他人化が少し進んだ局面といえる。

当たり前のように一緒にいた家族も緩やかに拡散し、別居し、やがて不在の方が当然になって、あとは法事や介護問題でもなければ顔を合わせることもなくなってゆく。この弟も順調に行けばやがて結婚し、別に一家を構えることになるのかもしれない。

「つばくらめ」のイメージをその身に反映させつつ、「弟」は身軽にしなやかに飛ぶように寮から寮へ移ってゆく。この、一度実家に戻るという過程を経ない連続した転居は、地から足が離れたまま遠ざかっていくさまを思わせ、そこがなおさら「兄弟は他人の始まり」といった格言的な一般論になめされていく前の個別の「弟」の生身と、それにまつわる生々しいもの淋しさを感じさせる。

やがてそのもの淋しさも、毎年巣をかけに帰ってくる「つばくらめ」に寄せるのと大差ない、あたたかくも、遠い関心へと移り変わってゆく。

その変移のなかで、句中の「弟」は、あたかも「つばくらめ」に変身していくようでもある。

不吉なことではあるが、死者の魂が鳥の姿で帰るという神話的な想像のパターンを考えれば、この「弟」は「つばくらめ」の面影を帯びさせられることで、句の語り手の心中に、生身を超えた、別種の存在感を持つに至る、その過程にあるといえる。別れとはそうした変移を強いるものではある。


句集『金魚玉』(2017.8 ふらんす堂)所収。

2017年8月15日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉10 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉10

福田若之


眼というのは疲れるものだ。眼が抽象的なものとして論じられるときには、しばしば、そのことが忘れられている。カメラの眼は眼ではない。

  ●

てのひらを水に押し当てる。手が水に浸ってしまうまでのあいだは、水面が手のかたちにへこんでいる。

  ●

たしかに僕にはふたしかながらもろもろの臓器があるだろう。けれど、内面はないと思う。僕がこのことを思うのは、たぶん身体のはたらきだということになるだろう。ひとが精神とか魂とか呼ぶものは、要するに、身体のはたらきのひとつにすぎないと僕は考える。幽霊は、精神とはまた別のことだ。

2017/8/3

2017年8月14日月曜日

●月曜日の一句〔宮本佳世乃〕相子智恵



相子智恵






蚊が脚をつかひ隣にをりにけり  宮本佳世乃

「あこがれ」(同人誌「オルガン」10号 2017.summer)より

ふと、童話のように泣けてきそうになる句だ。

蚊はそういえば脚が長くて、飛んでいる時も歩いている時も脚が目立つ。〈脚をつかひ〉だから、歩いているのだろうか。〈隣にをりにけり〉だから、蚊を隣で見ている人は刺されていないのかもしれない。

刺したり、刺されまいとして手で叩いて潰したり……と対決する対象として、あるいは鬱陶しさや嫌なものとして蚊を従来通りに認識するのではなく、そのような概念を外して、〈隣にをりにけり〉という静かな、ただ文字通り隣にいる状態を描いている。人間と蚊が並列に描かれることで、動物と人間が同じ言葉でしゃべることも当たり前な、童話の世界のような雰囲気が私には感じられた。

見たままを描いているという意味では写生である。ただ写生というと、今までは対象そのものの姿を(例えばこの句でいえば蚊のみ)を見えるように描くことで、直接読者の脳裏にその対象が見えてくるというような手法だったように思う。

がここ数年、対象と見る者の間を描こうとする姿勢が、特に若手の俳句の中に定着してきたような気がする。物そのものではなく、目と物の“間”にあるもの(あるいはないもの)を捉えなおすことで、視界(と認識)が洗われてハッとするような。写生の新たなステージのような気もする。不勉強なので、それは昔から俳人が考えてきたことなのかもしれないのだが。

2017年8月12日土曜日

〔人名さん〕藤原鎌足

〔人名さん〕
藤原鎌足

セロファンに包まれてきた藤原鎌足  山口ろっぱ

白夜考:200字川柳小説 川合大祐


2017年8月9日水曜日

●水曜日の一句〔樫本由貴〕関悦史


関悦史









原爆ドームの奥を撮る子や苔の花  樫本由貴


報道写真などで目にすることが多いのは原爆ドームの外観、ことにその通称の由来となったドーム部分ばかりで、遺構のなかやその奥の光景というのは、現地に行かない限りなかなかはっきり見る機会はない。

この「子」も滅多に見る機会のない物件に近づき、位置を変えつつ、写真になりにくい構図のものまで何枚も撮ったのではないか。そのようにして、建物の、歴史の、災禍の奥へ奥へと引き込まれる子を、柔らかく、地表と肉体の次元に結びつけておく「苔の花」の慎ましい優しさが素晴らしい。

奥があれば覗き込みたくなる。この子の行動は、おそらくそれだけのありふれたアフォーダンスに則ったものでしかなく、それ以上の目的はない。現在残されている建築の奥をいくら覗き、撮ったところで、原爆炸裂時の模様がわかるわけではない。この子はべつに原爆という未曽有の大規模な蛮行の表象不可能性に迫るべく、カメラを奥に向けているわけではないのだ。そもそも奥には何もない。後でネットに上げるネタとしか思っていないかもしれない。だがそこに厳然と残る現物、建築物件の力は、たしかに何十年か前、ここを原爆の爆風が吹き抜けたのだということを想像させずにはおかない。

そうしたこの子の意識、無意識に起こっているさまざまな波立ちを、句の語り手は後ろから眺め、ともに感じ取っている。この子を、安全な現在の地表という場に引きとめる静かな「苔の花」は、この語り手の化身のようでもある。


「週刊俳句」第537号(2017年8月6日)掲載。

2017年8月8日火曜日

〔ためしがき〕 批評の不要性 福田若之

〔ためしがき〕
批評の不要性

福田若之


2017年7月24日付の『朝日新聞』の11面に掲載された大辻隆弘の短歌時評、「歌会こわい」を読んだ。短歌欄と俳句欄のちょうどあいだに載るので、おのずと目にとまるのである。

「歌会こわい」がとりあつかっているツイッター上での出来事についてはよく知らないし、いまとなってはその全容を把握することも困難だろう。それに、「「歌会こわい」という声の背景には、短歌をコミュニケーションの手段だと考える人々の増大がある。そこではもはや他者の批評は不要だ。自己満足さえあればいい」という一節などは、そもそも筋が通っていないように思うし(短歌がほんとうに「コミュニケーションの手段」として求められているなら「自己満足さえあればいい」はずがない。したがって、すくなくともどちらかの記述は正確ではないはずだ)、実情を知るという意味ではこの記事はあまり役に立ちそうもない。だから、僕は、その出来事については、とくに訳知り顔で何か語ってみせるつもりもない。

だが、短歌欄と俳句欄のあいだに「批評は怖い。が、作品をそこにさらすことでしか文学は成立しない」と書かれているのを見ると、この末尾の一節についてだけは、どうにもよそごとでは済まないように思われてくる。「短歌は」ではなく、「文学は」と書かれているのだ。「歌会こわい」における「批評」や「文学」という言葉は、たとえば、「批評」とは歌会における意見交換のみを意味し、「文学」とは短歌における文学のみを意味するというように、もしかするとひどく限定された意味で用いられているのかもしれないが、そうした断りがない以上、僕には、この一節はもっと広い範囲を射程に入れた警句であるように思われてならない。なるほど短歌は書かないが、俳句を書き、句評や句集評にも手をつけている僕にとって、どうにも気にかかるのはこの一節なのである。

作品を批評にさらすことでしか文学は成立しないというのは本当だろうか。僕にとって興味深いのは、そうした言葉が新聞の短歌時評に書きこまれているということだ。そのことは、たとえば、蓮實重彥『『ボヴァリー夫人』論』(筑摩書房、2014年)のこんな一節を思いおこさせる。
あらゆるテクストはテクストを誘発するといういまではごく当然と思われがちな現象は、『ボヴァリー夫人』の書かれた十九世紀中葉のフランスでは、折から隆盛しつつあるジャーナリズムの要請により、新聞の文芸欄に掲載される時評として、文化的な商品の売れ行きを左右するという経済的な利害を惹起しつつ、理論とはいっさい無縁に一般化されたものにすぎない。それは、歴史的には未知の、当時としてはまったく目新しい文化現象だったといってよい。その「新しさ」は、多くの人が、「テクストをめぐるテクスト」を読んでから、そこで対象とされていた当の書物におもむろに目を向ける――あるいは向けずにおく――という文学的な「倒錯」を、ごく自然な事態でもあるかのように社会に定着させたことにある。それが「倒錯」たらざるをえないのは、読まずにおくために読む、あるいは読んだから読まずにおくという無意識の集団的な振る舞いが、あたかもその作品を自分が知っているかのごとき錯覚をあおりたて、その奇態な性癖が知らぬ間にあたりに蔓延し、それがごく自然なこととして社会に受け入れられてしまったからである。
もちろん、これがさしあたりあくまでもフランスに特有の事情として語られている点には注意が必要だが、作品を批評にさらすことでしか文学は成立しないという認識は、そもそも、一語で〈新聞‐の‐文芸‐欄的〉とでもいうべき錯覚にすぎないのではないか、ということは考えてみてもよいように思う。批評というのは、本来は作品にとって必要ないはずの代物ではなかったか。文学の成立のために作品が批評に自らをさらさなければならないというのは本当か、本当だとしたらそれはなぜか。ひとたびこう問いかけてみれば、書かれたテクストについて何らかの批評がなされるということを理論的に正当化することは――その批評が口頭のものであれ書かれたものであれ――不可能であるように思われる。もちろん、このためしがきもまた、そうしたことの例外ではない。

たしかに、歴史的な状況は、文芸時評の存在を前提とした読者の文学的な「倒錯」からの自由を文学にたやすく許してくれるわけではない。『『ボヴァリー夫人』論』にはこう書かれている。
それに深く影響されるか否かにはかかわりなく、名高い批評家が新聞や雑誌向けに執筆する文芸時評の存在を前提とするしかなかったのが、「近代」における読者の身にまとう歴史性にほかならない。あるいは、「テクストをめぐるテクスト」が誘発しがちな文学的な「倒錯」と同時に生まれるしかなかった不幸な存在が、読者なのだといいかえてもよい。文学は、いまなおこの「倒錯」から充分に自由たりえてはいない。
文学が「テクストをめぐるテクスト」ぬきには成立しえないという神話の歴史的な発生とその共有をぬきにしては「近代」の読者は存在しえなかったし、文学はこの神話のもとに成立する「倒錯」からいまだ充分に自由たりえてはいない。したがって、「歌会こわい」に示されている、作品を批評にさらすことなしに文学は成立しないという主張もまた、まさしく今日的な状況を物語る言葉として読むかぎりにおいては、おそらくある程度まで正しいのだろう(けれど、それはまったくもって「不幸」なことではないのか)。しかし、そもそも、作品は、その書き手や読み手がどう思っているかにかかわりなく、「テクストをめぐるテクスト」など決して必要としてはいない。他人の作品を批評するという行為には、いかなる理論的な正当性も与えられてはいないのだ。

批評は、歴史的な状況をとりあえずの背景として、いわばなしくずし的に成立してしまっているにすぎない。批評は、それゆえ、いつでもそれがめぐろうとする作品から突き放されてあるほかはない。したがって、批評の担い手が作品を怖がるというのならともかく、作品の担い手が批評を怖がらなければならない筋合いなどどこにもない。批評に作品をさらすことでしか文学が成立しえないという認識は、おそらく「近代」に生じた集団的な錯覚にすぎない(たとえば、今年の5月6日に開催されたイベント「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」では、川柳というジャンルのありようが「近代」の文学にまつわる諸前提とはおよそ異なる前提をもつものであるということがくりかえし指摘されていたように記憶しているが、その場で開かれた川柳の句会には、選はあっても批評はなかった)。

だから、僕としては、半ば備忘録的に、次のことをここに書いておきたいと思う――作品は怖い。が、さらなる言葉をそこにさらすことでしか批評は成立しない。ただし、批評の成立は、決して作品の期待するところではないのである。
2017/7/24

2017年8月7日月曜日

●月曜日の一句〔対馬康子〕相子智恵



相子智恵






病む夜の百合の重さを一人吸う  対馬康子

「草いきれ」(「俳句」2017.8月号 角川文化振興財団)より

誰かからお見舞いで手渡された百合の花か、あるいは自分で飾ったのかもしれないが、昼間は一人ではなく、誰かといたのだろう。〈一人吸う〉には、言外にそのような一日を想像させる。

夜、ベッドに横たわっている病気の私に、百合の強い香りが部屋中に満ちている。〈百合の重さを一人吸う〉にハッとする。ここに描かれているのは、百合の香りの重さなのである。香りに重さがあるとするなら、百合の香りは確かに重い。

香りの重さが病むことに重なって、欝々とした気分をもたらしている。ただ、それだけではなく、や行の音の繰り返しの幽玄な響きによって、詩的な美しさが感じられてくる句である。

2017年8月5日土曜日

【裏・真説温泉あんま芸者】チヤホヤの科学 西原天気

【裏・真説温泉あんま芸者】
チヤホヤの科学

西原天気



チヤホヤという腹の足しにもならないものにこだわる人が、俳句世間には少なからずいらっしゃるようです。

それだけなら、世の中にはいろいろな人がいる、で済むのですが、チヤホヤ願望がヘンな方向に進展するケースがある。

phase 1 チヤホヤされたい
:まあ正常の範囲。健康という言い方もできるかもしれない。

phase 2 あの人がチヤホヤされて自分がチヤホヤされないのは不当だ
:ルサンチマン入っちゃって、かなりアブナイ。

phase 3 チヤホヤされているあの人も、チヤホヤしている奴らも、最低だ
:病気。

こうした過程は、句会後の酒席やSNSで人の目に触れたりもする。見ている・聞いているほうとしては不快で、遭遇しちゃうと、俳句世間、あるいは俳句からますます気持ちが遠のいたりもします。

対処法は無視。放っておくしかないのですが、これ、ひとつには、「人」にフォーカスしすぎているのではないか。

チヤホヤは、人じゃなく、句や連作や句集に向ければいい。というか、向けるべき。

私たちは俳句愛好者であって、俳人愛好者ではない。

誰かをさかんに持ち上げる人がいたとして、じゃあその誰かにどんな句があるのか? そう訊かれて、ろくに答えられないというケースはないか(ありそう)。

人付き合いは楽しいものですが、俳句そっちのけで、俳人同士の交流に勤しみ、サロンやら俳壇やらをかたちづくり、サロン的言説に終始するというのも、なんだかなあ、です。

2017年8月4日金曜日

●金曜日の川柳〔妹尾凛〕樋口由紀子



樋口由紀子






満ちてきて豆腐のようなものになる

妹尾凛 (せのお・りん) 1958~

「満ちてきて」も「豆腐のようなもの」も具体的に何かとはつかめない。どちらも心象風景だろう。作者の裡にある空間にじわっ~と甦ってくるような、あるいはやわらかく埋めていくようなもので、はっきりと意識していなかったこと、あるいは言葉にできなかった感覚が「豆腐のようなもの」として輪郭をつかまえたのだ。その感覚は普段はなかなか捉えることができない。そうたびたびやってきてはくれない。だから、「満ちてきて」なのだろう。

それはなにかに役立つような、りっぱなものではないように思う。悟るとか、賢くなるとか、美しくなるとか、一般的な価値基準とは別次元の、共感ベースでは割り切れない名誉の屈折感とでも言おうか、でも、まさしく「私」を実感できる。「豆腐のようなもの」は作者にとっては独自の、至福の感覚なのではないだろうか。「うみの会」(2017年)。

2017年8月3日木曜日

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2017年8月2日水曜日

●水曜日の一句〔金子敦〕関悦史


関悦史









色白の子が日焼子に言ひ返す  金子敦


子供同士の言い争いというそれ自体としては珍しくもない光景が、どこかしら地上の世俗性を離れたそれに見える。

句の見どころとしては、ふだん野外で活発に遊んでいるらしい「日焼子」を、文弱そうな「色白の子」が押し返し、対等にやりあいだした瞬間の意外性がまず考えられているはずだ。

しかしそれが場面の意外性だけで終わっているわけではなく、「色白の子」じつは強気という転換が、瞬時に変身でも遂げたかのように鮮やかで、しかも両者が肌の焼け具合のみによって区別され、張り合っている分、皮膚(ヴァレリーはそれを最も深いものと呼んだという)の輝かしさに、両者の人格的内実とでもいうべきものが一体化して輝きあっている風情となるからである。「色白」とはいえど青白い不健康なうらなりではない。

言い返している場面の緊張、張り、照りが、そのまま皮膚と声という形で現れた官能と生命感そのものとして句に漲り、単に「日焼け」が夏の季語だからというだけではない、夏のまぶしさが一句を満たしている。


句集『音符』(2017.5 ふらんす堂)所収。

2017年8月1日火曜日

〔ためしがき〕 いましか書けないもの 福田若之

〔ためしがき〕
いましか書けないもの

福田若之

「いましか書けないものを」、とよく言われる。誰かが高校生であったり、新婚であったり、長女なり長男なりが生まれたばかりであったりすると、「いましか書けないもの」を書くことが推奨される。

だが、このような意味での「いましか書けないもの」とは、実際のところ、そのときそのひとにしか書けないものではない。それは、こういう意味で「いましか書けないもの」といわれるとき、ひとは、「いま」ということを、「そのひとが高校生であるいま」とか、「そのひとが新婚であるいま」といった特殊性においてしか把握していないからだ。そのせいで、高校生でありさえすればいまでなくてもそのひとでなくても書けるものや、新婚でありさえすればいまでなくてもそのひとでなくても書けるものが、あたかも「いましか書けないもの」であるかのように錯覚されているのである。

だが、いましか書けないものというものがあるとすれば、それは非記号的なかけがえのなさにかかわるものであるはずだ。記号は反復しうるものの反復においてこそ捉えられるものである。記号の本性は反復にある。それに対して、いましか書けないものの本性は反復しえないということにあるのでなければならない。たしかに、いましか書けないものを書くために何らかの記号を使うことがありうるけれども、そのとき、ひとは決してそれを記号のもつ記号としての性質にもとづいて書くわけではない。

「いま」とは時間のなかでのかけがえのなさにかかわる語である。「いま」とどれだけ繰り返したとしても、ひとは、引用をぬきにしては、二度とたったひとつのこのときを指し示すことはできない(《長男叫ぶ「今っ!今っ!今っ!今っ!今っ!今っ!今っ!」》(山田露結)において、叫ばれる「今っ!」は差延している)。「いま」という言葉こそが、まさしくいましか書けないものなのである。もちろん、「いま」という言葉を書くだけでなにか価値が生まれるなどといいたいのではない。いましか書けないものは、べつに、それだけでは何の価値もない。そこにあるのは、ただかけがえのなさだけである。だが、このかけがえのなさを忘れてはならない。というのも、書くということは、それ自体が、このかけがえのなさによってはじめて可能になることがらなのである。

2017/7/22

2017年7月28日金曜日

●金曜日の川柳〔三上玉夫〕樋口由紀子



樋口由紀子






いつだって客を待たせるカエル売り

三上玉夫

「カエル売り」って、そのような商いが実際にあるのだろうか。検索したがわからなかった。あるかないかわからない商売なのに、「カエル売り」は客待たすだろうと確信した。

「カエル売り」はきっとカエル問屋から仕入れるのではなく、客の要望があってから、店主自らがカエルを捕まえてくるのだろう。店で飼っていたら弱ってしまう。元気なカエルをその都度、裏の田畑や川に行って捕まる。カエルの種類は多く、すばしこい。客の要望通りのカエルはなかなか見つからない。だから、客の方も最初から待つのは了承済みなのだ。なんとものんびりした商いだ。「カエル売り」を勝手に想像して、楽しんだ。「おかじょうき」(2013年刊)収録。

2017年7月26日水曜日

●水曜日の一句〔折勝家鴨〕関悦史


関悦史









梅白し死者のログインパスワード  折勝家鴨


ネットでときどきネタになっているのを見かけるが、自分の死後、パソコンの中味を見られたくないという人はかなりの割合いるはずで、その場合、パソコンの中身は自分の嗜好や性癖にまつわる恥ずかしいあれやこれやということになるはずなのだが、この句の場合、「梅白し」と、死者を悼むにふさわしい季語が合わせられていて、そういった軽躁感にはつながらない。

それ以前にこれがパソコンのログインパスワードであるとは限らない。iPadや、ネット銀行の類である可能性もある。

さらに「死者」という漠然とした語彙があえて選ばれていて、「亡母」「亡父」「亡き子」「亡き友」といった語り手との関係を窺わせる要素がここにはない。

関係が明示されない漠然とした「死者」、その「死者」に合わせるに「梅白し」という過不足のなさ。最大公約数的な語彙ばかりが選ばれ、一種の抽象化を被った句である。

そして当のログインパスワード自体も、どういう性質の言葉が選ばれていたのかは全く明かされない。好きな人や好きな作品の類であったのか、それともどこから拾ってきたのか故人とのつながりが見当もつかない謎の単語であったのか。その上に、そのログインパスワードが明かされて目の前にあるのか、それとも判明せず遺族はログインできないままになっているのかも定かでない。

それら全ての違いを無化してしまい、その上に、人の生死とログインパスワードが直結する現在の世界、及びそのなかでの「ログインパスワード」だけを抽出したのが、この句なのである。抽象化し、脱色の限りを尽くしているので、「白し」は動かしがたいだろうし、「梅」でも咲いていなければひどく無機的な抽象となっていただろう。写実における手抜きや、通俗的感傷への埋没と紙一重の抽象ぶりで描かれた句を、最終的に梅の白さが覆いつくす。この抽象と植物的生命感との茫漠たる融合はオキーフの絵画に一脈通じる。


句集『ログインパスワード』(2017.4 ふらんす堂)所収。

2017年7月25日火曜日

〔ためしがき〕 季と季題についての試論  福田若之

〔ためしがき〕
季と季題についての試論

福田若之


季語といい、季題という。かつて、僕は季語という語を季題という語よりも好んだ。それは、俳句は原則として言語をその素材とすると信じていたかつての僕の、じつに形式主義的な考えにかかわってのことだった。当時の僕にとって、季語は俳句の素材の一部であり、したがって、それはたしかに語であると考えられたのだ。

しかしながら、語というと、それは通常、意味するものとして理解される。たとえば、団扇が夏を意味する、といった具合に。 しかしながら、このことが、いまや僕には疑わしく思われてならない。それは、季ということを考えるに至ってのことだった。

夏はくりかえされるが、この夏はくりかえされない。季とは体感される差異と反復の真理そのものである。季は、自ら差延することを通じて、ほかのあらゆるものを差延のもとで思考するようにうながす。たとえば、《夏はあるかつてあつたといふごとく》(小津夜景)の「ごとく」に着目することで、こうしたことは理解されるだろう。そして、このように考えるとき、たとえば、ある句において団扇という言葉が用いられるとき、それが季とかかわりを持つのは、概念としての夏一般を意味することによってというよりは、むしろ、たったひとつのある夏を指し示そうとすることによってであるように思われる。

すると、季語という言い方がはなはだ不充分であるように思われてくる。季語というと、あたかも、季を意味する言葉であるかのようだが、実際には、季語はそうした言葉として働いているわけではないのだ。団扇という言葉は、その意味するところとは別に、そのつど、たったひとつのある夏を指し示そうとすることによって、季とかかわりをもつのである。

僕たちは、季題という語における題という字の意味を、主題すなわちテーマという意味で理解することに慣らされてきたように思う。それは句の主題としての「季のもの」(虛子)だというわけだ。 しかし、そうではなく、この題という字を、表題すなわちタイトルという意味で捉えかえすことはできないだろうか。表題とは、一般に、何か固有のものを指し示すために掲げられるものである。僕は、この意味で、季題という語を用いたい。季題とは、くりかえされることのないある固有の時間を指し示そうとする題としての言葉なのである。時間を指し示そうとするという点で、それは時計に似ている。

しかし、固有の夏を指し示そうとすることが、すなわち、季を指し示すことであるのかといえば、そうではない。固有の夏を指し示そうとすることは、あくまでも、季とかかわりをもつことにとどまる。季は直接に指し示すことができるものではなく、むしろ、僕たちの指し示そうとする行為をつうじて、その前提として遡及的に把握されるのである。

季題と季のこうしたかかわりは、もしかすると、法と正義のかかわりに似ているところがあるかもしれない。法は、正義の存在を前提としつつ、自らを正義にかなうものとして提示し、自らの力によってまさしく正義をこそ現前させようとするのだが、それにもかかわらず、そしてそれゆえに、決して正義そのものには到達しえない。季題は、季の存在を前提としつつ、自らを季にかなうものとして提示し、自らの力によってまさしく季をこそ現前させようとするのだが、それにもかかわらず、そしてそれゆえに、決して季そのものには到達しえないのである。だが、季の存在は、正義の存在と同様に、ただ信じられるものであるのみにとどまらず、確かなものとして感じとられる性質のものである。この意味において、おそらく、季とは不可能なものの経験なのである。

無季俳句と季のかかわりについても、ここから理解される。正義へ向けた歩みが必ずしも法的なものでないのと同じように、季へ向けた歩みはかならずしも季題によってのみなされるわけではない。無季俳句もまた、季とのかかわりを持ちうるのである(ただし、ここで季を正義に喩えることは、季こそが正義であるとか、ましてや、それ以外は俳句の正義に反するとかいうことを示唆するものではいささかもないという点には注意してほしい。無季俳句においても季とのかかわりこそが唯一重要なことがらであるというような考えは、おそらく妥当ではない。とはいえ、書くことは体感される差異と反復の真理なしにはありえないだろう。その限りで、ひとがそれを重要と考えるかどうかにかかわらず、書かれる俳句は季とかかわりをもたざるをえないように思われる)。

ところで、この法と正義のメタファーは、もうひとつ重要なことを示唆している。すなわち、歳時記ないしは季寄せと呼ばれるものは、しばしば、俳句を読み書きするうえでの法にあたるものと考えられがちであるが、実際にはそうではなく、むしろ、それぞれの法ごとに項目立てされた判例集にあたるものなのだ。歳時記における季題の解説と例句は、季題の解釈と運用の実例にほかならない。法そのものと個別の判例とを取り違えることは、法を運用するうえできわめて危険なことであるはずだ。歳時記によって知ることができるのは、あくまでも、季題の解釈と運用の歴史にすぎない。

2017/7/21

2017年7月24日月曜日

●月曜日の一句〔家藤正人〕相子智恵



相子智恵






みんなあの虹を見てゐる僕でなく  家藤正人

「僕でなく」(「俳句」2017.8月号 角川文化振興財団)より

「僕」に注目が集まる時など、普通に生きていればそれほどあるものではない。せいぜい会議等で発言・発表する時くらいのものだろう。(芸能人や教師など見られる職業なら別だが)。

それでも、それよりもきっと虹の出る回数の方が少ないわけである。めずらしさやありがたみ、美しさにおいて虹にかなう「僕」などなかなかいないだろう。

窓から虹が見えているのか、それとも外にいるのか、みんなと僕の関係などは分からないながら、それでも「あ、虹だ」と誰かが言えば、皆そちらに一斉に注目して、消えるまでのわずかな時間を美しさに見惚れている、その時間の止まり方はよく分かる。たとえそれが「僕」の発言中であったとしても。

一読、自意識過剰な句に見えながら、読後にふっと寂しくも明るい笑いが漏れてしまうのは、「みんな虹を見ている。それは僕ではないけれど、そりゃあ、そうだよなあ」というようなメタ認知の気配が句から感じ取れるからで、そこに明るさがある。その気配がどこから来るかといえば、下五にオチのように置かれた〈僕でなく〉の、この語の位置にあると思うのである。もし、この〈僕でなく〉が上五であったなら、どうにも息苦しい句になっていただろう。

2017年7月21日金曜日

●金曜日の川柳〔出口とき子〕樋口由紀子



樋口由紀子






あきらめてゆらりと豆腐桶の中

出口とき子 (でぐち・ときこ)

豆腐が桶の中を沈んでいく様子が見えるようだ。豆腐はまっしろで、やわらかく、口当たりもよく、それでいて自分の味がしっかりとある。それにしても豆腐はなぜあのように悟りきったように、落ち着いて沈んでいけるのだろうか。けれども、私(作者)は豆腐のようになれない。「あきらめる」ことも「ゆらりと」することもできないのだとつくづく思う。

わかっていてもなかなかできないことがある。見習いたいけれどなかなかできないことがある。おさまらなければならないのにおちつけない。いつもじたばたあくせくしてしまう。自分自身に向かって言い聞かせているのだろう。〈夫がある子もあるモデルガンもある〉〈この街に馴れて口紅買いにゆく〉〈終日をテレビの前の卑怯者〉 『合同句集 鷗たち』(1988年刊 編集工房円)所収。

2017年7月19日水曜日

●水曜日の一句〔横沢哲彦〕関悦史


関悦史









クリスマスカクタス次女はフリーター  横沢哲彦


「クリスマスカクタス」は「蝦蛄葉仙人掌(しゃこばさぼてん)」と物としては同じらしい冬の季語だが、単語としての印象はかなり違う。

一方「フリーター」という語も喧伝され始めた当初と今とではその含意がかなり違っている。「フリーター」の語が、拘束されない自由な新しい生き方という肯定的な意味合いで使われた時代もあったが、今は不安定な身分というややマイナスの意味に取る方が一般的だろう。次女がフリーターとなれば、親としては先行きが心配かもしれない。

ところが句の雰囲気は妙に明るい。しばしば俳句に不向きともいわれるカタカナ言葉同士が一句のなかでからみあうことで「フリーター」が詩的に昇華されているからである。「蝦蛄葉仙人掌」が硬く軽快な響きの「クリスマスカクタス」にならなければならなかった理由がここにある。「次女」によって若い女性のイメージを帯びた「フリーター」の語までが「クリスマスカクタス」と同様に、何やら明快で華やかなものに変わってしまうのだ。

もう一つのポイントは「は」によって、句の語り手がモチーフ「次女」から一度距離を取ってしまっていることである。これは使いようによっては、見得を切って名乗りをあげているような馬鹿馬鹿しさや、あるいは高みの見物じみた鈍感なもっともらしさにも通じてしまうのだが、この句においてはそれが「次女」と「クリスマスカクタス」の相関が想起させる愛情のようなものによって相殺されている。

そこが、親がどうにか出来ることでもないと思いつつ、温かく見守っているという心理的距離や心情を窺わせる。そしてその心情が当然まとうべきべたつきを、カタカナ言葉のからみあいが灰汁抜きしているのである。

結果としては、フリーターである次女がその辺のサボテンと同列に扱われて軽んじられているようにも見えるのだが、そこが無神経さや適当な無関心といった家族間の微細な行き違いを漂わせつつも、フリーターである次女を句中において花へと変容させることにもなっている。


句集『五郎助』(2017.6 邑書林)所収。

2017年7月18日火曜日

〔ためしがき〕 生駒大祐「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」についてのノート 福田若之

〔ためしがき〕
生駒大祐「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」についてのノート

福田若之


ウェブサイト「poecri」で、生駒大祐「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」(以下、「ver.0.0.1」と略記する)が配布されている。

まず確認しておきたいのだが、配布スペースの説明に「正式版」が後日発表されることが示唆されているとしても、この文章は無限に書き改められることを前提としているように思われる。 「ver.0.0.1」の、このヴァージョンの記載は、まさしくそうした前提をあからさまにするものとして読まれる(仮にver.1.0.0が「正式版」と呼ばれることになるとしても、その後、ver.1.0.1以降が書かれる可能性はつねに残るだろう)。そうでなければ、なぜ、「ver.0.0.1」などというあからさまに未完成の段階でこれを公開しなければならないことがあろう。実際、3章はまだ各節の見出ししか書かれていない。それさえ、あるとき書き換えられてしまうかもしれない。4章以降に至っては、その計画があるのかどうかさえわからない。この状態で、いったい何を読めばよいというのか。

問いかけてはみたものの、その答えははっきりしている。「ver.0.0.1」を読めばよいのだ。だから、読もう。「例句が一句も出てこない俳句論 ver.0.0.1」においては、次の三原理によって、俳句が定義される。
俳句は言語によって表現される(言語原理)
俳句は過去のある俳句に対する継承性を有する(継承原理)
俳句はある表現対象に対して最適な形で構成される(最小作用原理)
ひとまず、俳句を定義することそれ自体の妥当性は抜きにしておこう。書き手は、これ以降、あくまでもこの定義において俳句を語るだろうし、その限りにおいて、たとえば、表題の「例句」なり「一句」なりという語は、おそらくそうした俳句の定義の範囲内での「例句」か「一句」にすぎないことになるだろう。その議論にひとまずは乗ってみよう。「ver.0.0.1」を信じてみよう。すると、ただちにいくつかの疑問が生じるのだが、ここではとりわけ「ver.0.0.1」に次のとおり書かれている問いに着目したい。
継承原理は多くの言語表現の中から俳句を峻別する際に非常に有効な原理であるが、ある本質的な矛盾を内包する。すなわち「帰納的に考えた時に、最初の俳句は如何なる定義でどのように生まれたのか」という疑問(矛盾)である。
この問いに対する「ver.0.0.1」の答えは、次のとおりである。
結論から言えば俳句の場合は幸運にもこの矛盾を回避できる。俳句は初期値が比較的明らかな文芸であり、正岡子規が俳諧から発句を独立させて俳句と名付けたという時点を持って俳句の初期値を与えることは可能である。もっと言えば、俳句は自然発生的に形成された文芸ではなく、ある時点に意志を持って作られた文芸であるという点が特徴的な部分であり、本論の基盤をなしている事実認識である。
到底、にわかに納得できるものではない。子規が俳諧から発句を独立させた時点をもって俳句の初期値とすることの歴史的な妥当性を問うまでもない。「最初の俳句」が子規その人のものであったのかどうかは、ここでは本質的な問題ではない。重要なのは、ただ一点である。すなわち、仮に「最初の俳句」が「意志を持って作られた」ものであるとして、そのほとんど神的な創造者を「正岡子規」と呼ぶことにした場合、その「正岡子規」が最初に俳句と名付けたその俳句は、本論における俳句の定義に合致するものなのか、という点だ。つまり、「正岡子規」が俳句と呼んだものに対する継承性を有することは、ほんとうに、本論における俳句という語の定義にもとづいて、「過去のある俳句に対する継承性を有する」ことになるのか、という点である。

僕の考えでは、そうはならない。なぜなら、この「最初の俳句」なるものがもしあるとするならば、それが実際に子規によるものであったにせよそうではなかったにせよ、それは明らかに継承原理を満たしていないからである。「最初の俳句」は最初の俳句ではないということになる。これでは、矛盾がまったく解消されていないのだ。

もっとも、このことについては、解決策がいくらかありうる。以下に、その四つを示す。

第一の解決策は、継承原理を撤回することである。つまり、背理法的に、継承原理の矛盾をもって、この原理それ自体が誤りであるというように思考を修正して展開していく向きがある(思うに、もっともつまらない解決策だ)。

第二の解決策は、「最初の俳句」なるものの仮定を撤回して、俳句の起源を問うことをあきらめることである。俳句にははじまりなどない、それはつねにすでにはじまっていたのだ、と考えるということだ。この場合、究極的には、宇宙の誕生自体が俳句でなければならないことになるだろう。つまり、宇宙の誕生は何らかの言語による表現であって(「ver.0.0.1」によれば、「言語とはある体系的な伝達媒体の中で、再現性を持つものを指す」)、過去の数かぎりない他の宇宙の誕生に対する継承性を持ち、しかも、最少の手数で引き起こされるのだと、信じることが必要になるだろう(ひとつの信仰として、悪くない)。

第三の解決策は、やはり「最初の俳句」なるものの仮定を撤回して、俳句なるものはつねにすでに来たるべきものにとどまる、と考えることである。つまり、このような定義における俳句はいままで一度も書かれたことなどなく、したがって、継承原理を満たす可能性が閉ざされている以上、今後も俳句が現に書かれることはないだろう、と考えるということだ。これは、たとえば、高柳重信の考えとも一脈通じるところがあるように思う。1976年2月の『国文学』を初出とする「俳句形式における前衛と正統」において、重信は、「たしかに子規の予言によれば、新しい俳句形式の運命は明治を過ぎること幾許もなく尽きるであろうとされていたが、いまや俳句は、その長からぬ寿命が尽きかかっているのかもしれない」とした直後、段落を変えて、次のとおり続けている。
だが、そうだとすれば、この作品の存在に先んじて命名されたに等しい俳句形式は、いったい俳句そのものに本当にめぐりあったことがあるのであろうか。もしかすると、遂に一句の俳句作品に出会うこともなく、 その終りを迎えてしまったのではないかと、なぜか、ふと思われてくるのである。その場合、俳句形式の運命は、まず発句もどきに始まり、多くの俳句もどきを残しながら終ったことになるであろう。それは如何にも空しい軌跡のように思われるが、もともと俳句形式は、そういう絶望的な不毛さを運命づけられていたと考えるならば、むしろ当然の帰結であったろう。
(高柳重信「俳句形式における前衛と正統」、太字は原文では傍点)
重信のこうした直観的な記述を、「ver.0.0.1」の記述に照らし合わせながら、書かれるテクストが「継承原理」を満たすことが原理上ありえないがゆえに、ひとは俳句そのものには決してめぐりあえないのだという論理に読み変えていくことは可能かもしれない。重信は、前述の文章のなかで、「ver.0.0.1」と同じく子規を新しい詩型としての俳句の提唱者としたうえで、「だから、厳密に言えば、このとき、いまだ俳句は一句も存在せず、いわば既知なる発句に取り囲まれた状況の中で、俳句にかかわる諸問題が論じられつつあったのである」と述べていた。つまり、「ver.0.0.1」の記述をこの第三の解決策を講じて書き換えた場合、それは重信の提示した俳句史観とすくなくとも見かけ上は驚くほど合致するものとなることが予想されるのである。

第四の解決策は(おそらくこれが「ver.0.0.1」が暗黙に前提としていることなのだろうが)、俳句の定義自体にあらかじめ他なるものの可能性へと開かれたかけがえのなさを導入することである。つまり、この俳句の定義はそもそも一般的に適用できるものではないということを認めることである。それによって、継承原理を撤回することも、「最初の俳句」なるものの仮定を撤回することもなしに、なおかつ子規のいう俳句と「ver.0.0.1」のいう俳句との齟齬を是認しながら、俳句なるものの実在を認めることができるようになる。ただし、この場合、俳句の定義は他者にとってはまったく別のものである可能性を、受け入れなければならない。それは、たとえば、明日には俳句の定義がまったくの別物になっているかもしれないという可能性を、つねに認めつづけることにも通じている(もしかすると、それゆえの「ver.0.0.1」なのだろうか。先に書いておいたとおり、「この文章は無限に書き改められることを前提としているように思われる」)。そして、この場合には、一見科学的な客観性を担保するかのようなエクリチュールさえもが、一般的なものとしての俳句の定義(そんなものがもしありうるとすればだが)を確認するための記述としてではなく、俳句が「私にとって」いかなる価値をもっているのかを示すための(あるいは、結果としてそれを示してしまわずにはいない)パフォーマンスとして理解されることになるだろう。つまり、生駒大祐にとっての俳句の価値は、すくなくとも彼自身にとっては、表面上は「私」を排した科学的なエクリチュールによって表現されなければならない何かなのだ、と。

僕が思いつかないだけで、ほかにもこの矛盾を解消する方法があるのかもしれないが、いずれにせよ、僕にとっては、第四の読みがもっともこのテクストを豊かなものにするように感じられる。この後、生駒大祐の思考はどのように展開していくのだろう。僕の関心は、彼の提示する俳句の定義それ自体よりも、むしろ彼の思考の展開へと向けられている。

2017/7/16

2017年7月17日月曜日

●月曜日の一句〔逆井花鏡〕相子智恵



相子智恵






揚巻も浴衣で通る楽屋かな  逆井花鏡

句集『万華鏡』(雙峰書房 2017.06)

歌舞伎の芝居小屋の楽屋。『助六縁江戸桜』に出てくる花魁、三浦屋揚巻役の役者が浴衣で過ごしている。他ではあまり見たことのない、面白い浴衣の風景だ。

歌舞伎役者は夏に限らず、楽屋では浴衣で過ごすようにも思うので季感は薄いものの、見るからに重くて暑苦しそうな花魁の衣裳を脱ぎ、浴衣ですっすっと身軽に通り過ぎる姿はいかにも涼しげである。

「揚巻なのに浴衣である」という落差によって生まれるやや俗っぽい諧謔も、人事句ならではの味わいを強めている。

古格のある人事句、といった風情の一句だ。

2017年7月14日金曜日

●金曜日の川柳〔中村冨二〕樋口由紀子



樋口由紀子






みんな去って 全身に降る味の素

中村冨二 (なかむら・とみじ) 1912~1980

ほんの一昔前、どこの家庭の食卓に卓上醤油の横に赤いキャップの味の素があった。いままで食卓を囲んでいた人たちがみんな帰ってしまい、寂しくて、手持無沙汰になって、目の前にある味の素を降ってみたという意味だろうか。でも、「全身に降る」は誇張であっても、いまひとつぴんとこない。

「みんな去って」は多くの人とわかりあえないものがあるという意味ではないだろう。仲間のいないことはこらえきれなくなるほど痛く、ひしひしと孤独が感じる。しかし、だからこそ、冨二はおどけてみせる。泣いたり、しおらしくしたり、怒ったりするのは彼の美意識が許さない。ふざけて、途方もないことを敢行する。魔法の顆粒の味の素をきらきらと全身に降りかけながら、より一層孤を味わったのだろう。『中村冨二千句集』(2001年刊)所収。

2017年7月12日水曜日

●水曜日の一句〔松井眞資〕関悦史


関悦史









ゴミ屋敷のゴミがうれしい穴まどい  松井眞資


秋の彼岸を過ぎても冬眠せずにうろうろしている蛇が「穴まどい」だが、この句の「穴まどい」は、心細さがないわけではないのだろうが、夜更かしか何かを楽しんでいるようにも見える。

「うれしい」とはっきり書かれてしまっているからではあるが、これは擬人法というよりは共感を示していて、句の語り手当人もゴミ屋敷のゴミをうれしがっているようだ。

ゴミ屋敷など隣近所にあったらはた迷惑以外の何ものでもないが、今の日本の都市住民にとって、どこへ行っても規格通りで何の変化もない景観ばかりのなか、混沌を際立たせて目を引く物件は、もはやこれくらいしかないのかもしれない。

蛇にとっても、これは適度に身を隠しつつ、積み重なった廃物の隙間を、前後左右上下に自在に通り抜けることのできる迷路的な空間である。ゴミ屋敷の混沌を本当に楽しめるのはむしろ蛇なのではないか。

ゴミの隙間を通れる小さい生物ならば何でもいいというわけではない。蛇の体の形態は、紐を引き摺るようにその行程の全てを逐一可視化しながら複雑にうねって進んでゆく。

「ゴミ屋敷のゴミ」と「穴まどい」とは、互いの形態的特徴を生かし合い、開花させあう関係といえる。ごく小汚い、詩情に乏しい空間と、冬眠もせずに徘徊する蛇との関係から、童心とも無心ともつかない心弾みを引き出しているのが「うれしい」なのである。

平穏にさびれきった廃墟とは違い、居住者の孤立や荒廃した心情が生臭く溢れ出ているゴミ屋敷という物件を、穴まどいが慰撫し、景物に転じている。


句集『カラスの放心』(2017.6 文學の森)所収。

2017年7月11日火曜日

〔ためしがき〕 読み書きをめぐっての、相異なる二つの欲動 福田若之

〔ためしがき〕
読み書きをめぐっての、相異なる二つの欲動

福田若之


家の本棚の奥に偕成社文庫版の『海底二万里』(大友徳明訳、偕成社、1999年)の上巻と中巻がある。小学校の頃に買ったものだ。下巻はない。決して出版されていなかったというわけではなく、読みとおす前に飽きてしまったというわけだ。というかそもそも、最初から読みきれる気がしていなかった。なにしろ、「二万里」だ。世界じゅうの海を旅するノーチラス号の航路は、小学生の僕には、想像するだにあまりにも長すぎた。無数の知らない海洋生物の種名がいっこうにイメージを結ぶことのないまま延々と列挙される文体も、僕を退屈させた。上巻を読みはじめながら、僕は、すでにしてこう思っていたように思う――いったい、いつになったら終わるのか?

短い読みものが好きだった。僕が小学校のころに読みとおすことのできたいわゆる文学作品はたった二冊、やはり偕成社文庫版のH・G・ウェルズの『タイムマシン』(雨澤泰訳、偕成社、1998年)と、斎藤博之が絵を入れていた古い講談社青い鳥文庫版の夏目漱石の『坊っちゃん』(講談社、1983年)だけだった。中学校に入るまでは、ミヒャエル・エンデの『モモ』(大島かおり訳、岩波書店、1976年)さえ読破できなかったのだ。そのころ、僕が多く読んだのは、落語の小噺をむかしばなし風の文体に書きなおしたものやいわゆる学校の怪談などを集めた絵入りの本だった。たしか、その多くはポプラ社から出版されていたように思う。

いつだったかいわゆる「サンタクロースからのプレゼント」としてもらった学研の『読み・書き・話す故事・ことわざ辞典』(学習研究社、1999年)も、そのころの僕の愛読書のひとつだった。もらったときは、サンタクロースにまで勉強しなさいと言われているようでがっかりしたものだったけれど、それを読むことは喜びに満ちていた。ことわざそのものの短さはもちろん、その由来となったたとえ話や歴史上のできごとについて短くそのあらすじが語られているありようが、僕の性にあっていたのだろう。その後、中学校に入ってから、朝のホームルームの時間に十分か十五分の読書が義務付けられるようになったとき、父の書斎からひっぱりだされたのは、小学校時代以来の小噺に対する興味の延長線上にあった古典落語を収めた文庫本と、星新一のショートショートの群れだった。そうだ、芥川も忘れてはいけない。それは母の実家のどこかにあった古い新潮文庫版の『羅生門・鼻』(新潮社、1968年)だった。

いまにして思えば、僕が俳句に引き寄せられたのも、結局は、ひとえにこうした短いものを読むことのよろこびによることだったのかもしれない。短いものを読むことのよろこびは、短いものを書くことのよろこびとなり、そうしたものを書きつづけることへのあこがれとなった。

けれど、最近になって、僕には、どうやら、もうひとつ、一見するとまったく正反対の欲動があるらしいということがわかってきた。どういうことかというと、短いものを見ると、僕は、それをどこまでもどこまでも接ぎ木して引き延ばしてしまいたいという衝動に駆られるのだ(俳句の書き手としてはほとんど致命的だ)。

たとえば、ここに一句あるとしよう。この一句からつづけて、さらに何文字、何ページ書くことができるだろうか。このとき、僕の関心はもはやその句をめぐってどれだけ長く書き継ぐことができるかということにしかない。句評は、もちろん依頼に応じて書く場合もありうるし、そうした場合には、たいてい字数なり枚数なりについてあらかじめ指定があるものだ。けれど、そうではなく自分で好き勝手に書く場合、なによりも、その句から読まれることをどれだけ引き延ばしつづけながら書くことができるかということに思いが向いてしまうのである。

そのときは、もう、ただひたすら書き継ぎたいのだ。かくして、一字一字が、ひとつ残らず、僕のよろこびに加担する。一句は、そのとき、すくなくとも可能性としてはどこまでも長くなりうるだろう。そんなふうにして、いつか、長い長い句を書いてみたいものだ。長い長い句というのは、《凡そ天下に去來程の小さき墓に參りけり》(高濱虛子)といった程度のものではなくて、むしろ、プルーストの『失われた時を求めて』とか、ああいう長さの句を書いてみたいものだと思うのである。実際、僕は生まれてこのかた、ずっと、最初の産声からはじまって、いまこのときの一呼吸一呼吸にいたるまでの僕の生のいっさいの痕跡として、一句一句ではなく、たった一句を書きつづけてきているのではないかと思うことがある。《待遠しき俳句は我や四季の國》(三橋敏雄)。見かけ上は切れている一句一句は、そうしたたった一句に包含されて、まさしく僕自身のライフ・ワーク(一生の仕事、あるいは、生としての作品)たるその長い長い句のほんの一部を構成しているにすぎないのではないか。僕は、ときどき、そんな夢想に浸ることがある。

2017/7/11

2017年7月10日月曜日

●月曜日の一句〔山口昭男〕相子智恵



相子智恵






見えてゐる水鉄砲の中の水  山口昭男

句集『木簡』(青磁社 2017.05)

透明なプラスチックでできた水鉄砲の中に、水が見えている。ただそれだけの景なのに、なんだか泣きそうになるくらい懐かしさがこみ上げてくる句だ。

懐かしいのは、〈見えてゐる〉という淡々とした描写によって、水遊びに夢中になっている子どもの視点ではなくて、そんな頃を通り過ぎてきた大人の視点を感じるからだろう。
また、水鉄砲の中の水を「見ている」のではなく〈見えてゐる〉と、見る側の意志を感じさせないために、水鉄砲の中の水をぼーっと眺めているうちに、ふと白昼夢に誘われるように郷愁が湧き出てくるのである。「水鉄砲の中の水が見えている」という語順ではなく、いきなり〈見えてゐる〉という書き出しであることも、白昼夢への入口になっているように思う。

白昼夢の一景として

  水遊びする子に手紙来ることなく  波多野爽波

  水遊びする子に先生から手紙  田中裕明

から続く、師系三代に渡る夏の日の水遊びの、柔らかな懐かしさと寂しさを、ふと思ったりもする。

2017年7月7日金曜日

●金曜日の川柳〔高田寄生木〕樋口由紀子



樋口由紀子






しあわせをのせる がらすのぴんせっと

高田寄生木 (たかだ・やどりぎ) 1933~

生きていて、「しあわせ」と感じるのはそうたびたびあるわけではない。たまに「しあわせ」と思うときがあるから、そうではないときもなんとか遣り過ごしていける。めったにやってこない「しあわせ」だから、ありがたさも格別になる。

まれにくる「しあわせ」を「がらすのぴんせっと」でつまんでなにかにのせるのだろうか。それとも「がらすのぴんせっと」にのせるのだろうか。どちらにしても小さく、壊れやすい。そうっとそうっと大切に扱う。「しあわせ」の接し方で「しあわせ」をいかに受け止めているのかが伝わってくる。ひらがな表記のやわらかさで、「しあわせ」も「がらすのぴんせっと」もきらきら光る。

〈くちびるのゆきのあたたかさをのせる〉〈山頂に風あり人を信じます〉〈あいつはもう死んだかな防波堤の右は北〉 『東奥文芸叢書 北の炎』(2014年刊)所収。

2017年7月5日水曜日

●水曜日の一句〔横山康夫〕関悦史


関悦史









山国の深雪にゆらぐ御燈明  横山康夫


見えているのは仏壇か神棚の「御燈明」だけだろう。そのゆらぎの周りは暗く、さらに家の外には「深雪」の「山国」が広がる。そちらは気配として、あるいは認識としてあるだけだが、それら全てを集約するものとして「御燈明」はゆらいでいる。

「山国」の「山」といい、「深雪」の「深」といい、自然の闇への畏怖を強調する言葉で、ほとんど芝居がかりなまでに、一句が絵として出来過ぎている気がしなくもない。ことに「山国」は、そうでない地域との差を知っていることを窺わせるので、句の語り手が必ずしもそこでの暮らしに埋没しきっているわけではないという醒めた距離感を併せ持っているようにも感じられる。

しかし、これはその土地の歴史、風土と精神性を負って、そこで暮らす者の目か、それとも外部からたまたま訪れた者の観光客的に物珍しがる目かということになると、後者にしては、この御燈明は少々板につきすぎているようだ。山と雪の大質量のなかに暮らしてきた代々の先祖たちの営みそのもののようにして御燈明はゆらぐ。ゆらぐだけであり、それは何も語らない。それが死者の在り方であり、その御燈明に見入る者も、その時、醒めたままでありながら、代々の霊のひとつとなっている。

「山国」や「深雪」といった知覚による把握が、「御燈明」の想像力に浸透されて深化するあたり、バシュラールの『蠟燭の焔』の俳句版のようでもある。


句集『往還』(2017.7 書肆麒麟)所収。

2017年7月4日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉9 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉9

福田若之


あくまでも個人的な経験としてだが、句会で、当日に句を持ち寄るという場合、句会場に着いたときにはまだ持ち寄ることになっている数の句が手元に揃っていないというひとを見ることも、決して少なくはない。ふと思ったのだが、もしかすると、これは、歌人が聞いたら卒倒するようなことなんじゃないだろうか(あるいは、俳人も?)。だが、これを一概にそうした俳人のだらしなさと捉えるべきではないだろう。

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伝統的な句会の文化においても、席題や吟行といったかたちで、参加者を即興的なでっちあげ=思いつきinventionへと駆り立てる要素が組み込まれていた。俳人は、句を揃えずに句会に行くことに驚くほど馴れている。

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あるひとびとは、自らの発明的なひらめきが、手ぶらで句会に行くことで生じることを経験的に知っている。こうしたひとびとにとって、句会とは火事場にほかならない。でっちあげ=思いつきを強制する火のなかへ自らを投じることで、こうしたひとびとは自らの莫迦力を発動させるのである。

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このところ、寝不足のせいか、日中、下瞼がびくびく痙攣するのを感じる。ところが、鏡で確認してみると、動いては見えない。要するに、それは僕以外のひとびとにとっては極めて微細な動きでしかなかったというわけだ。なんて滑稽なんだろう。僕は、僕の寝不足を周囲のひとたちに最もあからさまに示すのは、この下瞼の痙攣に違いないと信じていたのだ。だから、僕はいまでは、僕の寝不足はおそらく誰にも知られていないだろうと信じている。

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すこし前になるけれど、あるひとから初めてメールをいただいたとき、宛名のあとの最初の一文が「突然の失礼します」となっていて、この「失礼します」は本当に「突然」だなぁと感じ入った。「突然のメール失礼します」という「メール」は、「メール」という語に自己言及性があるけれど、「突然の失礼します」では、「メール」という語の「突然」の不在によって、「失礼します」という述部に自己言及性がずらされている。このずれのありようが実に「突然」にもたらされている。この書き出しの一文は、素敵だと思った。

2017/6/24

2017年7月1日土曜日

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