ラベル かしつぼ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル かしつぼ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年5月26日土曜日

〔かしつぼ〕犬にインタビュー 中嶋憲武

かしつぼ
犬にインタビュー


中嶋憲武

かしつぼ=歌詞のツボ

数あるムーンライダーズのアルバムのなかで、どれが一番ぐっとくるかと尋ねられたとしたら、なんの迷いも無く「ANIMAL INDEX」と答えるだろう。何故ならそのアルバムは大学時代の淡い恋の記憶と共にあるからだ。

秋のアルバム発売と同時期に渋谷公会堂でムーンライダーズのライブがあり、その会場に彼女は現れた。当時ぼくたちは同級生下級生そして他校の者も含め総勢10名ほどで、いろいろなライブを鑑賞しに馳せ参じていた。YMO、ムーンライダーズ、高橋幸宏、坂本龍一、鈴木さえ子、大貫妙子、矢野顕子、ピチカートファイブ、ビートニクス等々YMOを中心としてその周辺のアーティストのライブを好んで観ていた。そんないつもの仲間のなかに忽然と彼女は登場したのだ。学内でお互いに顔を見知ってはいたが、口を効くのは初めてだった。彼女はANIMAL INDEXのなかの「犬にインタビュー」が好きだと言った。ぼくもその曲が好きだったので、しばらく白井良明のギターなどの話をした。なんというかその時からぼくは彼女に恋をしてしまったらしい。お嬢様育ちっぽい彼女の風情に徹底的に参ったというか軍門に降ったというか、まあ惚れてしまったのだ。それからは通学の途次などに偶然一緒になって話をしたり、学食で話をしたりしていたが、デートに誘う勇気は出なかった。貧乏で冴えないぼくとは釣り合いが取れぬものを感じていたし、身分が違うとも感じていたのが、その原因だったか。

翌年の6月、ムーンライダーズのデビュー10周年記念ライブが恵比寿ファクトリー(現在閉館)で開催され、10周年記念ということで今回は総勢15名ほどで観に行った。ライブが始まる前外で待っていると、ムーンライダーズの一行が外になにやら演奏しながら出て来たかと思うと、その楽曲はなんと「ビデオボーイ」のアコースティックヴァージョンだったのだ。楽しい気分を弥が上にも盛り上げようとする小粋な演出だ。その演奏を堪能し終わり、来ているメンバーを確認すると彼女も来ていたが、その時は彼女には彼が出来ていて同伴で来ていた。好きだという気持ちはあったけれど、しょうがないよねとひとり首肯するのみだった。

ライブが始まると大はしゃぎの仲間たちを尻目に、ひとり腕組みをしてムーンライダーズの軌跡を確認するべく、じっとその歌舞音曲の内容に聞き入っていたが、「犬にインタビュー」が演奏される段に至るや、ぼくも狂喜乱舞の態を曝け出してしまった。横目で彼女の方を見ると、彼にべったりと寄り添って嬉しそうに身をくねらせていたりする。楽しいがなんとなく情けないような果敢なくなるような気分。ギュインギュインと良明さんのギターが炸裂して、悲しみをぶっとばすごとく。

ライブの後、余韻の覚めやらぬぼくたちは無軌道にライダーズの歌を高歌放吟したりしながら恵比寿駅へ向かっていたが、途中の芝生のある植え込みに鈴木慶一その人と野宮真貴が座っているのを認めた。誰かが「慶一さあん」とでも言ったものか、鈴木慶一氏は「これ、食べる?」と我々へ向かって、折り詰めの弁当を差し出した。口々にありがとうございまあす、いただきまあすなどと言って、少し離れたところでその弁当を廻し食いに及んだものだった。いやあ、犬にインタビューよかったっすよ。

2011年11月11日、ムーンライダーズは無期限活動休止に入った。もうライブで「犬にインタビュー」を聴くこともないか。


犬にインタビュー 
佐伯健三、白井良明/作詞 白井良明/作曲

犬に インタビュー
笑いかける
いまの気持ちは

“首輪をとり えさを捜す 逃げてみせるさ”

You will search me 捜しだされ
You will catch me つかまるのさ
You will seize me しめあげるよ

家を忘れ 路地を駈ける はじめての自由
口うるさく いわれるたび かみつきたくなる

You will hold me 抱きあげて
You will beat me おしおきさ
You will kill me 情けないよ

You will search me 捜しだされ
You will catch me つかまるのさ
You will hold me 抱きあげて
You will beat me おしおきさ
You will kill me 情けないよ

耳をたてて 仲間捜す どこにいるんだ
のどがかわき 熱が出てる 水をおくれよ
犬にインタビュー いいたいことは それだけですか
犬にインタビュー いいたいことは それだけなのか


2011年6月9日木曜日

〔かしつぼ〕水無月の夜 中嶋憲武

かしつぼ
水無月の夜


中嶋憲武

かしつぼ=歌詞のツボ
作詞・作曲 井上陽水/編曲 星 勝
1976. March アルバム「招待状のないショー」収録
蛍狩りから もどった君は
足も洗わず 籐椅子に
川むこうには たくさんいたと
ゆかたのすそをぬらして
水無月の夜 送り火の前

夏帯解いて ゆかたを着がえ
たけの長さを 気にして
君の作った 砂糖水には
かげろうゆれて 動いた
水無月の夜 迎え火の前

蚊帳をくぐって 蛍かごあけ
笹の葉を持ち とまれと
灯りを消せば 蛍も見える
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 蛍火の中
「招待状のないショー」というアルバムは、フォーライフレコードへ移籍してはじめてのアルバムで、それまでの陽水のセンチメンタルフォークという路線を打ち破ろうとするアレンジや歌詞の意気込みも感じられますが、アルバム全体から醸し出される寂しい雰囲気があり、そのほうが好きです。この年の2月に陽水が最初の奥さんと離婚したという事実を考えれば、「Good,Good-Bye」「青空、ひとりきり」「曲り角」「今年は」「口笛」「もう………」といった楽曲に、その体験が色濃く反映されているように聞こえます。1976年3月といえば、ぼくにとって中学から高校への非常に不安定な時期であり、かつ寂しい季節と重なり、余計に寂しく寂しく聞こえたのかもしれません。

てなわけで「水無月の夜」なんですが、この曲、このアルバムのなかで一番好きな曲です。印象的なギターのカッティングに始まり、ドラマティックにストリングスが絡んでくるイントロで、ぐっと曲の世界に引き込まれてしまいます。陽水の低音の歌唱で歌が始まるのですが、その低音を聴くと陽水っていい声だなあとしみじみ思います。

歌詞は「蛍狩り」「籐椅子」「ゆかた」「水無月」「送り火」「夏帯」「かげろう」「迎え火」「蚊帳」「蛍かご」「笹の葉」「蛍火」など純日本の情緒ある単語が散りばめられ、アレンジもマイナー調で、陽水の抑制の効いたささやくようなヴォーカルが情感を高めてゆきます。歌詞を眺めていて違和感を覚えるのは、送り火と迎え火の順序が逆である事や、旧暦水無月といえば水が無い月と書くとおり、暑い盛りの季節(今年でいえば7月12日から8月9日の29日間)であり、そんな頃にはもう蛍などいなくなっているのではないかという事や、かげろうは春先に地に立つものであり、砂糖水の入ったコップの口にゆらめくものではないという事など挙げられますが、「心もよう」という曲のなかの詞に「あざやか色の春はかげろう」という一節があり、陽水はこれらの事を知っていて、詞の世界をドラマティックに盛り上げてゆくための、作詞上意図的に書いているのではないかと思えます。送り火と迎え火の順序が逆になっているのは、最終連のクライマックスを導入するためではないかとか。深読みですか?

個人的にこの歌の情景にかぶるイメージが、ぼくのなかにずっとあります。それは、この当時小学館から「GORO」という雑誌が出ていて、篠山紀信が「激写」というタイトルで女性をモデルにした写真をグラビアで連載していたものです。なかでも、浴衣を着た髪の長い女性を古い日本家屋や、川などで撮っていた数ページのグラビアのイメージと重なっています。

それゆえか、この曲の歌詞は性的な事柄が暗示されているように思え、第3連の最後の2行、
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 蛍火の中
は象徴的です。「夜具とゆかたのふれ音」で性的な行為を暗示し、「水無月の夜 蛍火の中」で、そんな二人をロングショットで捉えているというふうに読むことが出来ると思います。読み過ぎ?俺、エッチ?

陽水のこの路線は、のちの「ジェラシー」「リバーサイドホテル」「背中まで45分」などに繋がってゆくのだと思えます。


2010年5月2日日曜日

●おんつぼ31 ダリダ 四ッ谷龍


おんつぼ31
ダリダ Dalida
「ひとりで生きないために」

四ッ谷 龍



おんつ ぼ=音楽のツボ



ダリダの歌声からは、女性の女らしさがジュワーッとにじみだしてくるように感じられる。iPodでダリダの曲を聴いていると、女らしさに包まれて自分の身も心もとろけるような気配がする。

ダリダ自身の人生は、悲しみに覆われたものだった。なにしろ、付き合った男性が3人も自殺してしまったのだ。カンツォーネ歌手のルイジ・テンコ、ラジオディレクターのリュシアン・モリス、そして自称伯爵のリシャール・シャンフレイ。

ダリダはエジプト生まれのイタリア人だが、フランスで成功し、出す曲出す曲、みんな大ヒットになった。生涯で55回、ベストヒットNo1を獲得したという。多くのファンに幸福と喜びを与えながら、最後はそんな生活にも疲れてしまい、彼女自身が睡眠薬で自殺した。大輪の花のような美貌と悲劇的な結末の対比はショッキングなものであった。

そのダリダの永遠の名作が、「ひとりで生きないために」である。

 ひとりで生きないために
 人は犬と暮らしたり
 薔薇とともに生きたり
 信仰とともに生活したりする
 ひとりで生きないために
 人は馬鹿騒ぎをしたり
 思い出とか、影とか、そのほか何でも
 大切にしたりする

最初は、このように、ごく普通に歌い出されるのだが、次の節に行くと「おや?」と思う。

 ひとりで生きないために
 女の子が女の子を愛したり
 男の子が男の子と
 結婚したりする
 ひとりで生きないために
 子どもをつくる人もいる
 ほかの子どもと同じくらい
 孤独な子どもを

ここに来て、歌詞のイロニーにわれわれは気づく。そして後半、さらに強烈な表現が待ち受けている。

 ひとりで生きないために
 友だちを作ったり
 つらい夜が来たら
 友だちを集めたりする
 お金や夢や
 豪邸のために生きたりする
 だが二人で入れる棺桶を
 作った者はいない
 ひとりで生きないために
 私はあなたと生きる
 あなたといると私は孤独だ
 私といるとあなたは孤独だ
 ひとりで生きないために
 私たちは生きる
 まるで 自分たちはひとりで生きていないという
 まぼろしを持とうとする人間たちのように

「ひとりで生きないために」というタイトルだが、結局この歌が言おうとしているのは、人はひとりで生きていくしかないものだという事実である。

孤独の癒され度 ★★★★
美貌に癒され度 ★★★★★




Vezi mai multe video din Muzica

おすすめCD

2009年6月2日火曜日

〔かしつぼ〕Hymn For Nobody 山田露結

かしつぼ
Hymn For Nobody(1995)



山田露結

かしつぼ=歌詞のツボ
詞:忌野清志郎
曲:佐山雅弘

愛してることさえ
忘れてしまうほど
日常の中で いつも
君が 好きさ

限りある 生命が
やがて 幕をとじても
永遠の 夢のように
君に 夢中さ


「Hymn」は賛美歌のこと。

ジャズ・ピアニスト佐山雅弘のアルバムに忌野清志郎がゲスト・ボーカリストとして参加して録音されたもので、一般にはあまり知られていない曲かもしれない。

知られていないのをいいことに、私はこの曲をオリジナル曲であるかのような顔をして自分の結婚式の披露宴でギター弾き語りで歌ったという恥ずかしい思い出を持っている。


それにしてもこの歌詞、である。

キヨシロー・ファンにとっては彼がいなくなってしまった今、この曲を聴くのはツラすぎるかも。


2009年4月23日木曜日

●中嶋憲武 中国女

〔中嶋憲武まつり・第12日〕
かしつぼ
LA FEMME CHINOISE/中国女(1978)


中嶋憲武


かしつぼ=歌詞のツボ
詞/クリス・モスデル
曲/イエロー・マジック・オーケストラ

Des notes sans fin Des visages identiques
C'est un bras brilliant De petits pieds laces

Des notes sans fin Des visages identiques
La demarche saccadee Avec des voix pincees
La discretion noiraude Arriere-pencees,qui sait

C'est un bras brilliant De petits pieds laces
Des notes sans fin Des visages identiques
La dimarche saccadee Avec des voix pincees

Fu Manchu and Susie Que
And the girls of the floating world
junk sails on a yellow sea
For Susie Wong and Shanghai dolls

Susie can soothe Away all your blues
She's the mistress The scent of the orient
Notes sans fin visages identique

Comme tous les vieux insectes
Demarche saccadee, affiche criarde,voix pincees
Discretion noiraude bible rouge
Arriere-pencees, que sait Un monde finit


なんとも取り留めのない詞である。図らずも歌詞のなかに Des note sans fin とあるように、取り留めの無さというのは、この曲のキーワードだったのかもしれない。

クリス・モスデルの詞は、いつでもこんな調子でイメージの断片を連鎖させてひとつの世界を形作る。

フランス語の歌詞の部分は、当時アルファ・レコードの社長秘書だった布井智子が担当している。曲を聴いている限りはきれいなフランス語で、とても日本人だとは思えない。布井智子はきっときれいなひとに違いない。

歌詞はたとえば、こんな内容。

取り留めのないメモ 同じ顔
それは輝く腕 紐で結ばれた小さな足

取り留めのないメモ 同じ顔
ぎくしゃくした歩き方 気取った声をして

黒髪の慎み深さ 心の底の考えなど、誰に分かる?

それは輝く腕 紐で結ばれた小さな足
取り留めのないメモ 同じ顔
ぎくしゃくした歩き方 気取った声をして

フー・マンチュー博士とスージー・キュー
漂う世界の女の子たち
黄海に浮かぶジャンク

スージー・ウォンと上海ドールズのために
スージーは慰めてくれる
あなたの憂鬱をすべて吹き飛ばし
彼女こそ女王様だ
東洋の香りして

取り留めのないメモ 同じ顔
 
古い昆虫すべてのように

ぎくしゃくした歩き方 けばけばしい貼り紙 気取った声

黒髪の慎み深さ 赤い本

心の底の考えなど、誰に分かる? ひとつの世界が終る

旺文社のプチ・ロワイヤル仏和辞典を引き引き書いたので、多少間違ってるかもしれないが、だいたいこんな感じの歌詞かと。この曲は、「イエロー・マジック(東風)」という曲からノン・ストップで繋がっていて、2曲で1曲という見方もできる。この2曲と「マッド・ピエロ」という曲でゴダール3部作と呼ばれていたようだが、歌詞の内容はゴダールの映画とは全く関係ない。ただ、上記の「中国女」の英語の詞の部分は「スージー・ウォンの世界」という映画(未見ですが)と多少関係があるようだ。

大学時代、映画研究部にいた。8ミリ映画を撮っていたのだ。1年のとき無理矢理先輩の映画を手伝わされた。それは、「東風」と「中国女」の今で言うPVのような作品だった。「チャーリーズ・エンジェル」をもじって「チャイニーズ・エンジェル」というタイトルのSF風のもの。

この作品は15分そこそこのものだが、撮影から完成まで5年くらいかかったと記憶する。なにしろ短いカット割りが好きなひとで、主演女優の弁によると上映会のときに、たしかに撮られたと思ったカットがあったと思ったが、そのカットが無かったので、観終わってから監督に聞くと、まばたきをしているうちに、そのカットが終ってしまっていたというから、たった2コマか3コマのカットだったのかもしれない。短すぎるよ。5コマくらいかな。8ミリフィルムは18コマで1秒だから、零点何秒かというカットだったのだ。

結構凝る監督で、美術であるぼくに、冬に桜の花がいっぱいに付いた枝を作って来いとか言って、ぼくは言われた通りに夜中に古利根川の土手の桜の枝を折ってきて、花は桃色の紙で一枚一枚作って枝に貼付け、徹夜して作ったその枝を、満員の東武線、満員の千代田線を乗り継ぎ苦心惨憺して、狛江の野川の現場へ持って行くと、「よく出来てるじゃん」とひと言。そんな風に苦労して凝りに凝って作られたカットがたったの3コマだか5コマだかしか使われず、目に突っかえ棒をして映画を観ていなけりゃならないなんて、涙も涸れるというものよ。

この曲のヴォーカルはユキヒロで、細野さんが名付けた「フー・マンチュー唱法」という歌い方をしている。この歌い方はキモい。今だにやってるけど。





2009年4月16日木曜日

●中嶋憲武 金曜日の朝

〔中嶋憲武まつり・第5日〕
かしつぼ
金曜日の朝



中嶋憲武


かしつぼ=歌詞のツボ



詞:安井かずみ
曲:吉田拓郎
編曲:柳田ヒロ

トロリトロトロ 眼がさめる
霧もはれてた 赤い屋根
チェックの カーテンごしに
(チェックの 陽ざしが)
僕の足を くすぐる
 だけど今でも 気にかかる
 君は突然 出ていった
 旅でみつけた 運動ぐつ
 はきなれた あの白いくつ
 つっかけて 消えたまま

背中まるめて 歩くたび
僕がうろつく この街は
何故かパリーに 似ている
(やさしい女の) 
ため息なんか 聞きたい
 だけど今でも 気にかかる
 君はセーター 肩にかけ
 かかとつぶした 運動ぐつ
 夏を歩いた 白いくつ
 恋といっしょに 消えたまま

洗いざらしの ブルージーン
残ったお金が あと少し
気にするほどの わるい事
(ないなら土曜日)
バラでも買って 帰ろう
 だけど今でも 気にかかる
 君と映画を 見た帰り
 小雨にぬれた 運動ぐつ
 赤いドアに 脱ぎすてた
 いつのまにやら 消えたまま

ちょっと恥ずかしいんですが、よしだたくろうを聴いていた時期があります。この「金曜日の朝」は数多くのたくろうの楽曲のなかでも、垢抜けしているという点で、ちょっと毛色の変わったものであると思います。アレンジはフォークロック調。女性コーラスが印象的です。

作詞は、加藤和彦の亡妻である安井かずみで、色彩の使い方がとてもうまいなあと中学生の頃思ったもんでした。冒頭、赤い屋根と出てくることによって、チェック模様もなんとなく赤やオレンジや黄色の混じった暖色系を想像します。第1節の基調色は赤、そこへぽつんと運動ぐつの白が出て来て、印象を高めるのに効果を発揮します。

第2節の基調色は、背中まるめて歩くとあることによって、なんとなくグレーを想像しました。第3節は、ブルージーンの青ですね。どの節にも彼女の履いていた運動ぐつの白が際立っています。

この詞を眺めていると、1973年から74年くらいの空気やら匂いやら風俗(セックス産業ではなくて、文字通りの風俗)やらが浮かんでくるのです。同時期にTBSラジオで22時くらいにやっていた「エミコの長いつきあい」という短い番組を思い出したりして。まだ当時はスニーカーとは言わず運動ぐつと言っていたのですね。しかしながらジーパンではなくてブルージーンと書いているあたりは、さすが安井かずみ。

背中まるめてあるくたび 僕がうろつくこの街は 何故かパリーに似ているという箇所が好きで、中学生のころ埼玉県春日部市に住んでいたのですが、西口のイトーヨーカ堂あたりをぶらついていたり、東口の名曲堂あたりをぶらついているとき、よくこの歌詞を口ずさんでは、「パリだ、パリ」とひとり悦に入ってたものです。

土曜日にバラを買って帰るだなんて、まだこの頃は週休二日制が導入されてなかったのだなあとしみじみします。