2021年6月30日水曜日

●西鶴ざんまい #10 浅沼璞


西鶴ざんまい #10
 
浅沼璞
 

役者笠秋の夕べに見つくして
   第三 (打越)
 着るものたゝむやどの舟待ち  四句目(前句)
埋れ木に取付く貝の名を尋ね   五句目(付句)
『独吟百韻自註絵巻』(元禄五・1692年頃)
 
いつもどおり打越まで取って返し、「三句目のはなれ」の吟味にかかります。

 
まず前句が付いたことにより、打越の眼差しは伊勢参りの田舎人の、物珍し気な眼差しに特定されました。この田舎人の眼差しは、ひとまず舟待ちの宿という空間に落ちつきます。
 
そして「着るものたゝむ」舟待ちさんの眼差しとして定着します。と、付句があらわれ、磯歩きくんの眼差しへと転じていきます。
 
これは前句の舟待ちの要因を「日和待ち」(波風がおさまるのを待つこと)に特定した結果です。
 
定期便を待つ舟待ちであれば、わざわざ磯歩きをするまでもないでしょう。前句の「舟待ち」をいったんニュートラルな状態にし、打越とは別の眼差しからシフトチェンジしているわけです。

 
 
くり返します。田舎人が定期便を待つ、その「舟待ち」であれば、わざわざ磯歩きをするまでもないでしょう。

けれど天候回復を待つ「日和(には)待ち」ということになれば、出航時刻は不明――その退屈しのぎに案内人付きの磯歩きが決行されたとしても不思議ではありません。
 
で第1形態・磯歩きくんの眼差しは、「木に取付く貝」をキャッチする第2形態・気にかけくんの眼差しに変容し、さらには貝の名を案内人に問う最終形態・お尋ねさんの眼差しへと転じられていくわけです。前回のメモを再掲しましょう。

 日和待ちをせし夕暮の磯歩き 〔第1形態=磯歩きくん〕
    ↓
 流れ木に取付く貝を気にかけて〔第2形態=気にかけくん〕
    ↓
 埋れ木に取付く貝の名を尋ね 〔最終形態=お尋ねさん〕

「どや、元禄正風体の心行、飛ばし形態、見たってや」

 
仰せのとおり、「飛ばし形態かて、抜けかて、移りかて、さほど違わん」ってことかもしれません。
 
要は元禄正風体をどのアングルから捉えるかによってその呼称が変わった、というのが真相に近いのかもしれません。

 
とはいえ早計は禁物。慎重に六句目の下調べにはいります。

2021年6月28日月曜日

●月曜日の一句〔小林大晟〕相子智恵



相子智恵







夏の雨ドラマにたとえれば五話の  小林大晟

『青嵐 ― 第二回、三回 愛媛新聞「青嵐俳談大賞」作品集』(2021.6 愛媛新聞社)所載

一読、なるほどなあと思った。掲句の〈ドラマ〉とは、いわゆる連続ドラマを指しているのだろう。私たちに馴染みのある民放の連続ドラマは、現在は四半期(3カ月)が「1クール」と呼ばれ、10~11話くらいで終わるドラマが多い。

連続ドラマの5話目と言えば、序盤の”つかみ”と終盤の盛り上がりの間に挟まれた、ちょうど真ん中の回に当たり、どことなく”中だるみ”のゆるい感じが想像されてくる。

同様に〈夏の雨〉という季語も、夏に降る雨の総称であり、梅雨や夕立のようにはっきりした特徴をもっていない。ただ、きらきらした明るさを背景に感じさせて、ぼんやりとした中にも気持ちのよい”抜け感”がある。なるほど連続ドラマに例えれば、まさに5話目といったところだろう。〈五話の〉という中途半端な「の」止めも”中だるみ感”をよく表していて面白い。

言葉先行の句なのだが、実際、どこに出かけるでもなく窓の外の夏の雨を眺めながら、ドラマのことをぼんやり考える、どこにでもいる私たちの、ゆるい日常が想像されてくるところもいい。

2021年6月21日月曜日

●月曜日の一句〔遠藤由樹子〕相子智恵



相子智恵







海原をマンタの進む六月よ  遠藤由樹子

句集『寝息と梟』(2021.5 朔出版)所載

今日は夏至。夏至の日は毎年、「もうこれからは日が短くなっていく一方なのか……」と、ちょっと淋しい気持ちになってしまう。地球規模で見れば、南半球はこれから日が長くなっていくわけで、そんなふうに北半球から南半球へ視点をずらして心をなぐさめながら、掲句に目が留まった。

北半球も南半球も関係なく、熱帯の広く青い海原を、マンタがまるで空を飛ぶように悠々と進んでゆく。〈六月よ〉というのは、たまたま作者がマンタを見た月だったのかもしれないけれど、やはり夏至を含む月であることが、この句をさらに美しいものにしているのではないだろうか。

六月は、日本では梅雨の季節でもあるので、水と太陽の季節ともいえる。水の中でありながら、大きな羽根を広げて悠々と空を飛んでいくようにも見えるマンタの姿に、この季節の感じが、とてもよく響きあっているように思うのだ。

2021年6月18日金曜日

●金曜日の川柳〔都築裕孝〕樋口由紀子



樋口由紀子






まんじゅうに手が届かないほとけ様

都築裕孝 (つづき・ひろたか) 1944~

子ども頃、仏壇の前にはいつも何かが供えられていた。出始めの果物やちょっと高価な和菓子。広告のチラシを見て、買い物に行くような母だったが、仏壇の前だけは豊かだった。仏飯を供える前のご飯を食べて、ひどく叱られたこともあった。家の中でほとけ様は特別な存在であった。

しかし、ほとけ様は仏飯も供物も食べることができない。食べることができるのはこの世に生きている人々である。そのあたりまえのことをユーモアと皮肉を込めて、そのまま発せられている。それを素直におもしろがるところに、ひょっとしたら川柳の理想の姿があるのかもしれない。『杜Ⅱ』(川柳杜人社刊 2021年)所収。

2021年6月16日水曜日

●西鶴ざんまい #9 浅沼璞


西鶴ざんまい #9
 
浅沼璞
 

 着るものたゝむやどの舟待ち  西鶴(四句目)
埋れ木に取付く貝の名を尋ね     仝(五句目)
『独吟百韻自註絵巻』(元禄五・1692年頃)
 
五句目といえば、歌仙では月の座ですが、百韻の場合、七句目が定座になります。とはいえ発句が秋で、月を脇に引きあげていますから、初表ではもう詠む必要がありません。なのでここは雑となります。

 
句意は「浜辺の埋れ木に付着する、その貝の名を尋ねる」といったところ。

貝といえば、脇の第1形態・鸚鵡杯くんはオウム貝からの連想でした。けれど最終形態・月馴れさんは「貝」のイメージをとどめていませんので、去嫌の規定にはさわらないでしょう。

 
 
さて西鶴の自註には「日和(には)待ちせし夕暮に、いづれ礒(磯)ありきして、耳なれぬ所の時花(はやり)うたを聞覚え、目なれぬしやれ貝の、入江の浮藻がくれに、流れ木に取付くを、案内せし人に問ける心行(こころゆき)を付ける」とあります。

「日和待ち」とは波風がおさまるのを待つこと。前句の「舟待ち」の原因をあかした自註なわけです。

つれづれなるままに浜辺へ繰りだした乗客たちは、耳なれないご当地ソングを聞き覚え、見なれない貝殻の、入江の流木にくっ付いたその名を、案内人に問うという趣向。

句の「埋れ木」が自註で「流れ木」となっているのはご愛敬で、西鶴によくある表記ミス。気にする必要はありません。

「なんやそれ。人間だれかて間違いの一つや二つ、三つ、四つ……」

 
ということで自註と最終テキストとの落差を埋める仮定の過程をメモれば――

 日和待ちをせし夕暮の磯歩き  〔第1形態=磯歩きくん〕
    ↓
 流れ木に取付く貝を気にかけて 〔第2形態=気にかけくん〕
    ↓
 埋れ木に取付く貝の名を尋ね  〔最終形態=お尋ねさん〕

磯歩きくん即ちお尋ねさんになるの図で、第2形態・最終形態は「磯歩き」くんの抜けと解せます。
 
たとえば乾裕幸氏はこの付合について――前句の「舟待」を「磯歩き」で応じながらも、「磯歩き」のことばを抜き、その情景の一コマを付け寄せた《心行》である――と述べています。で、この《心行》に関しては、「蕉風などの《心付》に同じい」と乾氏は解説しています(『俳句の現在と古典』平凡社)。
 
なるほど蕉風も元禄正風体の一つとすれば、納得納得。

「そうや、芭蕉はんだけが元禄風やないで。飛ばし形態かて、抜けかて、移りかて、さほど違わんやろ」

 
では次回は打越へ取って返し「三句目のはなれ」の吟味をします。

2021年6月14日月曜日

●月曜日の一句〔金子敦〕相子智恵



相子智恵







入口の砂地凹んで海の家  金子 敦

句集『シーグラス』(2021.4 ふらんす堂)所載

海の家は、海水浴シーズンだけに浜辺につくられる仮設小屋で、海水浴客に、かき氷や焼きそばなどのちょっとした食事を提供したり、浮き輪などが買えたり、シャワーや着替えができたりする場所だ。

〈入口の砂地凹んで〉だから、海開き直後の真新しい海の家ではなく、夏も終わりに近い、すでにたくさんの人たちが訪れた後の、自然と入口の砂地が削られて凹んだ状態なのだろう。

〈入口の砂地凹んで〉は、何気ないようでいて、もうすぐ海水浴シーズンも終わるという一抹の淋しさと、秋の気配がそこはかとなく感じられてくる優れた描写になっている。
砂地の凹みを見ている一瞬はとても静かで、そこから、もうあまり混んでいない海の家越しに波に目をやれば、波に遊ぶ人も少なく、海もまた静かであるのだろう。

2021年6月11日金曜日

●金曜日の川柳〔湊圭伍〕樋口由紀子



樋口由紀子






助手席でカバンのなかを拭いている

湊圭伍 (みなと・けいご) 1973~

映画のワンシーンのようである。映画ならこのシーンの前後を観ていたら、その理由はある程度理解できる。しかし、映画ではなく川柳である。このワンフレーズだけでは何故拭いているのか不明である。書かれている意味以上のものが仕組まれているのだと思ってしまう。しかし、感情を喚起させるものは見事にシャットダウンされている。

だから、拭いている人の表情を思い浮かべながら、何かあったのかと想像するしかない。根拠や理由を表に出さないで、自分の存在感をたくみに示し、時代を生きる気分を表現している。すべては「そら耳」であり、別に何の意味もないのかもしれない。まんまと言葉の仕掛けにひっかかってしまったのだろう。『そら耳のつづきを』(2021年刊 書肆侃侃房)所収。

2021年6月8日火曜日

【俳誌拝読】『ねじまわし』第1号(2021年5月16日)

【俳誌拝読】
『ねじまわし』第1号(2021年5月16日)


A5判、本文44頁。生駒大祐、大塚凱による俳誌。俳句作品は両氏それぞれ10句。

薄紙の慌てて燃ゆる菱の花  生駒大祐

いうれいと云ふくちびるのうごかなさ  大塚凱

記事は、生駒大祐〈「型で学ぶ俳句入門」第1回〉のほか、岡田一実〈山本健吉が「低調」と評した大正「客観写生」俳句を読んでみた〉、広渡敬雄〈「作家の記憶」-晩年の能村登四郎-最期まで自己変革と艶〉等、ゲスト執筆者を迎える。

第1号発行記念句会には、上記両氏がクズウジュンイチ、岡田一実、野口る理の各氏をオンラインで迎える。ただし、これには他誌に類を見ない仕掛けがあり、それが明かされる編集後記的な〈対談 ねじくらべ〉が他の話題も含め、興味深い内容。


(西原天気・記)



2021年6月7日月曜日

●月曜日の一句〔清水右子〕相子智恵



相子智恵







昼寝覚喉にネックレスが重し  清水右子

句集『外側の私』(2020.5 ふらんす堂)所載

どきっとするような身体感覚のある昼寝覚だ。ネックレスの重さで喉が少し締めつけられた状態で目覚めた。首を締められれば人間は死んでしまうのだが、重みと共に生きていることを感じながら目覚めたのである。夢見の悪そうな昼寝覚だ。

そもそもネックレスをしたまま昼寝をしていたということは、予定のない昼下がりに自宅で一人、部屋着のままでするくつろいだ昼寝ではない。かといって、首ではなく「喉」の方に重さを感じているのだから、仰向けで寝ていることは確かである。だから、昼休みに机に突っ伏して少しの仮眠を取るようなデスクワークの場面でもない。

これは例えば恋人の家だとか、友達の家だとか、ある程度おしゃれな格好をしてきた時の、ふいに他人の家でしてしまった昼寝が想像されてくる。

あるいは自宅であっても、午後に出かける用があるのに(そんなことをしている暇はないのに)出かける格好のまま昼寝をしてしまったりだとか、あるいは逆に徹夜で遊んで、帰ってきたままの格好で寝てしまったりだとか。そこに浮かび上がるのは日常と非日常のあわいの、微妙な居心地の悪さである。

「ネックレス」という”ハレ”と、「昼寝」という”ケ”が「喉を締めつける重さ」という身体感覚で結びつき、奇妙な後味を残す一句となっている。

2021年6月4日金曜日

●金曜日の川柳〔石部明〕樋口由紀子



樋口由紀子






老人がフランス映画へ消えてゆく

石部明 (いしべ・あきら) 1939~2012

登場人物の老人が映画の中で消えていったというのではないだろう。フランス映画そのものに老人が消えていく。なにげなさそうだが、とんでもないことである。「フランス映画」は非日常ではなく異世界とし、消えていく場にふさわしいものとして捉えている。

石部の想像は哀しく、それでいて奇妙である。ふらふらと何処かへ行き、ふらっと消える。そんなふつふつと湧いてくる、不可解な混沌を抱えている。この老人は妖しく、得体が知れない。一抹の寂寥感とそれ以上の昂揚感も滲ませている。この世のやっかいさ、日常のどこかが壊れていくような感覚で、幻想的なイメージの世界に句を引っ張っている。余情が詩情となっている。『遊魔系』(2002年刊 詩遊社)所収。

2021年6月2日水曜日

●西鶴ざんまい 番外篇1 浅沼璞


西鶴ざんまい 番外篇1
 
浅沼璞
 

このへんで番外篇をひとつ。

 
東京新聞の朝刊に「私の東京物語」という連載ものがあります。
 
著名人によるエッセイのシリーズで、十話前後を限りに執筆者が替わります。
 
最近のでは赤坂真理さんが印象に残りました。
 
赤坂さんについては、拙著『西鶴という方法』でその西鶴的な羅列文体について考察したこともあって、懐かしい気分も。
 
やはり描写の腕は確かで、今西鶴だなと再認識させられた次第です。

 
 
その後、長谷川櫂さんが執筆。
 
愚生とほぼ同じ世代ながら、芭蕉臭が強いイメージで、自ずと距離をおいてきました。
 
今回も軽く読み飛ばしていたのですが、三年前皮膚癌になったという件の、生死に言及するあたりで引きこまれました。引用します。
「人は死ねば肉体も精神(魂)も消滅する。ありもしない来世などあてにせず今の時代をしっかり見ておきたい、やるべきことは命あるうちにすべてやる」(5月21日付)
西鶴の現世主義に通じる潔さで、腑に落ちました。
 
しかも「やるべきこと」とは、「蕪村の俳句を老人文学として読み直してみたい」(25日付)というのですから尚更です。

当「西鶴ざんまい」で愚生が庶幾しているのもまた、「西鶴晩年の連句を老人文学として読み直す」ことにほかなりません。

 
とはいえ画家の蕪村が俳諧に本腰を入れたのは五十過ぎ、遅咲きの典型。
 
かたや五十二歳の西鶴は、「人生五十年、それかてワテには十分やのに、ましてや」と次の辞世を詠み、浮世からあの世へ。

浮世の月見過しにけり末二年       『西鶴置土産』(元禄六年・一六九三)

今たどっている自註百韻は逝去前年の作と推定されています。同年刊行の名作『世間胸算用』との関連も気になってくるところですが、たぶんそれは元禄正風体と老人文学との相関関係を抜きには考えられないでしょう。
 
もっと突っこんだら、西鶴逝去の翌年五十一歳で没した芭蕉の、晩年の俳風「かるみ」とも関連してくるでしょうし、そうなれば蕪村の老人文学も視野に入ってくるわけで……、と連句よろしく付筋は多岐にわたるのです。