2021年5月28日金曜日

●金曜日の川柳〔浮千草〕樋口由紀子



樋口由紀子






死にたいのも死にたくないのも困る

浮千草 (うき・ちぐさ) 1950~

「死にたい」と思ったことは過去にあったかもしれないけれど今は覚えていない。「死にたくない」と思っているけれどそれはしかたがないと今は悟っている。

「死にたい」と「死にたくない」は真逆であり、その差は大きくて重い。生きていることはいずれ死ぬことである。「死にたい」も「死にたくない」も深刻だが、つい口走ってしまう言葉でもある。人の心の揺れを、「死」という誰もが避けては通れないものに、「困る」と微妙で絶妙な温度で受け止める。それは正直で、誠実で、切実な姿であり、自問へと転換する。『杜Ⅱ』(川柳杜人社刊 2021年)所収。

2021年5月24日月曜日

●月曜日の一句〔石井那由太〕相子智恵



相子智恵







毛虫行く満艦飾の身をゆらし  石井那由太

句集『七生』(2020.12 ふらんす堂)所載

「満艦飾」とは旧海軍の儀礼の一つで、祝日などの定められた日に、港に停泊中の艦艇の艦首から艦尾までの各帆柱を結んだ旗線に、信号旗をびっしり連ねて掲揚することをいう。転じて、洗濯物などを軒端いっぱいに並べて干すことや、極度に飾り立てることも言うと辞書にはある。ウィキペディアで外国の海軍の写真が見られるが、私は横浜で見た帆船を思い出した。軍艦以外では「満船飾」と呼ぶようである。

掲句、大きくて色も派手で、毛の長い毛虫なのだろう。毛に囲まれて浮遊しているようにも見える毛虫の身の感じが、なるほど、飾り立てられた帆柱と軍艦の船体のような感じに見えてくる。美しい身を揺らしながら、威風堂々と一匹の毛虫が進んでゆくのだ。

2021年5月21日金曜日

●金曜日の川柳〔鈴木逸志〕樋口由紀子



樋口由紀子






風船の中に男が立っている

鈴木逸志 (すずき・いっし) 1954~

「風船の中」? と思った。風船の上とか、風船の下とか、それもあまりなさそうだが、まだなんとか想像できる。「中」は不思議な空間である。「男」とは自分自身のことだろう。今、そこにいる。心の中の自分の姿なのだろうか。

風船の中だといつ割れてしまうかわからない不安をたえずかかえていなければならない。それに風船と一緒にどこか見知らぬ所へ飛んでいってしまうかもしれない。捉えどころのない現代社会の危うさを連想している。風船の中に立って、身体を通して、不安定な今を確認し、立て直しているのか。そのように自分の姿を見ているところに誠実さと切実さを感じる。風船の中に立っている男の顔がはっきりと見えそうである。『杜Ⅱ』(川柳杜人社刊 2021年)所収。

2021年5月19日水曜日

●西鶴ざんまい #8 浅沼璞


西鶴ざんまい #8
 
浅沼璞
 

 鸚鵡も月に馴れて人まね
   (打越)脇句
役者笠秋の夕べに見つくして
  (前句)第三
 着るものたゝむやどの舟待ち
 (付句)四句目
『独吟百韻自註絵巻』(元禄五・1692年頃)
 
予告どおり少し取って返し、「三句目のはなれ」の吟味にかかります。

 
まず前句が付いたことによって打越の鸚鵡は見世物小屋の出し物に特定されました。逆をいえば、前句の「見つくしさん」は打越の鸚鵡(鸚鵡石=名ぜりふ集)を介して熱心な歌舞伎ファンとなったわけです。
 
その歌舞伎ファンの熱い眼差しを、伊勢参りの田舎人の、物珍し気な眼差しへと転じたのが付句です。この眼差しの転じは、芝居町から船待ちの宿へとあっさり空間を転じ、時間を少し進め、「着るものたゝむ」という行為によって「三句目のはなれ」を演出しているわけです。
 
俳諧のいわゆる「見立て替え」は、視点の転じとシンクロしてるわけで……。

前句をいったんニュートラルな状態にし、打越とは別の眼差しからシフトチェンジする。このような不断の詩的営為こそ連句なわけです。

 
ところで自らの付句を自ら捌く独吟にあって、この眼差しの転じは、共同制作の連句以上に困難と思われます。なぜなら共同制作の場合、歌舞伎ファンの眼差しを提示する連衆Aと、伊勢参りの田舎人の眼差しを提示する連衆Bとは別人で、宗匠役がそれを客観的に捌けばよい。けれど独吟の場合、ABを自ら演じ、眼差しを転じる必要がある。つまり自らのうちに架空の共同体、架空の座をつくらなければならない。そんなハードルの高さが想定されます。

かてて加えて当時の西鶴は新風の元禄正風体をめざしていたわけで、独吟老人の困難さは計りしれません。

「そやけど、あっさり付いて元禄風になってるやろ。軽い軽い」

それ、前回も聞きました。

 
では本稿も軽く終え、五句目の下調べにはいります。
 
コロナ禍に書き継いでいるこの拙稿を、読者の方々と共に懐かしむ日がくることを心底願いつつ。

2021年5月17日月曜日

●月曜日の一句〔木田智美〕相子智恵



相子智恵







コンビニの花火がしょうもなくて笑う  木田智美

句集『パーティーは明日にして』(2021.4 書肆侃侃房)所載

今年は平年より、梅雨入りがかなり早いようだ。梅雨明けも早いのだろうか。本格的な夏がやってくるのももうすぐなのだろうが、コロナ禍で夏らしい夏が楽しめなかった去年に引き続き、きっと今年もそうなのだろうというあきらめの中にいる。

花火もすっかり遠いものになってしまって、掲句のきらきらとした花火の句を読み、ああ、いいなあとしみじみしてしまった。

コンビニの花火を買う時点で、作中の人物は若者なのだろうと想像されてくる。きっと、コンビニで晩ご飯やおつまみ、お菓子、缶ビールや缶カクテル、明日の朝のパンも買ったりして、家飲みをするのだ。そこで花火を見つけて、「花火もやっちゃう?」と。

コンビニの花火は量も多くは入っていない。やってみたら少なくて、手花火も、楽しみにしていたドラゴン花火もすぐに終わってしまって、最後に取っておいた線香花火の玉もあっという間に落ちてしまった。そのショボさに「しょうもな!」と言いながら笑いあう。その後は結構まじめな話なんかもしたりなんかして、楽しい夜が続くのだ。

何年経ってもしみじみと思い出す、楽しくも切ない一瞬のきらめき。現代の青春詠とはこのような句を言うのだろう。歳時記の花火の例句に、新たに加えてほしい一句だと思った。

2021年5月14日金曜日

●金曜日の川柳〔川合大祐〕樋口由紀子



樋口由紀子






トマト屋がトマトを売っている 泣けよ

川合大祐 (かわい・だいすけ) 1974~

トマト屋というのを見たことがないが、トマト屋がトマトを売っているのはあたりまえだろう。そのあたりまえのありがたさに「泣けよ」と言っているのだろうか。一字空けのあとの唐突な「泣けよ」をどう受け取ればいいのか戸惑う。

しかし、戸惑いながらも、作者の根っこを見せられたようで感情を刺激する。心の在り処を手探りしているような「泣けよ」である。この突飛さは矛盾や混乱を導入するが、それでいて抒情を付け加えるという機転がある。言葉の向かい方に度胸があり、足踏みしないで躊躇なく進むので、力強さと自由さの中に生産性を感じる。それは句集全体を通して言えることである。『リバー・ワールド』(2021年刊 書肆侃侃房)所収。

2021年5月10日月曜日

●月曜日の一句〔塩見恵介〕相子智恵



相子智恵







たけのこのあの、で留守電切れており  塩見恵介

句集『隣の駅が見える駅』(2021.5 朔出版)所載

筍をいただいた後に、送り主からもらった留守番電話を想像した。「筍を渡した時に、アクの抜き方のコツを伝え忘れてしまったから伝えようと思って……」とか、そんな内容の電話ではなかろうか。アク抜きをする前に急いで伝えなければと思った焦りからか、それともうっかり電話を切るボタンを押してしまったのか、「あの」で切れてしまった。送り主の人柄が見えるようで、温かな笑いを誘う。

塩見氏の作風から言えば、「たけのこのあの」の韻の面白さ、何かの呪文のような字面の面白さが先にあって、そこに主眼が置かれた句だとは思う。言葉が先にある空想の句なのかもしれない。しかし、この句のもつアクチュアリティーが、私にとっては言葉の面白さ以上に面白くて、こういう一瞬があるから、人生って悪くないんだよな、と思ったりするのである。

2021年5月5日水曜日

●西鶴ざんまい #7 浅沼璞


西鶴ざんまい #7

浅沼璞
 
 
役者笠秋の夕べに見つくして    西鶴(第三)
 着るものたゝむやどの舟待ち    仝(四句目)
『独吟百韻自註絵巻』(元禄五・1692年頃)
 
まずは四句目(よくめ)の式目チェックを軽く。
 
ここまで秋が三句続いたので雑(無季)となります。
 
また第三までの手の込んだ付合からも離れ、さらりとあっさり付ける「四句目ぶり」の句体となっている……はずで、そのへんの検証を以下にしていきます。
 
 
西鶴の自註には「是は田舎人の一連(ひとつれ)……伊勢参宮の下向に、都の名所々々見めぐりて……大坂にしばし……芝居めづらしく日毎に詠めつくし、我国舟(わがくにぶね)の出るを嬉しく、旅用意のきる物、荷ごしらへせし問屋のありさまを付寄せし」とあります。

つまり、田舎からきた伊勢の参詣人の一団が、帰途、京都の名所めぐりや目新しい道頓堀での芝居通いをし尽くし、いよいよ国元へ定期船で帰るのもうれしく、旅衣を荷ごしらえする問屋(船宿)の、その様子を付け寄せた、というのです。

要は前句の熱心な歌舞伎ファンを、お伊勢参りの田舎人と見立て替えた付けですね。「役者笠」を詠めつくす物見高い人物にふさわしい状況を当てこんだわけで、其人(そのひと)の付けといえます。

ということで自註と最終テキストとの落差を埋めるための仮定の過程を、シン・ゴジラ式にメモれば――

 伊勢参宮の下向たのしき   〔第1形態=下向くん〕
    ↓
 着るものたゝむやどの舟待ち 〔最終形態=舟待ちさん〕

下向くん恙なく舟待ちさんになるの図で、最終形態は「伊勢参」の抜けと解せます。(「伊勢参」が春の季語となるのは後年)

 
にしても、下向くんが舟待ちさんになるまでの時間経過はそれほど長くありません。せいぜい数日といったところでしょう。前の、声色くんが見尽しさんに成長するほどの長さは想定されていないわけです。ということは、そのぶん親句の度合いが強く、あっさり付けられていると言えそうです。つまりは文字どおりの「四句目ぶり」なわけです。

また、「飛ばし形態」によって下向くんを飛ばし、前句と最終形態をテキスト通りならべてみると、さらりと別のリンクをたどることができます。「笠」→「着るもの」というファッション連鎖や、「見つくし」→「たゝむ」といった意味的連関など、まさに「四句目ぶり」に相応しいリンクといえます。

「どや、あっさり付けたかて元禄風になってるやろ。軽い軽い」

ということで次回はこちらも軽く取って返し、「三句目のはなれ」の吟味にかかります。

 
【注】前回リンクを張った絵巻に描かれた貸切舟のご婦人方が「見尽くしさん」とすれば、伊勢参宮の旅人一行とは乖離します。このことは自註が絵解き目的ではなく、付合解説を優先していることの証左となるでしょう。いってみれば現今の「留書」に近いかたちで自註はなされていたわけです。