2018年8月17日金曜日

【俳誌拝読】『円錐』第78号(2018年7月31日)

【俳誌拝読】
『円錐』第78号(2018年7月31日)


A5判、本文78頁。編集委員:山田耕司、今泉康弘、澤好摩。

前号に発表となった「第2回円錐新新鋭作品賞」受賞3氏の新作(各15句)を掲載。

間投詞ばかり口にし毛虫焼く  石原百合子

この世にはえんのしたにも秋がきて  高梨 章

赤い星コーラが乾くほど経つた  大塚 凱

なお、第2回新鋭作品賞・受賞作、選考座談会は、ウェブで読める。

≫選考座談会
http://ooburoshiki.com/haikuensui/2018/05/02/ensui_zadankai_77/

≫受賞3作
http://ooburoshiki.com/haikuensui/2018/05/01/sakuhinsho_2018/

(西原天気・記)

2018年8月16日木曜日

【新刊】筑紫磐井『虚子は戦後俳句をどう読んだか―埋もれていた「玉藻」研究座談会』

【新刊】
筑紫磐井『虚子は戦後俳句をどう読んだか―埋もれていた「玉藻」研究座談会』

2018年8月14日火曜日

〔ためしがき〕 興の運転見合わせ 福田若之

〔ためしがき〕
興の運転見合わせ

福田若之


ときどき、ものを読んだり、観たり、聴いたり、味わったり、抱きしめたりしても、もはやまったく満たされないときがある。それらが、おもしろかったり、あたたかかったり、やわらかかったり、きらきらしていたりするのがわからないわけではない。だが、まるですべてが薄膜越しに感じられているにすぎないかのようになる。つまり、それらがいつもどおりおもしろいことはわかるが、そのおもしろみに浸ることができないという状態に陥る。そういうときは、ものを変えても、なにひとつ変わらない。興の運転見合わせは、部分的なものではなく、全面的なものだ。故障は僕自身の身体に起こっている。経験的には、必要なのは眠ることだ。というよりも、それよりほかにしたいことがなくなるのだが。

2017/7/30

2018年8月12日日曜日

〔週末俳句〕家族でする句会 千野千佳

〔週末俳句〕
家族でする句会

千野千佳



2年前の夏、句会が楽しくてしょうがなかったわたしは、自分が主宰となり句会を開くことにした。できれば6人くらいでやりたい。

メンバーをどうしよう。わたしが普段参加している句会のメンバーを誘うのは畏れ多い。職場のひとを誘ったらドン引きされそうだし、ごはんに行く友達は今は1人しかいない。ということで家族を誘って句会をすることにした。

せっかくなので、俳号をつけることにした。

父、俳号「海士」(うみし)。海に潜ってサザエやもずくを採るのが趣味。自らこだわりの俳号をつけてきた。

母、俳号「こつぶっこ」。亀田製菓のお菓子こつぶっこのキャラクターに似ているので。
姉、俳号「キツネ」キツネ顔。

友達、俳号「みやじ」エレカシのファン。

友達の父、俳号「鶴の爺」俳句の腕に覚えありとのこと。

わたしの俳号はスイスロールとした。

1人3句出し。お題は「花火」「夏休み」「その他自由」とした。無記名で短冊に各々記入。3句✕6人で18句集まった。その中から1人3句いいと思うものを選び、うち1つを特選とする。友達とその父は投句のみの参加となった。

わたしの父と母はあまり本も読まないし、勉強を熱心にするタイプではない。姉も同様。句会をやりたいと言うと、父と姉は面白がってやる気になったが、母はそんな難しいことは嫌だ、と言った。母は勉強が苦手で、作文なんてもってのほか。わたしが中学生の頃、母の日記を盗み見て、誤字や文法上の誤りを指摘したら、「いやな子だね」と言われた。
母が作った俳句をみせてもらったら全く意味が通じないものだったので、わたしが手を入れた。

おのおのの作品を一つずつ紹介する。

 大花火五秒遅れて届くおと     父(海士)

 墓参りBGMはひぐらしで        姉(キツネ)

 教えてよ手持ち花火のできる場所      友達(みやじ)

 えごを煮る木べらの重くなりにけり     母(こつぶっこ)

 昼寝する孫を囲んで笑顔かな     友達の父(鶴の爺)

 ひぐらしや母の手紙の誤字だらけ     私(スイスロール)

一番人気はわたしの句「ひぐらしや母の手紙の誤字だらけ」。よかった。内輪ネタを盛り込めたのが高評価につながった。あとは鶴の爺の句が人気を集めた。わかりやすく、まとまりもよい。しかし父が「鶴の爺の句はありがちなんだよなぁ」とつぶやいていた。わたしは父を見直した。

俳句なんてどうしたらいいかわからない、と言っていた面々も、いざ作るとなると指で音数を数えたりして、数日間は頭が俳句モードになっていたようだ。自分で作った俳句には愛着がわくもので、句会で自分の句が読まれるがどうか、とてもどきどきする。句会の一番の醍醐味だと思う。主宰ぶって、「この句のどこがよかったのですか?」と聞いてみたが、面々は少し恥ずかしそうに「なんとなくだよ」と答えていた。

句会を終えて楽しくなったわたしたちは、近所の夏祭へ直行し、東京音頭の輪の中へ飛び込んだ。踊りという季語でなにか作れないかと考えながら。

2018年8月11日土曜日

【人名さん】ミック・ジャガー

【人名さん】
ミック・ジャガー

桃を廻してゆけばミック・ジャガーのこゑ  中嶋憲武


『豆の木』第22号(2018年5月20日)より。

2018年8月9日木曜日

●木曜日の談林〔井原西鶴〕浅沼璞



浅沼璞








月代のあとや見あぐる高屋ぐら  西鶴

月代(つきしろ)は月の出の頃に空がしらむことだが、それに築城を言いかけた談林調(西鶴以外にも作例多し)。

「高屋ぐら」は軍事用の高い櫓。

場所は現・大阪府羽曳野市古市の高屋城跡――応仁の乱後、畠山氏の居城として築かれたが、天正3年(1575)織田信長の焼打ちにあい、廃城になったという。

〈月代の頃、高屋城跡の空を見上げると、かつての高櫓が一瞬みえた〉みたいなタイム・スリップ詠というか、天空の城詠というか。
 

いずれにしろSFチックな俳風だ。
 

作家・西鶴のノスタルジー云々といった近代的な解釈もあるが、? な感じは否めない。

ところで句の表記「ぐる」「ぐら」のせいか、

「高矢倉と呼んでいた倉グと揺らぐ」なんて気もしてくる。

2018年8月7日火曜日

〔ためしがき〕 うかつ 福田若之

〔ためしがき〕
うかつ

福田若之


ひとりごとを言うひとは、周りの目を気にし忘れて、うかつなことを言ってしまう。

ふたりで話をするひとは、重たげな沈黙をふりはらおうとして、うかつなことを言ってしまう。

三人かそれよりたくさんで話をするひとは、話題が移る前に言いたいことを言おうとして、うかつなことを言ってしまう。

このなかで、僕が自分のものとして許すことのできるうかつさは、ひとりごとのそれだけだ。対話のうかつさや談話のうかつさ――それらはいずれも、会話を音楽的にしようとすることから来るうかつさ、すなわち、すこし大げさに書くなら、生を美しくやりすごそうとすることから来るうかつさだ――は自分にはどうしても避けがたく、しかしながら同時に、自分のものとしてはどうしても許しがたい。

自分を許せないというところから、ひとつの夢が生じる。すなわち、もはや何ひとつ会話をすることなしに、ただともに生きてあること――ミンナニデクノボートヨバレ。しかし、宮澤賢治の言葉を借りてきたのも、ほんの思いつきにすぎない。あるいは、これもまたうかつなのだろう。気がつくと、書かれる句が思ってもいなかった道に出る。うかつにも無責任に、ふわ、風を依り代にした草の種のように。いつもどおり、ここに文はない。

2017/7/26

2018年8月6日月曜日

●月曜日の一句〔大関靖博〕相子智恵



相子智恵






秋風に万物の影動きけり  大関靖博

句集『大楽』(ふらんす堂 2018.7)所収

明日はもう立秋だ。今年の暑さが収まるのはいつのことになるだろう。

掲句を一読して、歳時記の立秋の頁に本意として必ず引かれている〈秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行〉(『古今和歌集』)の和歌を同時に思った。

藤原敏行は、秋の到来は目には見えないけれど、風の“音”で、それにはっと気づいたと表現したが、この作者は〈万物の影動きけり〉と、実際に“目に見えるもの”を描いて、それが秋風によるものだと断じているのが面白い。

万物の影が動くのを確認するためには、長い時間それらの影を見続けていなければならないだろう。しかしこの句は「さっと秋風が吹いたら万物の影が動いた」ように仕立てられている。“風が吹いたら影が動く”ということは実際にはないのだけれど、詩としてこのように提示されると、地球を俯瞰したような“神の目線”で、秋風が吹き渡っていき、万物の影が動いていくのを見ている気持ちになる。そして心が涼しくなるのである。

一切が一瞬であるような、不思議な時空の大きさを感じさせる一句である。

2018年8月5日日曜日

〔週末俳句〕署名と花籠 小津夜景

〔週末俳句〕
署名と花籠

小津夜景


ここのところ東京にいて、週末ごとに人前に出ていた。

7月29日(日)

本屋B&Bで新刊『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』発売記念のトークイベント。タイトルは「海外翻訳文学としての漢詩 ~古典との新しいつきあい方」。お相手は詩人の蜂飼耳さんと『未明』ディレクターの外間隆史さん。造本のこと、唐詩と宋詩の違い、江戸の女性漢詩人、土屋竹雨「原爆行」などについて話す。

イベント終了後は、あらかじめ考えていた方法で本にサインをする。サインってなんだか偉そうだし、なにより単純に恥ずかしいのでなんとかならないかなあ…と前から思案していたのですけど、下の写真の場所だったらすんなりできるので気に入っています。


8月4日(土)

編集工学研究所で、風韻講座の特別編「半冬氾夏の会」に出演。タイトルは「二〇一八年夏秋の渡り」で、酒井抱一「夏秋草図屏風」がほのかに匂いづけされている。お相手は歌人の小池純代さんとイシス編集学校校長の松岡正剛さん。

第1部では前もって参加者に出されていた宿題(拙句から栞にしたい一句を選び、さらにその栞を挟むのにぴったりな本を挙げる)に対して小津が寸評を加えるといった、全くもってご冗談でしょう!的遊戯をおこなう。遊戯の締めには朗読も。第2部では小池&松岡両氏と、複数の言語を耳でどのように捉えているか、俳句を構成しているレイヤーのこと、新刊の話題などについておしゃべりした。

この日は贈り物もいただいた。草花を寄せた花籠で、奇しくも酒井抱一的風韻をそこはかとなく感じさせる。送り主の名を聞くと、まだお目にかかったことのない知人から。人と人とはじかに会うのも楽しいけれど、そこに至るまでの長い時間も文句なしに素敵です。


2018年8月4日土曜日

◆週刊俳句の記事募集

週俳の記事募集

小誌「週刊俳句は、読者諸氏のご執筆・ご寄稿によって成り立っています。

長短ご随意、硬軟ご随意。

お問い合わせ・寄稿はこちらまで。

※俳句作品以外をご寄稿ください(投句は受け付けておりません)。

【記事例】

句集を読む ≫過去記事

最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

句集全体についてではなく一句に焦点をあてて書いていただく「句集『××××』の一句」でも。

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌、同人誌……。必ずしも網羅的に内容を紹介していただく必要はありません。ポイントを絞っての記事も。


そのほか、どんな企画も、打診いただければ幸いです。


紙媒体からの転載も歓迎です。

※掲載日(転載日)は、目安として、初出誌発刊から3か月以上経過。

2018年8月3日金曜日

●金曜日の川柳〔普川素床〕樋口由紀子



樋口由紀子






ごはんほかほか顔の左右の不思議なずれ

普川素床 (ふかわ・そしょう)

不思議な川柳である。状況をそのまま詠んでいるように見えるが決してそうではない。そのように見せかけているだけで、そのときの自分の感覚を色濃く出してきている。実際に見えないものを言葉で見ているようだ。

「ごはんほかほか」と「顔の左右の不思議なずれ」はつながっているのか。それとも切れているのか。「ごはんほかほか」はたぶん人生で五本の指に入るくらいの嬉しいことである。けれども、「顔の左右の不思議なずれ」となると、五本の指を大きく揺さぶる。「ごはんほかほか」の日常の幸せ感がなにやらへんになり、変質する。なぜそうなのかとの細部はどこにも書いていないし、匂わせてもいないので、別の意義が出てきそうでもある。ミステリーであり、ホラーである。それが日常というものの正体かもしれない。〈落花の夢無数の窓があいていて〉〈やさしさのせいで馬の顔は長くなった〉〈皮一枚思想一枚堕落せよ〉。

2018年7月31日火曜日

〔ためしがき〕 光景 福田若之

〔ためしがき〕
光景

福田若之


しりとり → りんご → ゴリラ → らっぱ → かぼす → ふくれっ面 → 麻酔銃 → 細胞膜 → シンドラーのリスト → 明鏡止水 → 犬が通る → まさかり担いだ金太郎 → 白いですね → タッカルビ → 今際 → ……

2017/7/13

2018年7月30日月曜日

●月曜日の一句〔河内静魚〕相子智恵



相子智恵






雨上がりのやうなメロンを掬ひけり  河内静魚

句集『夏夕日』(文學の森 2018.6)所収

〈雨上がりのやうなメロン〉とはどんなメロンだろうか。

雨に洗われたような瑞々しい美しさ……はもちろん感じられるのだが、私は雨上がりのムウッと湿った空気の匂いを真っ先に想像した。ウリ科特有の植物の匂いと、夏の雨上がりの湿った匂いとは、言われてみればどこか近い。

〈雨上がりのやうな〉の詩的なたとえを〈掬ひけり〉のスッとした締め方で受けて、繊細な美に傾けてある句だとは思う。しかしながら〈雨上がり〉に内包されるイメージの大きさが、一句の美の振れ幅を大きくし、野太い命を吹き込んでいる。ここに描かれたメロンは単にキラキラと美しいだけではなく、そこに湿った匂いという「生命力」が感じられてくるところが強いと思うのである。

このメロンは、きっと美味い。

2018年7月29日日曜日

〔週末俳句〕四文字ワード 千野千佳

〔週末俳句〕
四文字ワード

千野千佳


先日、テレビ番組で四文字ワードだけでロケを乗り切るという企画を観た。俳句的な企画だと思った。文字制限があるなかで、状況に当てはまる言葉を探すゲームだからだ。

この四文字ワードゲームを実際にやってみた。

ちょうど夫がお風呂から出てきた。

私「あがった?」

夫「うん」寒そうにしている。

私「エアコン」と言ってエアコンを消す。

夫「ありがとう」

私「こちらへ」と言って夫をテーブルへ誘導。

「ビーフン」と言ってコンビニで買ったビーフンのお惣菜のビニールをはがす。

「しずかに」と言って電子レンジの扉を開ける。(先日、電子レンジの扉の開け閉めがうるさいと夫に文句を言われたのであてつけで言っている)

「みそしる」と言って鍋を火にかける。みそ汁が沸騰しはじめたら「いかほど?」と聞く。(先日、みそ汁が熱すぎると夫に文句を言われたのであてつけで言っている)

夫「ごめんねぇ」と笑っている。

私「たこやき?」「まってて」冷凍のたこ焼きをレンジで温める。私「おまたせ」「あおのり」「かけてね」

夫、みそ汁のおかわりを催促。私「もうない」「ごめんね」

テレビで横浜横須賀道路を車が逆走したというニュース。私「よこよこ!」(※横浜横須賀道路の略)

夫、チョコプリンを食べている。私「ひとくち」「ちょうだい」あーん、と口を開ける。「のうこう」「あとひく」「しあわせ」

私「今日の私、なにか変じゃない?気がつかない?」と聞くと、夫「わからない」とのこと。

四文字だけで夫婦の会話は成り立つようだ。

いつもよりジェスチャーや表情が大げさになり、上機嫌にみえたのかもしれない。

このゲーム、単調な毎日に飽きたときにいい。日常生活にちょうどよい課題を与えてくれる。

あるいは苦手なひとと話すときや、気乗りしない飲み会のときにひそかにやってみるといいと思う。「うんうん」「そうだね」「なるほど」などで適当に相づちをうち、四文字ワードを見つけたらテンションが上がって「エイヒレ!」なとど叫んでしまいそうだ。



2018年7月27日金曜日

●金曜日の川柳〔吉田吹喜〕樋口由紀子



樋口由紀子






ガラガラヘビ海に向かって「バカヤロー」

吉田吹喜 (よしだ・ふぶき)

蛇年生まれのせいか、そんなに蛇が苦手ではない。確かに気持ちいいものではないが、その程度である。夫は大の蛇嫌いで蛇に出会うと普段の10倍ぐらいの速さで逃げる。相性が悪いのかもしれない。

ガラガラヘビが海に向かって「バカヤロー」と叫ぶわけがないから、叫んだのは作者だろう。「バカヤロー」と叫びたいことがあっても、そんな事は微塵も感じさせないで生きていくのが生きていくということだと作者は思っている。だから「ガラガラヘビ」に身代わりをしてもらった。ではなぜ「ガラガラヘビ」なのか。ガラガラヘビは蛇の中では大柄である。そういえばと思い当たる節がある。ガラガラヘビは危険が近づくと尾を急激に振って、「じゃあ」とか「じい」とかの独得の音を発する。その「ガラガラ」の音に自分に重ねているのかもしれない。「おかじょうき」(2017年刊)収録。

2018年7月26日木曜日

●木曜日の談林〔松尾芭蕉〕黒岩徳将



黒岩徳将








わすれ草菜飯につまん年の暮 芭蕉
 

『江戸蛇之鮓』より。延宝六年作。「わすれ草」は甘草のことで、薬性が人の憂いを払うとされる。句意はなんてことはなくて、わすれ草を摘んで菜飯にして、年の憂さを忘れてしまおうということだ。「わすれ」の連想だけど句を捉えると、あまり面白さも見いだせない。『芭蕉全句集』(角川ソフィア文庫)には、京の千春・信徳を迎えた三吟歌仙の立句とある。気になるのは、角川ソフィア文庫には「菜飯」に「なめし」と振り仮名が振っているのに対し、桜風社のものには「なはん」とあり、注には、『芭蕉盥』に「ナハン」の振り仮名がある。とある。

ナハン、の方があっけらかんとして、一年を忘れられそうな気がする。

2018年7月25日水曜日

【新刊】小津夜景『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』

【新刊】
小津夜景『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』


42篇中、10篇の初出が「ウラハイ」、3篇が「週刊俳句」(いずれも大幅な加筆あり)、ということで、当サイトには縁のある本。

なお、「初出一覧」の記載(p213-214)で「ウラハイ」「週刊俳句」のいずれにも「ブログ」とあるのは謎。

(西原天気・記)



〔評判録・一部〕
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO33209220Q8A720C1MY6000/
https://twitter.com/noe70/status/1021352610337472512
https://twitter.com/yomutokaku/status/1020644535771131904
https://bookmeter.com/books/12905689
https://twitter.com/kazukoan/status/1020261598231851008
https://twitter.com/hitotter16/status/1018775679385473024
https://www.imgrumweb.com/post/BlPdQdTA-_K
https://twitter.com/kurumidoshoten/status/1016980936418705410
http://gatan-goton-shop.com/blog/2018/06/29/%E5%B0%8F%E6%B4%A5%E5%A4%9C%E6%99%AF%E3%81%95%E3%82%93%E3%80%8E%E3%82%AB%E3%83%A2%E3%83%A1%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%AA%AD%E6%9B%B8%e3%80%80%E6%BC%A2%E8%A9%A9%E3%81%A8%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%99/

2018年7月24日火曜日

〔ためしがき〕 砂漠 福田若之

〔ためしがき〕
砂漠

福田若之


タクラマカンでだまくらかされたんか、枕つかまされたんか、貸されたんか、まかりまからんな、まさかりかままかりか、枕かさぶらんか、カサブランカのそばはサハラだ。砂漠ちがい。鯖、食い違い、朝が来る土地がいい。朝来るさ、浅草、シラクサのいらくさ、生えてるか知らんが、エーテルか言い得てるか白髪結いあげていいなりで来つ寝。安倍晴明。Say "bleeeeeeeeeat!" 読まずに食べた。烏賊の嫁は嫁菜か烏賊か、夜目が効くか否か、読めないか?

2017/7/10

2018年7月23日月曜日

●月曜日の一句〔仁平勝〕相子智恵



相子智恵






弟と母相乗りで茄子の馬  仁平 勝

『シリーズ自句自解Ⅱベスト100 仁平 勝』(ふらんす堂 2018.6)所収

お盆に祖先の霊を迎える精霊馬(しょうりょううま)。祖先が家に帰ってくる時の乗り物として供えるとされる。胡瓜は馬、茄子は牛で、胡瓜の馬で早く駈けて来て、茄子の牛でゆっくり帰ってほしいという意味があるようである。

考え方としては、その家につながる祖先は全員、精霊馬に乗ってくるのだろうが、その中で弟と母に限定しているのは、彼らの新盆であるのだろうと想像される。家族を二人も亡くした(しかも弟は自分より若いのに)辛い年だったのだ。

祖先がどのように精霊馬に乗ってくるのか(ひとり一人別々に?全員で一つの馬に?)など考えたこともなかったが、弟と母が相乗りでやってくるのだと言われるとじんとしてしまう。茄子であることを考えると帰り道かもしれない。相乗りの二人の後ろ姿をじっと見ている作者。また来年一緒に来てくれよ、と。

2018年7月22日日曜日

〔週末俳句〕こう暑いと 西原天気

〔週末俳句〕
こう暑いと

西原天気




こう暑いと、

  幸福だこんなに汗が出るなんて  雪我狂流

なんてことも言ってられない。

外を歩くとき、着替えのシャツを持っておくと、便利ですよ。丸く畳んでキッチン用の小さなポリ袋に入れて鞄へ。カメラなど精密機器の緩衝材にもなります。


週刊俳句の読者からメールがいただくことがあります。先日は、「西原さんが亡くなったあとも週刊俳句をなんとか残す方法」を考えているとか書いてあって、「おい、勝手に殺すな! 長生きさせろ!」と心の中でだけ反応して、返信メールは打ちませんでした。

また先日は、俳句世間への不信感をつのらせて、かなり煮詰まったメールが来たので、「とりあえず、これ、見て ↓↓↓」と返信しました。

goo.gl/YnLQCL

みなさま、この一週間も、健やかにお過ごしください。

2018年7月20日金曜日

●金曜日の川柳〔笹田かなえ〕樋口由紀子



樋口由紀子






熟れていくいちじく じっとりと昨日

笹田かなえ (ささだ・かなえ) 1953~

いちじくが美味しそうに店頭に並んでいる。子どもの頃はいちじくが嫌いだった。田んぼの端に実っていて、母は農作業の途中でもぎ取り、美味しそうに食べていた。一つ食べるかと聞かれても決して食べたいとは思わなかった。そのかたちも白い液が出るのも、なによりもべっちゃとした熟し方が気持ち悪かった。生々しさが苦手だったのだ。

掲句はいちじくのその生々しさをねじ曲げて、情念を引き出している。「熟れていくいちじく」をリセットせずに、「じっとり」で追い打ちをかける。モノと時間を抒情的に捉えて、状況の対する感覚をうまくキャッチしている。「じっとり」が持っている粘着的な言葉の姿を生かし切っている。

〈空き缶を拾う神さま見ていてね〉〈やさしくてどこもかしこシャーベット〉〈そのつもりなくてもちょっとかたつむり〉〈花束で殴るだなんてアルデンテ〉〈この先はきっと無意味にステンレス〉 『川柳作家ベストコレクション 笹田かなえ』(2018年刊 新葉館出版)所収。

2018年7月19日木曜日

●木曜日の談林〔井原西鶴〕浅沼璞



浅沼璞








編笠は牢人かくす小家かな 西鶴
 

『点滴集』(延宝8年・1680)

ほんらい暑さをしのぐ「編笠」だが、用途はさまざま。プライドの高い浪人(当時の用字で牢人)が、その氏素性を隠すためにかぶったり、わけありの遊客が遊里の入口で借りたり。深編笠もイロエロである。

そこで〈編笠は小さな隠れ家だ〉と見立てをきかせたのが掲句。

がしかし、それにしても、もし浪人が遊里の青暖簾をくぐるのだとしたら
〔*〕、〈隠れ家〉を被った男がさらに〈隠れ家〉へしけこむわけで、なんとも癒えぬ……失礼、なんとも言えぬ、滑稽さが目に浮かぶ。

やめられない、泊まれない〈隠れ家〉の連鎖、とでも言おうか。

〔*〕「青暖簾」は端女郎の部屋にかけた紺染の暖簾。


2018年7月18日水曜日

●夜光蟲

夜光蟲

夜光蟲闇をおそれてひかりけり  久保田万太郎

夜光虫古鏡の如く漂へる  杉田久女

夜光蟲闇より径があらはれ来  加藤楸邨

夜光虫枕の下をただよへる  橋本榮治


2018年7月17日火曜日

〔ためしがき〕 どんぶらこ 福田若之

〔ためしがき〕
どんぶらこ

福田若之


思うに、『桃太郎』のハイライトは「どんぶらこ」というあの言葉だ。ほかは別に読まんでもよいという気さえする。てんぷら粉。いやそれこそドンブラ粉というひみつ道具があるわけだけれど、てんどんまんのちりめんどんやのどんぶりととんぶりのまぐわい。くわいはあまり好きではない。はないか。花鳥賊の家内は内科医か仲居か烏賊か。はないかのかがないならはないではないだろうか。歯ないの? ぱないの! 花鳥賊のてんぷら。

2017/7/10

2018年7月15日日曜日

〔週末俳句〕不審者っぽい 村田篠

〔週末俳句〕
不審者っぽい

村田 篠


「庭に河骨の花が一輪咲いたから、見てきたら?」と母が言う。見にゆくと、黄色いつぼみがひとつ。家に入って「可愛いね」と報告したら、母は「お父さんに言っても反応がないから」と言った。私が反応したことがうれしかったらしい。

高齢の両親のようすを見るために、ときどき田舎へ帰る。といっても、一日中仕事があるわけではなく、すぐにすることはなくなってしまう。田園地帯で遊びに行くところもないので、スマホを持って家を出る。

散歩がてら、周辺の写真を撮っていると、すれ違う人々が怪訝な表情でこちらを見る。田んぼや畑で働いている人たちも、ふと手を止めて様子をうかがう。それはそうだ。田んぼの稲や、畑の茄子やトマトの写真を撮る人なんて、この辺りにはひとりもいない。そんなことをする意味が分からない。この人は、どうしてこんなことをしているの?

いささか不審者っぽい自分の姿を自覚して、思わず笑ってしまう。そうだよね。都会ではあらゆる人がスマホ片手に写真を撮っていても、誰も気にかけない。ここはまだ、そういう人たちが来ない場所。もしかしたら、この先もずっと。

でも私は、この風景たちを撮るのが楽しい。知らないものだってたくさんある。例えば、農道の脇で撮った植物の名前。母に訊いても分からなかった。SNSに上げると岡田由季さんが「ニゲラの種かもしれませんね」と教えて下さった。調べてみたら、その通りだった。

母はニゲラを知らなかったらしい。じつは私も最近までよく知らなかった。観賞用に栽培される花だと思っていたので、農道の脇に無造作に生えていることに少し驚いた。母にもそのことがどうやら不満だったらしく、しばらくいろいろな植物の名前を挙げていたが、やがて「そんな花があるんだね」と呟いた。




2018年7月14日土曜日

【人名さん】つげ義春

【人名さん】
つげ義春

尾行せよ炎昼をつげ義春を  大野泰雄


2018年7月13日金曜日

●金曜日の川柳〔吉田健治〕樋口由紀子



樋口由紀子






横顔が植物園になっている

吉田健治(よしだ・けんじ)1939~

自分の横顔が植物園になっているのを感じたのだろうか。それとも妻か身近な人の横顔が植物園になっているのを気づいたのだろうか。「植物園のように」ではなく、「植物園に」である。独自の把握である。横顔とはそういうものだと語調を落して言っているように思う。

「植物園」は陽の当たり具合や場所で別々の様相になり、華やかであり、種々の寂しさもある。作者が「植物園」をどう捉えたかはわかるようでわからないが、感触が伝わってくる。あとづけでいろいろと想像できる。「横顔」や「植物園」のわけのわからない存在感を出している。

〈ある桜扁桃腺を病んでをる〉〈いちにちというぺらぺらの洗面器〉〈老人は考えながら寝る木です〉〈死はいつもシャボン玉を吹いている〉。「彼は江戸っ子だ。気は優しくて力は無い。」と鑑賞の渡辺隆夫節が冴えている。『青い旗』(2013年刊 抒情文芸刊行会)所収。

2018年7月11日水曜日

●クーラー

クーラー

クーラーのしたで潜水艦つくる  大石雄鬼

クーラーのきいて夜空のやうな服  飯田 晴

クーラーに認識されてゐるらしき  えのもとゆみ〔*〕


〔*〕『なんぢや』第38号(2017年9月10日)

2018年7月10日火曜日

〔ためしがき〕 繁殖 福田若之

〔ためしがき〕
繁殖

福田若之


ためしがきに「文」のふりをさせるのはもうやめよう。主題を抜きに書くこと。ここではいっそ、出鱈目に期待してみよう。ためしがきのポテンシャルはそこにある気がする。

ほら、掲げたタイトルのことを僕はもう忘れている。

2017/7/9

2018年7月9日月曜日

●月曜日の一句〔石寒太〕相子智恵



相子智恵






点滴や梅雨満月の高さより  石 寒太

句集『風韻』(紅書房 2017.11)所収

夜、病院のベッドに仰臥して点滴を受けている。入院しているのだ。吊るしてある薬液のパックの後ろには、窓から満月が見えている。

一滴ずつ落ちる薬液をぼんやり眺めていると、薬液のパックの高さと、梅雨満月が同じ高さであることに気がついた。もちろんその距離は全く違うのだけれど、この病院のベッドの上では、二つは同じ場所にあるのだ。

梅雨の月だから、きっと輪郭は滲んでいるのだろう。滴るような満月を見ているうちに、だんだんと梅雨の満月から降り注ぐ滴が、体内に入っていくような気持ちになってくる。
淡々と写生しながら、読者を静かで幻想的な世界へと連れていってくれる。リアルで、しかも美しい景だ。そしてその奥に、境涯が透けている。

2018年7月8日日曜日

〔週末俳句〕七夕と朝顔市 西原天気

〔週末俳句〕
七夕と朝顔市

西原天気






2018年7月7日土曜日

◆週刊俳句の記事募集

週俳の記事募集

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2018年7月6日金曜日

●金曜日の川柳〔徳田ひろ子 〕樋口由紀子



樋口由紀子






大声で泣けるのかそのポルトガル

徳田ひろ子 (とくだ・ひろこ) 1956~

川柳はたった十七文字だから完成するのは早い。だからの衝撃度も出る。短いので慎重でなければならないこともある。けれども、掲句は瞬発力ですべてをチャラにしている節がある。

「ポルトガル」は比喩なのか、単に語感なのか、虚構を作り上げているのか、実はよくわからない。「ポルトガル」が謎であり、突飛であるが、謎も突飛も日常から身をかわさないで、大声で泣きたい作者と二重写しになる。さらに「その」だから、手の届く触れそうな距離にあり、もどかしさも感じさせる。解釈はできなくても「そのポルトガル」には吸引力があり、怯んでしまいそうになる。

〈片足を上げた高さでポルトガル〉〈とまとならメメント・モリのこの辺り〉〈海抜の高さをシントラと競う〉 「ふらすこてん」(57号 2018年刊)収録。

2018年7月5日木曜日

●木曜日の談林〔松尾芭蕉〕黒岩徳将



黒岩徳将








秋きぬと妻こふ星や鹿の革 芭蕉
 

 『江戸通町』より。『芭蕉全句集』(桜風社)では延宝五年作とあるが、『江戸通町』が延宝六年跋なので、延宝六年の作の可能性もある。「秋きぬと」の出だしには、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる/藤原敏行朝臣」を嫌でも思い出す。「妻こふ星」は牽牛星で、妻は織女星のことである。この句は「妻こふ鹿」と思いきや先に「星」を出してきた。秋になると鹿の外側の毛に斑点が現れる。それを星に見立てた。星合のイメージから派生して、芭蕉が本当に出会わせたかったのは七夕と鹿なのである。この、妻→織女→牽牛→星→革→鹿のイメージの転化プロセスと、「や」の切れによる見立ての強調という2つの技の影響は今の俳句にどれほど残されているのだろうか。

2018年7月3日火曜日

〔ためしがき〕尊敬する敵 福田若之

〔ためしがき〕
尊敬する敵

福田若之


もし、過去の俳人たちのうちで、尊敬する敵の名をただひとり挙げることを求められたなら、そのとき、僕はおそらく富澤赤黃男を挙げることになるだろう。高濱虛子ではない。うまく名付けることができないのだが、僕にとって、虛子は、敵というのとはすこし違っているようなのである。

赤黃男は、僕にとって、いかなる点で尊敬する敵であるのか。よく知られた警句を挙げよう。
蝶はまさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではない。
「クロノスの舌」に記された赤黃男のこの言葉は、おそらく、直接的にであれ間接的にであれ、マラルメの「詩の危機」のある箇所を踏まえたものであろう。訳して引用する。
それにしても、あの驚くべきものがいったい何になるというのか、自然の事象を振動性のほとんど消失に等しいものへとパロールの働きにしたがって移し替えるあの驚くべきものは、もしそれが、卑近なあるいは具体的な喚起によって妨げられることなしに、純粋な観念を放射するためのものではないのだとしたら。

私は言葉にする――一輪の花! すると、私の声がどんな輪郭をも追いやる先である忘却の、その外で、知られているところの萼とは別の何かが、音楽的に立ちあがるのだ、観念そのものにして甘美なるもの、あらゆる花束に不在のものが。
けれど、たとえば、ランプ、すなわち赤黃男が「潤子よお父さんは小さい支那のランプを拾ったよ」と記したあのランプさえもが、もし、まさに〈ランプ〉であるが、〈そのランプ〉ではないのだとしたら、もし、《このランプ小さけれどものを想はすよ》と記されたあのランプさえもが結局のところ純粋な観念でしかないのだとしたら、それがいったい何になるというのか。

なるほど、赤黃男の句で、これほどまでに具体的なものは極めて例外的であるかもしれない。《蝶墜󠄁ちて大音󠄁響󠄁の結氷期》をはじめとして、《ペリカンは秋晴れよりもうつくしい》も、《甲蟲たたかへば 地の焦げくさし》も、《切株はじいんじいんと ひびくなり》も、《草二本だけ生えてゐる 時間》も、さらには《戀びとは土龍のやうにぬれてゐる》といった句でさえ、言葉は純粋な観念を狙っているようにみえる。そして、赤黃男のこれらの句に、僕もまた何かしら甘美なるものを感じずにはいられない。だが、まさしくそれゆえにこそ、赤黃男は、僕にとって、尊敬する敵であるだろう。

ある意味において、赤黃男は「肉󠄁體」を強く意識した作家であるともいえる。だが、『魚の骨』の「まへがき」に「僕は、一・七メートルの肉󠄁體をこの上もなく愛する。この肉󠄁體は、あらゆるものの中で、最小の肉󠄁體だと云はれる」と記すとき、赤黃男が「肉󠄁體」という言葉で暗に言わんとしているものは、要するに、しばしば「一七音の詩形」とか「最小の詩形」とか謳われる、あの観念としての〈俳句〉にすぎない(そうでなければ、「一・七メートル」もある「肉󠄁體」について、どうして「あらゆるものの中で、最小」だなどと語ることができよう)。そして、おそらくはそれゆえに、のちに『蛇の笛』に収められた《肉󠄁體や 弧を畫いてとぶくろい蝶》という一句において、「肉󠄁體」は、蝶――まさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではないもの――と結びつけられることになるのである。

だが、この赤黃男的な「肉󠄁體」は、僕に言わせれば、まったく「肉󠄁體」ではない。「肉󠄁體」ないしは身体という言葉を、僕は、数かぎりない具体的で個別的なもののひとつひとつのために、たとえば一句一句のために、取っておきたいのである。

赤黃男による一連の理論的な言説に逆らって、赤黃男における個別的なもののひとつひとつを、そしてまた、彼自身という個別的なものを、いかにして引き出すことができるのか。いずれ僕が赤黃男という敵に対して正面から本格的に取り組む機会があるとすれば、その戦いは、最終的にはこの点にかかっているのだろう。たとえば「このランプ」をいかにして救うことができるかという点に。

2017/7/1

2018年7月2日月曜日

●月曜日の一句〔柴田多鶴子〕相子智恵



相子智恵






トラックが去り片蔭を持ち去りぬ  柴田多鶴子

『季題別 柴田多鶴子句集』(邑書林 2018.7)所収

関東甲信地方では梅雨明けが宣言され、週末の東京は暑かった。少しでも日陰を選んで歩きたい季節となった。

掲句、明瞭な一瞬である。〈片蔭〉は炎天下に建物や塀などにできるくっきりとした日陰。停車中のトラックが作っていた日陰を歩いていたところ、トラックが走り去り、その〈片蔭〉までもが持ち去られてしまった。

トラックの日陰がなくなってただでさえ暑いのに、さらに去aっていくトラックの排気ガスの熱と匂いまで感じられてきて、ダメ押しな感じで暑い。片蔭がなくなった、ではなく〈持ち去りぬ〉としたところに恨めしさと残念さが出ていて、なんともいえない俳味があり、クスリと笑った。

2018年7月1日日曜日

〔週末俳句〕200円の悪魔 おおさわほてる

〔週末俳句〕
200円の悪魔

おおさわほてる


京都の梅雨も終盤に差し掛かったある日、ホテイアオイが売られていた。200円ならまぁいいかな、とメダカの鉢に放り込んだら、あっという間に水面を覆ってしまった。


いつの間にか花が咲いている。綺麗な薄紫。花弁は六枚。そのうちの一枚は大きく上に向いている。真ん中に黄色の斑紋があり、なんだかエロティック。「へー!こんな綺麗な花が咲くんや!」と嬉しくなった。



翌朝、なんと、花が水中に突っ込んでいる!


調べてみると、ホテイアオイの花は、茎を曲げ水中へ。そのまま水の中で実を結び、炸裂して種をばら撒くらしい。繁殖力が強く、「青い悪魔」と呼ばれているとか!

首を曲げた花が、水の中でにんまり笑っている気がして、思わず覗き込んでしまった。

200円のくせに、恐ろしい生き物だったのだ。

2018年6月29日金曜日

●金曜日の川柳〔猫田千恵子 〕樋口由紀子



樋口由紀子






阿と吽の間が離れすぎている

猫田千恵子 (ねこた・ちえこ) 1962~

寺院山門の仁王や狛犬など一対で存在する像の阿吽がある。阿吽の呼吸、阿吽の仲などと言われている。一見、阿吽像を見ての感想のようだが、「離れすぎている」を捉えることで、転じて人生の実感にうまく繋げている。

「離れすぎている」と見たのは作者の意見だが、川柳的な視点である。だれもが思わないというほどでもないが、あまり気にとめないで見過してしまうことを、ほとんど人があたりまえに見えていたものをわざわざ「離れすぎている」と書きとめることによって共感を獲得している。

〈半身は太平洋を向いたまま〉〈図書館は濡れないように建っている〉〈脱いでみるなんだ小さな蟻だった〉。『川柳作家ベストコレクション 猫田千恵子』(2018年刊 新葉館出版)所収。

2018年6月26日火曜日

〔ためしがき〕読むこと、途上 福田若之

〔ためしがき〕
読むこと、途上

福田若之

T・S・エリオットの「J・アルフレッド・プルーフロックの恋歌」に次の一節がある。
Streets that follow like a tedious argument
Of insidious intent  
To lead you to an overwhelming question....
Oh, do not ask, “What is it?”
Let us go and make our visit.
試みに訳してみよう。
街は続く 退屈な議論のように
隠された意図についての
君をとてもかなわない問いへと誘おうとする議論のように……。
おい、訊くなよ、「それは何」なんて。
僕たちは行こう、そして訪ねよう。
こんな具合だろうか。「それは何?」すなわち「とは何か」の問いを発することが強く戒められている。隠された意図を探る退屈な議論に引きずられてはいけない。そのさきに待っているのは、とてもかなわない問いでしかない。

「とは何か」、これは旅人を殺す問いの形式だ。旅人を殺すためには、「とは何か」という問いに彼らの足を引き留めさせるだけでよい。行かぬ者はもはや旅人ではないのだから。かくして「とは何か」の問いは足を狙う。ピーキオン山のスフィンクスはこのことをよく心得ていた。彼女の問いは、じつに足を狙うまなざしそのものだ。四本足、二本足、三本足――彼女の問いは、人間の足をじっと見ている。そして、「とは何か」。聡明なオイディプスでさえ、この問いに答えてしまったがゆえに旅人であることを失う。彼はそのままテーバイの王になってしまうのだ。オイディプスの名は「腫れた足」を意味する。

読みを彷徨させるために、もはや「とは何か」と問わないこと。そうではなく、移ろいに身を任せること――「僕たちは行こう、そして訪ねよう」。エリオットの詩は、そのことへと読み手を誘う。

ロラン・バルトは「文学はどこへ/あるいはどこかへ行くのか?」と題されたモーリス・ナドーとの対話のなかでこんなことを言っている――「読者を潜勢的あるいは潜在的な作家にすることに成功する日が来れば、あらゆる読解可能性についての問題は消えてなくなるだろう。見たところ読みえないテクストを読むときにも、そのエクリチュールの動きのなかでなら、そのテクストのことがとてもよくわかるものだ」。読み手としてエクリチュールの動きに身を置くこと。エリオットの一節は、おそらくこのことに通じている。あるいは、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』のことを思う。

2017/6/22

2018年6月25日月曜日

●月曜日の一句〔菅美緒〕相子智恵



相子智恵






今年竹黄泉より水を吸ひ上げて  菅美緒

シリーズ自句自解II ベスト100『菅美緒』(ふらんす堂 2018.6)所収

筍の状態から、たちまち成長する今年竹。生命力の塊のようなその青々とした今年竹の成長が〈黄泉より水を吸ひ上げ〉た結果であるということに驚く。竹林は寺社の庭園や墓所に植えられているイメージもあり、黄泉の国という飛躍も、言われてみれば納得だ。

死者からもパワーを吸い取る恐るべき生命力。それは一瞬、気味悪くもあるのだが、死者から続くこの命と見れば貴くもあり、普遍的である。

掲句は句集『左京』(ふらんす堂 2016刊)初出。

2018年6月24日日曜日

〔週末俳句〕写真 上田信治

〔週末俳句〕
写真

上田信治


鹿児島から入って、宮崎に泊まり、大分に泊まり、松山に泊まり、福山に泊まるという旅行をした。全部一泊ずつ。この動線のながーい旅行を計画したのは妻だ。

鹿児島で思ったこと。
西郷どんのペーパークラフトが、あちこちに飾られていて、それが、柳原良平のアンクルトリスとか赤福の旅びとを連想させる造形なんだけど、あのアメリカっぽい造形の原型はなんだろう。

宮崎で…
シーガイアに泊まったら、ラグビー日本代表が合宿をしていた。大浴場にそれらしき人たちが入ってきたのだけれど、ふつうに予想できる範囲の、いいガタイをしていた。

大分で…
漫研の後輩がオーナーシェフのレストランへ行く。彼女のダンナさん(彼も漫研)が大分出身で、こっちで店をはじめた。彼から、むかし、大分県人が宮崎県へ行く、ということが、どれほど考えられないことだったか、という話を聞く。

愛媛で…
夕日のきれいな駅で有名な予讃線下灘駅の下を、ちょうど日没のころに通りがかる。駅で夕日を眺める人たちを見ることが出来て、満足。

松山で、ご飯の店をさがして大街道へ。ここが、あの!と思う。

福山で…
かつて常石造船という会社の「迎賓館」だったというホテルに泊まった。そんなふうに、日本の会社にお金があった時代があったんだな、と思ったけれど、そのホテルはまだ常石の所有なのだという。翌日、そもそも目的地であったお寺(神勝寺)に行ったのだけれど、その寺も常石の寄進によって建ったのだそうで、はあ、もう領主だなと。

妻はどこへ行っても写真を撮る人で、自分は、手持ちぶさたなので、写真を撮っている妻をうしろから写真に撮る。

「写真を撮る妻のうしろ姿」が、写真フォルダに溜まっていって、だんだんライフワークのようになってきている。


2018年6月23日土曜日

●栞



梶の葉を朗詠集の栞かな  蕪村

ががんぼの一肢が栞卒業す  斎藤慎爾

栞も指も挟み夕立見てをりぬ  中山奈々


〔*〕『セネレッラ』第16号(2018年6月20日)より

過去記事「栞」
http://hw02.blogspot.com/2017/08/blog-post_31.html


2018年6月22日金曜日

●金曜日の川柳〔柴田午朗 〕樋口由紀子



樋口由紀子






男か女くらいは分かる九十八歳

柴田午朗 (しばた・ごろう) 1906~2010

「わかる?」「できる?」などと老人に対して、わからないこと、できないことを前提として、尋ねてしまうことがある。九十八歳はどのようなのか。ひょっとしたら、自分だってその年齢まで生きているかもしれない。だから、つい聞いてしまう。それに対しての簡潔な回答のような川柳である。作者にとっても初めての経験で発見もあり戸惑いもある。確かにわからないことも徐々に増えてきているだろう。しかし、みんなが想像するほど、みんなのご期待に添えるほどの年寄りではないのだ。

大いなる皮肉をたっぷり含ませて、豊かなユーモアをもって言い切っている。老いの心情をちょっと斜めの角度から、今ここに存在し、この世を見ている「九十八歳」を表出している。〈鍼医者にほめてもらった九十三〉〈九十歳嘘がだんだんうまくなる〉〈お辞儀さえして居ればよい敬老日〉。「川柳大学」(88号 2003年刊)収録。

2018年6月21日木曜日

●個性

個性

個性も単なる蛞蝓の跡黄に乾く  原子公平

栗虫のその栗色に個性あり  如月真菜

白玉に個性がないと叱りけり  雪我狂我



2018年6月19日火曜日

〔ためしがき〕 爪 福田若之

〔ためしがき〕

福田若之

まずは、ジェイムズ・ジョイスの『若い藝術家の肖像』。次の引用は、主人公であるスティーブン・ディーダラスの発言の途中からである。
藝術家の個性というのは、最初は叫びとか韻律とか気分なんで、それがやがて流動的で優しく輝く叙述になり、ついには洗練の極、存在しなくなり、いわば没個性的なものになる。劇的形式における審美的映像というのは、人間の想像力のなかで洗練され、人間の想像力からふたたび投影された生命なんだ。美の神秘というのは、宇宙創造のそれみたいにして成就される。藝術家は、宇宙創造の神と同じように、自分の細工物の内部か、後ろか、彼方か、それとも上にいて、姿は見えないし、洗練の極、存在をなくしているし、無関心になっているし、まあ、爪でも切っているんだな。
 ――爪も洗練させて、存在しなくしようってわけか、とリンチが言った。
(ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』、丸谷才一訳、集英社、2014年、400-401頁)
したがって、ここでスティーブンの思い描く究極の「藝術家」は、言ってみれば〈爪を切るひと〉だ。〈爪を切るひと〉は、存在をなくした、洗練の極たる没個性的なものとして語られている。
 
ところで、哲学者のジル・ドゥルーズは〈爪を切らないひと〉だった。ドゥルーズは、「口さがない批評家への手紙」のなかで、自分の爪が伸び放題になっていることについてのミシェル・クレソールの解釈をとりあげながら、この批評家に宛てて次のとおり述べている。
きみは手紙の最後のところで、私が着ている労働者の上着は(ちがうよ、あれは農夫の上着なんだから)、マリリン・モンローのプリーツ・ブラウスと同じだし、私の爪はグレタ・ガルボのサングラスと同じ意味を持つと書いている。そして皮肉と敵意に満ちた助言をならべたてている。きみが爪のことをしつこく蒸し返すから、ここでちょっと説明しておくとしようか。たとえば、すぐに思いつく解釈として、こんなものがあるだろう。私は母親に爪を切ってもらっていた、したがってこれはオイディプスと去勢に結びつく(グロテスクではあるけれども、これだって精神分析的解釈にはちがいない)。また、こんな指摘をすることもできるだろう。つまり私の指先を見ると、ふつうなら保護膜になるはずの指紋がない、だから指先が物にふれたとき、それも特に織物にさわったとき、私は神経の痛みで苦しむ、だから爪を伸ばして保護しなければならないのだ、とね(これは奇形学と自然淘汰説による解釈だ)。あるいはまた、ことの真相を語りたいなら、こんなふうに説明してくれてもかまわない。私が夢見ているのは不可視になることではなく、知覚されないようになることだ。そして私は爪をポケットに隠すことで夢の埋め合わせをしているのだ。だからまじまじと爪を見つめる人間ほど私にとって不愉快なものはない、とね(これは社会心理学的解釈だ)。さらにこんな説明も可能だろう。「爪をかじっちゃあ駄目だ。それはきみの爪なんだからね。爪の味が気に入っているのなら、他人の爪をかじればいい。それがきみの望みであり、きみにそれができればの話だけどね。」(ダリアン流の政治的解釈)。ところが、きみはいちばん野暮な解釈を選んでしまう。あいつは目立ちたいんだ、グレタ・ガルボの真似をしようというんだ――これがきみの主張だからね。でも、不思議なことに私の友人で爪のことを気にとめた者はひとりもいない。爪のことはごく当たり前だし、種子を運んでくるだけでべつに誰の話題にのぼるわけでもない風が、ひょんなことからそこに爪を残したようなものだ、誰もがそう思っているんだよ。
(ジル・ドゥルーズ「口さがない批評家への手紙」、ジル・ドゥルーズ『記号と事件――1972-1990年の対話』、宮林寛訳、河出書房新社、2007年、15-16頁)
したがって、少なくともドゥルーズ自身にとって、爪を切らないことはマリリン・モンローやグレタ・ガルボのようなスターになることとは何の関わりもない。それは、どちらかといえば、むしろ「知覚されないようになること」に関わるはずのこと――すくなくとも、あえて解釈するならばそう捉えたほうがずっとよいはずのこと――だとされている。

同じ手紙のなかで、ドゥルーズはもう一度「爪」に言及している。次の一節だ。
ところが、みずからの名において語るというのは、とても不思議なことなんだ。なぜなら、自分は一個の自我だ、人格だ、主体だ、そう思い込んだところで、けっしてみずからの名において語ることにはならないからだ。ひとりの個人が真の固有名を獲得するのは、けわしい脱人格化の修練を終えて、個人をつきぬけるさまざまな多様体と、個人をくまなく横断する強度群に向けて自分をひらいたときにかぎられるからだ。そうした強度の多様体を瞬間的に把握したところにあらわれる名前は、哲学史がおこなう脱人格化の対極にある。それは愛による脱人格化であって、服従による脱人格化ではない。私たちは自分の知らないことの基底について語り、わが身の後進性について語るようになる。そのとき、私たちは、解き放たれた特異性の集合になりおおせている。姓、名、爪、物、動物、ささやかな〈事件〉など、さまざまな特異性の集合にね。つまりスターとは正反対のものになるということだ。
(同前、18-19頁)
ドゥルーズにとって、爪とはひとつの特異性である。ただし、ドゥルーズのいう特異性は「目立つ」ということとは何の関わりもない。〈爪を切らないひと〉は、スターとは正反対の、愛によって脱人格化された何者かとして、みずからの名において語る。〈爪を切るひと〉と〈爪を切らないひと〉とが重なり合う。彼らはともに、それぞれの仕方で、種子を運ぶ気ままな風になってみせる。

2017/6/17

2018年6月18日月曜日

●月曜日の一句〔伊藤敬子〕相子智恵



相子智恵






香の強き茅の輪を遠く来てくぐる  伊藤敬子

句集『年魚市潟』(角川学芸出版 2018.5)所収

遠くを歩いていたところ、強い香りによって茅の輪に気づき、遠くから香りに誘われるようにしてくぐったということだろうか。立派な茅の輪が想像されてくる。

これが「遠く来て香の強き茅の輪をくぐる」というような語順であれば普通なのだが、〈香の強き〉よりも〈遠く来て〉が後であることによって、ふっと不思議な感じが生まれている。強い香りの茅の輪に誘われてくぐったのは自分であろうが、遠くの異界からやってきた誰かのような感じもしてくるのだ。

くぐることで穢れを祓う茅の輪だからこそ、この何気ない語順が生む不思議さが生きているように思う。

2018年6月17日日曜日

〔週末俳句〕今更のスマホ・デビュー 仲寒蟬

〔週末俳句〕
今更のスマホ・デビュー

仲 寒蟬


今年のゴールデン・ウィークにスマホ・デビューを果たした。今更の、である。電話とメールだけならガラ携で充分と考えてこれまでやって来た。インターネットはiPadで見られるし、FBには余りのめり込みたくないから家でPCを前にしてしかやらないと決めていた。だからスマホにする理由は何一つないと。

それが急に変節したのは次男の結婚式の写真を撮るのにスマホの画像の方が美しいだろうと判断したからだった。ところが使い始めてみると、嵩張るiPadを持ち歩かなくてもインターネットは参照できるわ、グーグル・マップで吟行中の移動もスムーズにできるわでいいことづくめ。

一番重宝したのはラインである。若い人からすればそれこそ何を今更、であろうが。週末は学会に出かけることの多い筆者、先週は札幌で開催された第20回日本医療マネジメント学会に出席した。スタッフ4名と総勢5名での参加。各自発表があり、別の会場で好きな演題を聴く。場合によっては学会場を抜け出してお茶したり観光もする。そんな時にその場限りのライン・グループを作っておくと「今この会場で面白いプログラムやってるよ」とか「ここのケーキ美味しい」「昼食どうする?」とかの連絡がすぐに取れて便利なことこの上ない。

面白かったのは学会の最中にとある俳人友達から俳句が送られてきたこと。こちらも普段なら平日にヒマしてることはめったにないが、そこは学会中なのでこれ幸いと応じていると連句を仕掛けてきた。筆者が戯れに送った一句に脇句を付けてきたのだ。ほほー、と感心していると第三をつけろと言う。こちらは連句のルールなどろくに知らないし、依田明倫さんが元気な頃に佐久で牙城たちと歌仙を巻いたのが唯一の経験。それでも「次は月の句をお願いします」「地名はもういくつか出てきたからダメ」とかいろいろ指南されながら、何とか学会中に半歌仙に仕立て上げた。

これ、俳句でも利用できるかなあ。誰から送られてきたか分かるので直接句会という訳にはいくまいが、ネット句会みたく誰かがホスト役になれば可能かも。大勢ではなく、それこそ4-5名で旅行した時に旅先でササっと句会できるかもしれない。しかし、とも思う。やはり同じ風景を見て句会するなら膝突き合わせて、短冊にペンで俳句を書いて清記して・・・という句会本来のあり方の方がいい。スマホなんて持っていても所詮はアナログ世代なのだ。


2018年6月15日金曜日

●金曜日の川柳〔丸山ふみお 〕樋口由紀子



樋口由紀子






歳などは取らぬつもりでいる少女

丸山ふみお (まるやま・ふみお)

少女には一種独特の眩しさがある。反面いじわるな部分もある。だから「少女」なのだろう。私もそうだった。大人はお茶ぐらいでなぜそんなにむせるのか、なぜさっさと歩かないのか、なぜ何度も同じことを聞き返すのか、不思議で、ときにはうっとうしく、わずらわしく見えていた。

決して私はそんなふうにはならない、たとえ歳を取ったとしても歳の数が増えただけであり、今とそんなに変りなくやっていけるはずだと思っていた。しかし、ああこれが歳を取ることだとわかるのは実際に歳を取ってからである。

一方、「少女」の頃のしんどさはもうたくさんだということにも気づいた。比べることも競い合うことも歳を取るともうどうでもよくなる。というか、自分のことで精一杯で人のことなど気にする余裕がない。がんばる必要がないのはなんと気が楽で心が軽いことか。「番傘」(2018年刊)収録。

2018年6月14日木曜日

●木曜日の談林〔井原西鶴〕浅沼璞



浅沼璞








御田植や神と君との道の者 西鶴
 
『点滴集』(延宝8年・1680)

掲句版行の4年後、貞享元年(1684)6月5日~6日、住吉神社神前にて西鶴が二万三千五百句の独吟興行をしたのは有名です。その住吉は和歌神というだけでなく、五穀豊穣を祈る「農耕の神」としても有名でした。稲作の始まりとともに農耕神を祭る御田植神事は現在も続いていますが、西鶴の時代、泉州堺(乳守・高洲)の遊女が早乙女となる風習がありました。元来「早乙女」とは、たんなる田植え女の呼び名ではなく、田んぼの神様に奉仕する特定の女性をさしたのです。

さて掲句、「神と君との道」とは謡曲『采女』をふまえ、「住吉の神も国を治める君も栄えあれ」と祝っています。そのめでたい「神と君との道」から尻取りのように「道の者」が導かれる。「道の者」とは遊女の古い呼び名で、ここでは早乙女をつとめる乳守や高洲の女郎をさしています。だから一句は、〈御田植では、「住吉大神と御君の栄えあれ」と遊女が早乙女の役を勤めるよ〉といった感じでしょうか。


「道の者」については、思想史家・沖浦和光氏の著述が参考になります。『「悪所」の民俗誌』(文春新書、2006年)によれば、平安期の遊女は、交通の要衝である宿場や港町にたむろしていたそうです。なかでも淀川沿いの江口や神崎の遊女たちは都でも評判となり、朝廷に仕える貴人高官もしばしばその地を訪れたというだけではありません。彼女たちを宮中によんで得意の芸を奉仕させました。白ずくめの男装をした白拍子などはその代表ですが、芸も達者で容色のすぐれた彼女たちは、神々に祈念する巫女の系譜につらなり、俗人にはない特異な呪力を秘めた女性とみなされていました。後白河院に愛された丹波局、後鳥羽院の寵姫だった伊賀局は、いずれも江口の遊女の出身であったといいます。

いっぽう謡曲『采女』は、さらにさかのぼって奈良時代に君の寵愛をうけた采女(後宮の女官)の伝説をベースにつくられています。前述のとおり西鶴は、「神と君との」という詞章を『采女』から引用し、さらに「の者」という遊女の古名を掛けあわせました。早乙女→采女→道の者(白拍子)という連想経路がみてとれます。沖浦氏によれば、かつて白拍子には、住吉社・広田社・吉田社などに仕え、巫女舞を演じていたものが多くいたそうです。いまでも住吉では、正月や四月の神事として「白拍子舞」が奉納されています。こうした歴史的背景をもって西鶴は句を構想したのでしょう。

ほかにも西鶴は、〈恋人の乳守出来ぬ御ン田植〉と、愛しの乳守女郎による田植ショーを詠んでいますが、独吟興行のときは自分が主人公――西鶴がやって来るヤァ! ヤァ! ヤァ! とギャラリーは大いに盛り上がったことでショー。

矢数俳諧の最終ステージとして住吉が選ばれたのも納得、納得。

2018年6月13日水曜日

●森田童子は死んでいた 山口優夢

森田童子は死んでいた

山口優夢


「N村先生、森田童子が死んじゃいましたね」
「やっぱり、そっと忘れて差し上げなければならないのでしょうか」

1年ぶりに高校時代の同級生だったN村とLINEで連絡を交わした。N村は天然パーマで頭全体がくるんくるんとしていて、髪形が森田童子そっくりだった。もちろん男である。男子校だった我々の毎年5月に行われていた運動会では、負けたら坊主にする者も珍しくなく、決して体育会系でもなかった僕自身がノリで頭を丸めたりしていたが、彼はそんな風習につきあうことはなかった。だからと言って今もそんな髪形なのかは知らない。
たとえばぼくが死んだら そっと忘れてほしい
淋しい時はぼくの好きな 菜の花畑で泣いてくれ
(「たとえばぼくが死んだら」森田童子)
「でも菜の花畑が咲くまであと10か月くらいありますよ」と返信しつつ、僕はこの話の肝はそこにないことを感じていた。問題は、森田童子が死んで淋しいと思う時がいつ来るのか、ということだ。この歌詞は、むしろ菜の花畑を見たら私を思い出して泣け、と言っているのだから。

それから数分後の返信曰く、「亡くなった時は咲いていたかもしれませんね」。そうだ、今は6月だが、実際彼女が亡くなったのは今年の4月24日だそうだ。もう僕らは森田童子のいない世界をそうと知らずに1か月以上過ごしてしまっていた。そのような訃報の伝わり方そのものが、彼女の音楽の受容のされ方と相似しているのかもしれない。

1983年に活動を停止し、10年後に野島伸司脚本のドラマ「高校教師」で「ぼくたちの失敗」そのほかが主題歌や劇中歌で使われたことによってブレーク。しかし、「主婦業に専念している」という彼女が表舞台に姿を表すことはついになく、ただ残された音源が再び世の中に出回った。世の中が彼女の存在に気づいたときには、何もかもが手遅れだったのだ。だから世の中が彼女の不在に気づくのにも多少の時間が必要だったし、繰り返しになるが、そもそも事態は最初から手遅れだった。N村先生、やはり4月下旬では菜の花には間に合わなかった、僕は、そんな気もしています。

高校2年生のある時期、というのは1993年のブレークからも10年近く経っていたわけだが、僕がその時期を無事に生きながらえることができたのは、わずかばかりの友人や両親、俳句…と身の回りにあったものを思い出してみても、やはり第一に森田童子の存在を挙げなければならない、という印象が濃い。年末年始を挟む冬休みの1か月程度の時期のことだ。好きだった女の子に距離を置かれ、クラスメートは事故死した。

クラスメートとのつきあいに疎密があるのは当たり前だが、彼とのつきあいはどちらかと言えば淡い方だった。好き嫌いの感情は特にない。やせ形の長身だった。一度、地下鉄で帰りが一緒になったことがあった。詳しい死の状況はいまだによく知らない。本当に?と思うような話でしか聞いていない。

告別式にはクラスの(たぶん)全員で参列した。電車を乗り継いでいった海辺の旧家の畳の上。彼の残された親族の男性があいさつし、小林一茶の「露の世は露の世ながらさりながら」の句(娘を失ったときの句だ)を引いて号泣していたのはよく覚えている。そのとき僕が何を考えていたか。悲嘆に暮れる人々の中で、僕は「あんなに若くして死ぬなんてかわいそうだ」と頭で考えて泣こうとしていた。涙の出てこない自分に焦っていたと思う。ああ、そのことにすら無自覚だったかもしれない。

しかし棺桶の中の彼の死に顔に直面し、その青白さが目に入り、地下鉄で隣に座って彼女の話などしていた彼を思い出し、「あんまりだ」と思って泣いた。その涙にいささかでも安堵の思いが混じっていなかったか、10年以上経った今、僕には正確に思い出せない。いや、そこまで過去の自分を意地悪く見る必要はないかもしれない。実際、周囲の人間がもう泣きやみ始めている中で自分はワンテンポ遅れて泣いていたのだから。そう考えるとこれは、死を理解するには自分は幼すぎたというエピソードなのだろう。

でもやっぱり、クラスメートが死んだこと以上に、自分の醜さを発見したことに傷ついたことは間違いないわけで、そんなとき全面的に依存できる人間関係を僕は欲した。けれども好きだった女の子には(いろいろあって)避けられ、友人にはうまくそうした心の経過を話せず(かなり微妙なニュアンスを含むこんな話を正確に伝えられるほど高校生の自分に表現力はなかったので、できれば泣いてしまいたかった)、どこにも寄りかかることができないまま、僕は森田童子を流し続けた。
淋しかった私の話を聞いて 男のくせに泣いてくれた
君と涙が乾くまで肩抱き合って寝た やさしい時の流れはつかのまに
いつか淋しい季節の風をほほに知っていた
(「男のくせに泣いてくれた」森田童子)
今思えば、もしこんな全力で寄っかかったら、寄っかかられた方は相当重たかろうと思う(当時の体重は今の3割減とは言え)。僕は、そしてたぶん森田童子を受容した聞き手の全ては、森田童子と心が通わない地点でその歌を聴いていた。僕らは互いに孤絶した地点にいたし、森田童子(必ずフルネームでしかこの名前を思い出すことができない)は決して僕たちに向かって歌いかけはしなかった。それは彼女が自分だけのために歌っていたということを意味しない。この世界には、森田童子と、森田童子の歌を聴く世の中と、さらに第3項として森田童子が歌いかける絶対に誰の手にも届かない誰かがいる、ということだと理解していた。だから、僕の悩みと彼女の悩みは絶対に交わらない。友だちを亡くしたことがきっかけで歌を歌い始めたという彼女を僕が理解する日は決して訪れない。
行ったこともないメキシコの話を 君はクスリが回ってくると
いつもぼくにくり返し話してくれたネ
さよなら ぼくの ともだち
(「さよならぼくのともだち」森田童子)
つまり、僕は彼女にもたれかかることはできない。それでももたれかかる先を探しているように聞こえる彼女の歌が、僕自身の精神を平静に保つことに役立ったのはなぜだろう。それは共感なのか?人は理解もしていないものに共感することができるものなのか?

僕はiPodを持っていない。だから昨日は、妻に借りたイヤホンをスマホに差して、Youtubeで森田童子の曲を流しながら出勤した。幹線道路の脇を歩くとき、トラックや大型のワゴンが過ぎていくだけでそのか細い声は簡単に聞こえなくなった。満員電車に揺られながら、胸ポケットに入れたスマホが胸に触れ、停止ボタンが勝手に押されてしまうこともしばしばあった。それでも僕はこの数年思い出しもしなかった森田童子の歌を聴いた。

有名人が死ぬ、というイベントは、その人のことを思い出すタイミングが生まれたという以上の意味を持たなくなっているように思う。世の中的にそうなのか、自分の感じ方が不感症気味なのか。金子兜太が死んだときも、西城秀樹が死んだときも、高畑勲が死んだときも、死はその作品を思い出す最後のきっかけとして消費された。それは弔いの一つの形態だから、悪いこととは言わない。その人がいなくなることで世の中が変わるほど、誰にとっても世の中というのは単純ではない。

森田童子の死は、今まさに僕によって同じように消費されようとしている。訃報は、彼女の作品を思い出し、青春時代を思い出すただのきっかけに過ぎない。しかも1か月以上遅れてやってきたこの訃報にそれ以上のどんな意味を見いだせばいいのだろう。

そうだ、僕にとっては森田童子は最初から死んでいたのではなかったか。一度も会ったことがなく、その動いている姿をテレビで見ることもなく、残された音源を聞いていただけの僕にとっては。死人に寄っかかることはできない。だからこそ安心して僕は彼女の歌に孤独を見いだせていたのだろう。森田童子は死んでいた。僕が気づかなかっただけだ。

2018年6月12日火曜日

〔ためしがき〕 ひよどりの身振り 福田若之

〔ためしがき〕
ひよどりの身振り

福田若之

若葉の枝にとまったひよどりが、しきりに首を動かしている。あっちを見て、こっちを見て、休むことを知らないみたいに、せわしない。見えないものに脅えているのか、それとも、自らをとりまく初夏の光がそれほど驚きに満ち満ちているのか。

それはほかにもどこかで見たことがあると感じる、しかしそれそのものでしかないとも感じる、それくらいありふれた、それくらいとりとめのない身振りだった。何かをその身振りに喩えることができそうな、しかし何をそれに喩えうるのかはまだわからない、少なくとも今のところは寓意の可能性でしかない何か。

そんなものをわざわざ言葉にしておくことに何の意味があるのか、それはわからない。それどころか、ついに寓意の可能性でしかないままに忘れ去られたほうがよいのではないかとさえ思う。ひよどりの身振りが何を意味しようがそれは本質的なことではない。僕はひよどりの身振りの意味にではなく、ただひよどりの身振りに惹かれたのだから。わざわざ寓意を見出すことには、さほど価値はない。あるとすれば、それによって、僕たちがもう一度あのひよどりの身振りについて語る機会を持つことになるというだけだ。それには、さほど価値のないままでいい。

2017/6/12

2018年6月11日月曜日

●月曜日の一句〔戸恒東人〕相子智恵



相子智恵






日本狼終焉の山滴れり  戸恒東人

句集『学舎』(雙峰書房 2018.4)所収

〈終焉の山〉がどこなのか知らなかったので調べてみると、日本狼が捕獲されたのは明治38年が最後で、その地は東吉野村であるという。この山は、吉野の山ということになろう。

日本の国土の三分の二は森林であり、山地面積は75%だそうだが、そんな山ばかりの日本であるのに、もはや日本狼は生息していない。この句の〈終焉の山〉は吉野山でありながら日本のすべての山を象徴しているとはいえないだろうか。

そして、そのすべての山々から清水がキラキラと滴っていることを想像すると、その美しさと涼しさが、どの山にもすでにいない固有種への喪失感となって静かに押し寄せてくる。