2024年2月27日火曜日

【新刊】岸本尚毅『俳句講座 季語と定型を極める』

【新刊】
岸本尚毅『俳句講座 季語と定型を極める』

草思社/2024年2月27日

『音数で引く俳句歳時記』(全4巻)の実践ガイド。




2024年2月26日月曜日

●月曜日の一句〔岩淵喜代子〕相子智恵



相子智恵






まんさくの一樹に花のゆきわたる  岩淵喜代子

句集『末枯れの賑ひ』(2023.12 ふらんす堂)所収

金縷梅(まんさく)は、他の草木が芽吹く前に、縮れた紐のような黄色い花を咲かせる。金縷梅の名は、春の訪れをいち早く告げる花であることから「まず咲く」が転じたとも、花の形が稲穂を思わせることから、「豊年満作」に由来するともいわれる。金縷梅という花の本意には、このような「予祝」の意味合いがたっぷり含まれているといえるだろう。

掲句、〈一樹に花のゆきわたる〉が、葉の出る前に花が出揃う金縷梅のさまを写生した句として魅力的だ。しかしそれだけではない。花自体に「予祝」の意味が大きい金縷梅のことを思えば、〈ゆきわたる〉の一言に季語の本意が広々と活かされており、神々しさまで感じられてくるのである。

 

2024年2月25日日曜日

【新刊】髙柳克弘『隠された芭蕉』

【新刊】
髙柳克弘『隠された芭蕉』


慶應義塾大学出版会/2024年2月13日




2024年2月23日金曜日

●金曜日の川柳〔なかはられいこ〕樋口由紀子



樋口由紀子





ぼくたちはつぶつぶレモンのつぶ主義者

なかはられいこ 1955~

「ぼくたちは」といきなり出てきて、リズミカルで高らかにマニフェストする。まずは心地よく驚かされる。「主義者」という重みのあるカタイ言葉に、みずみずしい「つぶつぶレモン」を組み合わせ、それに「つぶ」の存在感と質感を伴わせ、画面を爽やかにおしゃれにする。言葉の質の違いを上手く活用している。

「つぶつぶレモンのつぶ主義者」は王道ではないだろう。だから、あえて演出がかった言葉遣いで明るく嫌みなく表明する。新鮮な気持ちで自らを再確認し、「ぼくたち」を意味あるものに押し上げている。『くちびるにウエハース』(2023年刊 左右社)所収。

2024年2月21日水曜日

西鶴ざんまい #56 浅沼璞


西鶴ざんまい #56
 
浅沼璞
 
 
 太夫買ふ身に産れ替らん  打越
恋種や麦も朱雀の野は見よし 前句
 末摘花をうばふ無理酒   付句(通算38句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
 
【付句】二ノ折、裏二句目。*末摘花(紅花)で夏。恋離れ。無理酒=下戸が無理に飲む酒。
*末摘花=『俳諧御傘』(1651年)では「末摘花」を夏としつつ、人名(源氏物語)ならば雑とする。人名ととれば恋になろうが、西鶴自註には人名への言及がないので前句「麦(夏)」を受けた同季の恋離れとみる。中公版『定本西鶴全集12』頭注にも「戀三句のところ二句にて捨つ」とある。

【句意】紅花の色を奪ったかのように、無理な酒で顔が赤くなる。

【付け・転じ】打越・前句=太夫に焦がれる遊客から見た朱雀野の景(ロングショット)による付け。前句・付句=朱雀野を帰る遊客のクローズアップによる転じ。

【自註】あかぬは此の里の朝別れ、身をしのぶ人は、*八ツ門明くとしらせくるよりかなしく、出口の茶屋の素湯(さゆ)呑みて「名残をしさは朱雀の細道」とうたひしも耳にかしましく、宵の酒持ちこして、㒵(かほ)はくれなゐの野に移りて、下戸のあらはれたる風情にして付けのきける。此所は*夜るの編笠、老人の*なげづきん、替つた事計(ばかり)、見付けて笑ふ人なし。
*八ツ門=嶋原では午後10時頃に閉門(四ツ門)、午前2時頃に開門(八ツ門)した。
*夜る=ヨルと読ませる慣用表記。夜間、編笠は市中で禁止されたが、遊郭では顔を隠すため許容された。なお編笠は夏の季語。
*なげづきん=上部を後方に垂らして被る頭巾で、上方では伊達な風俗。老人は丸頭巾が一般的で、投頭巾は年齢秘匿の変装に有効だったか。なお頭巾は冬の季語。

【意訳】満足ならないのは恋の里の朝の別れ、身分を隠す客は午前二時の開門の知らせが悲しく、遊郭の出入り口の茶屋で白湯を呑み、「名残惜しさは朱雀の細道」と(誰かが)歌うのも聞くにやかましく、宵の酒がたたって真っ赤な酔顔は辺りの野辺にうつるようで下戸だと知れる、(そんな)ようすを詠んで*付け退けている。ここでは夜に無用な編み笠、老人の伊達な頭巾、と風変わりな事ばかりだが、それを見つけて笑う(不粋な)人はいない。
*付け退け=「付けにくいところを、何とか付けて逃げる。逃句」『新編日本古典文学全集61』頭注

【三工程】
(前句)恋種や麦も朱雀の野は見よし

  朝別れとて素湯呑みながら 〔見込〕
    ↓
  宵の酒とて顔はくれなゐ  〔趣向〕
    ↓
  末摘花をうばふ無理酒   〔句作〕

前句を朝別れの場と取成し〔見込〕、客はどんな様子かと問いながら、下戸の酔顔をクローズアップし〔趣向〕、前句と同季の末摘花を使って句に仕立てた〔句作〕。


ここは三句、遊里がらみのような気がしなくもありませんが……。
 
「また不粋なこと言いよる。自註で『付けのきける』言うてるやろ」
 
あぁ、逃句ってことですね。
 
「退けるんと、逃げるんは違うやろ、考えてみぃ」
 
あ、はい、考えてみます。

2024年2月19日月曜日

●月曜日の一句〔しなだしん〕相子智恵



相子智恵






わが影へ膝折りたたむ潮干狩  しなだしん

句集『魚の栖む森』(2023.9 角川文化振興財団)所収

砂浜にしゃがんで浅蜊を採る潮干狩。そのしゃがむ姿勢を〈わが影へ膝折りたたむ〉と捉えたところが新鮮だ。

春の行楽として、宝探しのようなワクワク感がある潮干狩だが、〈わが影〉に向かって膝を折るしぐさをあえて描いたところに、楽しさの中の寂しさ、ふっとした春愁のようなものが立ち現れてくる。春の日差しなので影も柔らかく、寂しすぎない。楽しさと憂いの匙加減が絶妙な一句だ。

水辺の生き物が題材となった美しい句を他にも引こう。

魚眠るときあざやかなさくらかな

魚の栖む森を歩いて明易し

一句目、夜桜だろうか。眠る魚の静けさと、誰も見ずとも咲き誇る桜の華やかさがうまく溶け合っている。二句目は表題句。水に栖む魚であるが、池か川のある「森」のほうに着目することで意外性をもたせ、泳ぐ魚と歩く自分の対比もあり、〈明易し〉で夢の中のような感覚になる。

一句の中に遠近や明暗などを含めた対比効果を活かすことに長けており、必然的にドラマ性のある句が多く、読みごたえがあった。

 

2024年2月16日金曜日

●金曜日の川柳〔守田啓子〕樋口由紀子



樋口由紀子





ムナカタの眼鏡で見てる だから晴

守田啓子 (もりた・けいこ)

「ムナカタの眼鏡」を検索した。フレームにインパクトがある。しかし、その特定の眼鏡で見たからといって、晴になるわけでない。そう思いたいのだ。異なるルールを持ち出し、今居る場所を更新する。

「だから」がおもしろく使われている。一般的には辻褄を合わせ、理屈をつけて終わるが、ここでは役目を果たさないで、「だから」でズレを作り出す。ズレをどう見せるかに工夫されている。「曇った眼鏡」の対抗のように、眼前の現実世界の向こうに虚構を乗せて運ぶ。なぜ「だから晴」なのかはわからないままにして、余韻を残すのがこの句の持ち味だろう。「触光」(80号 2023年刊)収録。

2024年2月9日金曜日

●金曜日の川柳〔大山竹二〕樋口由紀子



樋口由紀子





窓一つそれに向き合う窓も一つ

大山竹二 (おおやま・たけじ) 1908~1962

モノクロ写真を見ているような川柳である。哀歓を書いているのではないのに哀歓を感じる。二つの窓に招き入れられる。そこに在るものをただ在ると書いただけの、とりたてて言うほどのことでない、どこにでもある景が作者にはたらきかけてきた何かがあったのだろう。

向き合っている窓が日常を離れていくような錯覚におちいる。窓自体は向き合っているつもりはない。向き合っていると作者が解釈したのだ。言葉が与えられ、現実の描写が幻想の光景になる。『大山竹二集』(竹二句集刊行会 1964年刊)所収

2024年2月7日水曜日

西鶴ざんまい #55 浅沼璞


西鶴ざんまい #55
 
浅沼璞
 
 
肩ひねる座頭成りとも月淋し 打越
 太夫買ふ身に産れ替らん
  前句
恋種や麦も朱雀の野は見よし
 付句(通算37句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
 
【付句】二ノ折、裏。初句(裏移り)。夏の恋。 恋種(こひぐさ)=募る恋心の喩。 や=軽い間投助詞(本稿番外篇9参照)。 麦(夏)。 朱雀(しゆじやか)の野=中世以後、平安京が荒廃し、田野と化した朱雀大路のあたり。ここでは丹波口から嶋原遊郭まで。

【句意】(太夫への)恋心が募り、たんなる麦でも朱雀の野では美しく見える。
【参考】「景気付であるが、そこに色里から来るニュアンスが含められている」(今栄蔵著『初期俳諧から芭蕉時代へ』笠間書院、2002年)
【付け・転じ】打越・前句=遊郭での幇間の心情による付け。前句・付句=幇間の心情を遊客の恋情と取成し、その視点から遊郭周辺の実景へと転じた。

【自註】爰は前句の願ひより、色里の*移りを付よせし。いやしき野原(のばら)の麦までもよき所がらにして、絶えし世の詠め迚(とて)、花も月も物いはず、紅葉ももみうらにおとり、白雪も美君(びくん)のはだへにはまけし。まことはいきた*花崎・かをる・高橋・野風・左門・金太夫・家隆・もろこしまでも隠れなく、太夫職にそなはりし風俗、江戸ははづみ過たり、大坂はひなびたり、兎角(とかく)遊女は都の嶋原にます花なし。―(後略)―
*移り=「付肌の調和を計る意図は注そのものに明らかである」(今栄蔵・同著)
*花崎(はなさき)以下8名は嶋原の太夫。花崎は初裏6句目の自註に既出。

【意訳】ここは前句の願望より、遊里のニュアンスを移し、付け寄せた。ありふれた野原の麦にしても、よい土地柄にあれば、絶世の眺めとなる(というのも)花も月も会話はできず、紅葉も着物の紅絹裏(もみうら)に劣り、白雪とて美人の肌には負ける。ほんとうに生きている花崎・かおる・高橋・野風(のかぜ)・左門(さもん)・金太夫(きんだゆう)・家隆(かりゅう)・もろこしまで世界に隠れなく、太夫クラスの身なりや振るまい(を見ると)、江戸はお転婆すぎるし、大坂はぱっとしない。とかく遊女は都の嶋原にまさるほどの花はない。―(後略)―

【三工程】
(前句)太夫買ふ身に産れ替らん

  色里はよき所がら恋楽し   〔見込〕
    ↓
  嶋原にまさる里なし恋楽し  〔趣向〕
    ↓
  恋種や麦も朱雀の野は見よし 〔句作〕

前句の幇間の願いを遊客の恋心と取成し〔見込〕、どの遊郭がいいかと問いながら、嶋原に思いをよせ〔趣向〕、そのニュアンスで朱雀野の景を句に仕立てた〔句作〕。


やはり「移り」は蕉門の固有名詞ではなく、元禄俳諧の普通名詞だったんですね。
 
「こーゆうもあーゆうもあるかいな。麦かて恋の花になるんは嶋原の〈移り〉いうことやで」
 
でも三都のうち江戸や大坂は落としすぎではないですか。『一代男』では〈江戸吉原の遊女は意気地・張りがあり、大坂新町は揚屋が豪華〉と利点をあげてましたが。
 
「それは十年一昔の話やろ、いまや嶋原はワシの俳諧の後ろ盾いうてもええ」
 
あー、忖度ですか。

「いや、損得や」

2024年2月2日金曜日

●金曜日の川柳〔吉田健治〕西原天気



西原天気

※樋口由紀子さんオヤスミにつき代打。



都会は水槽 記号のさかな泳がせて  吉田健治

記号論的な批評の賑わいを「文化流行」、80年代日本のファッションと呼んでいいのだろう。あの頃、というのは、いやらしい言い方だが、「そう見てみれば、そう見えた」。つまり、記号論のある種洗練された物言いがいちど腑に落ちると、都市空間には「記号」が浮遊していた。そう見えた。実体ではなく記号が、メダカだか熱帯魚だかマグロだか知らないが、きらきらと鱗に光を反射させつつ、そこを浮遊していたのだ。

掲句は、都会と記号、水槽とさかなを対照させる。これは叙景ではない。叙事でもなく、ましてや叙情でもない。だが、読後に微かな叙情の名残、水紋のようなものが漂うのは、あの文化流行をすこしだけでも肌の近くに感じたことがあるからなのか、いや、そうではなく、具象と抽象が、コンパクトに句型に収まっているからなのか(つまり句の純然たる成果)、判断はつきかねる。

ちょっと角度を換えよう。ある絵画を、記号論的に分析・解説する仕事はたくさんあったが、この句は逆。記号論的言説を、絵にすれば、こうなる。だから、この句、叙景ではなくても、じゅうぶんに絵画的ではある。

と、ここで、思い当たった。当時、私が見た「都会」は、水槽というより、水槽の模型。セロファン付きの菓子箱の内部に、紙で作った二次元の魚類を糸でぶら下げた、夏休みの工作。あんな感じだったと、とつぜん思った。ペラペラで、きらきら。

でも、いまそんな感じはまったくない。認知にも流行や変化があり、また、モノを見るにも、言語的な影響が大きいのだと思う。

掲句は『現代川柳の精鋭たち』(2000年7月/北宋社)より。