2019年10月19日土曜日

●土曜日の読書〔抽斗〕小津夜景



小津夜景








抽斗

いまこの部屋に、何を入れてもいい自分用の抽斗がある。

その抽斗に、ふだんはとっておきたいモノを何でも入れている。切れた豆電球。狂った目覚まし。道や海に落ちていた羽根、石、枝、シーグラス、植物のかけら。街路樹の押し葉。細切りにして鳥の巣っぽくまるめた紙。先の曲がったフォーク。計量カップの把手。点かないライター。はずした洋服のタグ。乗り物の半券。ほかいろいろ。

ある夜、抽斗をあけると、ランプの当たり方のせいか、どことなくモノたちの雰囲気がいつもと違っていた。まるで生きているかのように、ぴょんぴょん目に飛び込んでくるのだ。

これ全部、なんでここにあるんだっけ。

モノたちのようすにとまどいながら、ふとそう思った。知り合いからもらったモノについては、ここにある理由がはっきりしている。問題はそれ以外だ。自分用の抽斗は2段しかないから、すべてのモノをとっておけるわけではない。どうしても優先順位をつけねばならず、つまりわたしはふだんから究極の取捨選択と知らず知らずのうちに向き合っているはずなのだ。

だが夜も遅いので、何も考えずに寝ることにした。

あかりを消して、仰向くと闇である。耳栓をしているから音もない。眠りに落ちるまでのつかのまは、鼓動の拍を耳の骨で感じ、音ならざる音としてそれを聞いている。
我々が洞窟の入り口を眺める時(冬には鴉がそこに巣をつくり、時には何かに驚いたようにカアカア鳴きながら空へ舞い上がる)そこに見えるのは、単なる真暗闇ではない。鍾乳石や石筍を、さらには天井や壁の凹凸を心の中で光らせ、その燐光を頼りに進んで行くのである。無論、その光は日暮れのように朧気だが、我々はたしかに明るさへの途を歩んでいるのだ。我々はむしろ夜明けを思う。洞窟が与えてくれる第一の教訓は、夜など存在しないということである。(ピエール・ガスカール『箱舟』書肆山田)
時間という壮大な抽斗の中は、行き方しれずになったモノやヒトでいっぱいだ。もしかするとわたしは時間の地質学者になりたいのかなあ。ピエール・ガスカールが教えてくれた、かすかな光を伝うやり方で。あるいは完全な闇の時は、遠すぎて見えない星を想い、胸の火を焚きつけて。あいかわらず鼓動の拍は、ざり、ざり、と砂を刻むようにくりかえし、わたしはそれを聞いている。そして砂の上を、一足ずつゆっくりと辿りつつも、しだいに足をとられ、色も香りもない抽象的な時間そのものに埋もれてゆく自分の光景を夢のとばぐちから眺めていた。


2019年10月17日木曜日

●木曜日の談林〔西鶴〕浅沼璞


浅沼璞








 音に啼く鳥の御作一躰   西鶴(前句)
月は水膠の大事とかれたり  仝(付句)
『大矢数』第九(延宝九年・1681)

前回に引きつづき、西鶴による謡曲『鵜飼』のサンプリングから。


前句――
「音(ね)に啼く鳥」に「鳥の御作」をかける。
「鳥の御作(ごさく)一躰」は飛鳥時代の仏師・鞍作鳥(くらつくりのとり)によって作られた仏像一体の意。
鞍作鳥は飛鳥大仏や法隆寺の釈迦三尊像で知られ、止利仏師(とりぶっし)とも記す。

付句――
「月は水」は「月ハ水之精ナリ」(暦林問答集)という当時の認識。
「膠(にかわ)の大事」は乾漆像制作における膠の用法の、その大切さを意味しよう。
だから「とかれ」には「膠の大事を説く」と「膠を水に解く」の両意がかけられている。


二句の付合は難解だが、鞍作鳥による仏像一体は、乾漆技法における膠の大切な解き方を、それとなく人々に説いている、といった感じだろうか。

詞付としては、音に啼く鳥→鶯→法華経→大事(西鶴文芸詞章の出典集成)。

そして謡曲『鵜飼』の、「げにありがたき誓ひかな 妙の一字はさていかに それは褒美の言葉にて 妙なる法と説かれたり」(新潮日本古典集成)からのサンプリング(下線部)。

くわえて「音に啼く鳥→鶯」(春)から「月は水」(秋)への季移りでもあり、かなりの力技だ。

前回の西吟との付合みたいな協調性は微塵もない。


結語――
西鶴独吟はときに強引である。

2019年10月15日火曜日

●クレーン

クレーン

はわはわとクレーン休日の鴎は  毛呂篤

此の道や行く人なしに秋のクレーン  高山れおな

冬の靄クレーンの鉤の巨大のみ  山口青邨


2019年10月12日土曜日

●土曜日の読書〔文字の泡〕小津夜景



小津夜景








文字の泡

むかしは手紙を書くのにとても時間がかかった。まずなにを書こうかかんがえないことには書き出せなかったし、言葉づかいや文章のながれにも頭を悩ませた。それから筆跡にもこだわっていたと思う。

いまではそのような気苦労がない。頭をからっぽにしていきなり書き出し、思いつきをそのまま自由に綴ってゆく。手紙はそれでじゅうぶんだということがわかったのだ。文字の巧拙はもはやどうでもいい。というより最近はひじきみたいなじぶんの文字を面白がっている。

文字は存在である。それは書き手の分身だったり、また時に書き手のまったくあずかり知らない生き物だったりする。なにもない空間から、身をよじるようにして文字があらわれるのを、書きつつ眺めるのはたのしい。踊っていたら、身体の先っぽから知らない生き物がどんどん湧いてくるみたいなきもちだ。なにもないと思っていた空間に、こんなにたくさんの文字が眠っていたとは。眠りを破られ、ぬっと起き上がった文字のよじれは寝癖のように可愛らしく生々しい。こんな生々しいすがたを人前にさらしていいのかしら。そんな思いをよそに、起き上がった当の文字は伸びたり縮んだりしながらどこ吹く風で遊んでいる。

筆跡へのこだわりがなくなってから、かえって人の字をよく観察している。また書体というものの成り立ちにも関心が向くようになった。
「葦手」というかながきの形式は、水辺の草のなびいている感じに、行間や行の頭を不揃いに、連続体のかなで書かれたもので、手紙などが多いが、いかにも王朝の抒情的な文章をつづるのにふさわしい形式である。時代が下って勘亭流の書、また芝居の文字、その楷書とも行書ともつかぬ書体は、江戸の町方の、かたくるしくない生活感情から生まれた表情を持っている。あきまを少なく太く埋めるような書き方にはユーモアもある。(篠田桃紅『墨いろ』PHP研究所)
篠田桃紅の文字は、生活ではない、もっと純粋で透き通った場所にあるけれど、そんな彼女が彼女自身とは別の、生活の中で使われた文字の意匠心をよろこんでいる。生活の息づかいのある意匠かあ。それならわたしの文字は、あっちへうかんだり、こっちにしずんだり、行先のない文章をつづるのにふさわしい、泡のような意匠を奏でてほしい。またそんな文字が、わたしの言葉をもっとゆるやかな場所へ連れていってくれたら、とてもうれしい。


2019年10月11日金曜日

●金曜日の川柳〔大西泰世〕樋口由紀子



樋口由紀子






形而上の象はときどき水を飲む

大西泰世 (おおにし・やすよ) 1949~

生きている象はもちろん水を飲む。しかし、形而上の象は水を飲むという行為はしない。「形而上」とは抽象的で観念的なものであるから、形をもって存在することはない、しかし、作者は「水を飲む」と言い切る。常識的にはない世界を自分の考えをもって、言葉によって創り出す。日常に対する作者自らの感覚、反応なのだろう。

その姿はどのようなものなのだろうか。その姿が見える視力の良さを感じる。人にうまく説明できないモノを表出している。ひょっとしたら、私の中にもそのような象が存在しているのではないかと思ったりする。いままでと違った目で物事を感じたくなる。日常の感触が変質する。〈さようならが魚のかたちでうずくまる〉〈次の世へ転がしてゆく青林檎〉〈号泣の男を曳いて此岸まで〉 『世紀末の小町』(1989年刊 砂子屋書房)所収。

2019年10月9日水曜日

●炊飯器

炊飯器

炊飯器秋が深むと置かれあり  手塚美佐

動き出す春あけぼのの電気釜  小久保佳世子

炊飯器噴き鳴りやむも四月馬鹿  石川桂郎


2019年10月7日月曜日

●月曜日の一句〔中嶋憲武〕相子智恵



相子智恵







迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー  中嶋憲武

句集『祝日たちのために』(港の人 2019.7)所載

〈えれめのぴー〉とは、「きらきらぼし」のメロディで幼児が歌う「ABCの歌」の

  A-B-C-D-E-F-G(きらきらひかる)
  H-I-J-K-LMNOP(おそらのほしよ)

の、「LMNOP」の部分を「エレメノピー」と歌うあれのことだろう。城に靴を取りに行くのは『シンデレラ』を思い出したりもして、全体に童話のような雰囲気がある。

〈迷宮へ靴取りにゆく〉を、これから迷宮へ靴を取りに出発するところだと読めば〈えれめのぴー〉が〈迷宮〉の扉を開く「呪文」のように思えるし、迷宮へ靴を取りに行っている最中ならば、〈えれめのぴー〉は靴を取りに行った人が迷って出られなくなって叫んだ「悲鳴」のようにも聞こえてきて、何だか怖い。しかも平仮名で書かれていて脱力感があるので「おもしろくて、やがて怖い」感じだ。「LMNOP」のことだと知ってはいても、その意味を無化してしまうこの平仮名が妙に頭の中にこびりついてしまって、忘れられない一句となった。

2019年10月5日土曜日

●土曜日の読書〔読書、ある〈貧しさ〉との戦い〕小津夜景



小津夜景








読書、ある〈貧しさ〉との戦い

この「土曜日の読書」は週刊俳句からの依頼ではなく、わたしがやらせてほしいとお願いしてはじめた連載である。はじめた理由は読書がしたかったから。わたしは本が嫌いで、なんの強制もなく読書することができない。それで強制の機会をつくってみたのだ。

それはそうと、どうして本が嫌いなのか。それは、たぶん、読みたいのに読めない期間が長すぎたからだと思う。つまり俗にいう卑屈である。罪のない本に八つ当たりしているわけだ。実家にいたころも、結婚してからも、わたしが読書すると周囲は嫌がった。病弱だったからだ。本当に誰ひとりいい顔をしない。暴力的な手段で禁じられ、監視されていたこともある。世話する方は地獄だったことだろう。が、世話される方もまた地獄だった。

けれどもわたしは本が読みたかった。誰にも気づかれないように事に及ぶ方法はないものか。そう作戦を練りつづけて、おのずと辿りついたのが詩歌の世界である。詩歌であれば、ほんのちょっとした隙に、数行をぱっと盗み読むことができる。またしずかに眠っているふりをして、盗みおぼえた作品を心の中で確認し直すこともできるだろう。そんなジャンルが他にあるだろうか。

わたしが詩歌にのめりこんでいったのは、こうしたやむにやまれぬいきさつだった。フランスに来てからは、10年以上一冊も新しい本を読まなかったのだけれど(これはお金がなかったのも大きいけれど)、そのあいだもずっと空を見ているふりをしながら、頭の中にあるなけなしの詩歌を、真剣に反芻していた。ただのひとつも忘れないように。

で、いまの話に戻って、ここ数年はぴんぴんしている上に、この連載のおかげで毎週かならず本にさわっている。こんな生活は30年ぶりである。30年前は親元を離れて入院していた施設に立派な図書室があったので、誰からも干渉されず本だけは読むことができたのだ。

とはいえ我慢に我慢を重ねてきた時間が長すぎて、読書に対する天真爛漫なよろこびというのはいまもってわからない。わたしにとっての読書とは、さまざまな〈貧しさ〉との戦いの記憶とあまりにも分かちがたく結びついてしまっている。

本当は大好きと言えるはずだったのに、そしていまでもきっとそうなれるはずなのに、いざ頁をひらくとかつての怒りと悲しみがこみあげて、涙が頬をつたう読書というもの。そんな大嫌いな読書が、わたしに対してつかのま優しくなるのは、たとえばこんなささやきを思い出すときだ。

「書物」

この世のどんな書物も
きみに幸せをもたらしてはくれない。
だが それはきみにひそかに
きみ自身に立ち返ることを教えてくれる。

そこには きみが必要とするすべてがある。
太陽も 星も 月も。
なぜなら きみが尋ねた光は
きみ自身の中に宿っているのだから。

きみがずっと探し求めた叡智は
いろいろな書物の中に
今 どの頁からも輝いている。
なぜなら今 それはきみのものだから。
(ヘルマン・ヘッセ『ヘッセの読書術』草思社文庫)


2019年10月4日金曜日

●金曜日の川柳〔鳴海賢治〕樋口由紀子



樋口由紀子






郵便番号038の牛の舌

鳴海賢治 (なるみ・けんじ)

まず郵便番号の038を調べてみた。青森市・弘前市・つがる市など広範囲に渡っている。特別「牛」に関連する地域でもなさそうである。次に地図を見てみたが、その地域と特に形が似ているようには思えなかった。

いろいろ考えた。もちろん、その地方にも牛はいる。そして、牛には舌がある。だから、「牛の舌」も行政区割では「郵便番号038」になる。「牛の舌」に関して、なんらかの通知が届くこともあるかもしれない。なんの脈略もないと思っていたものにつながりができてきた。言葉がおもしろく絡まって、風変わりな認識を与えてくれた。〈現実は桃が流れていないこと〉〈見慣れないカマキリが海を見ている〉〈第二幕やはりグンゼの下着かな〉〈病院のスリッパで病院の中へ〉

2019年10月3日木曜日

●木曜日の談林〔西鶴・西吟〕浅沼璞


浅沼璞








鵜の首をしめ出しに逢ふ恋の闇   西鶴(前句)
 小舟の篝越るはしの子      西吟(付句)
『西鶴五百韻』第一(延宝七年・1679)

西鶴俳諧というと独吟連句のイメージが強いけれど、大坂談林との一座も少なからず残っている。

この五吟五百韻を収録した『西鶴五百韻』もその一つで、西鶴が編集、水田西吟が版下を担当。
ともに宗因門で、のちに西吟は『好色一代男』の版下・跋文によって世に広く知られることとなる。

そんな二人の息のあった付合。
前句――「鵜の首をしめ」と「しめ出し」は掛詞になっている。鵜飼の鵜のように恋の闇に締め出されるイメージ。

付句――「闇」に「小舟の篝」とくれば、謡曲『鵜飼』(注1)のサンプリングとわかる。「はしの子」は梯子のことで、「恋の〆出し」との付合語(俳諧小傘)。鵜飼舟の篝火で恋の闇路を越える、そんな梯子のイメージ。

鵜飼の付合と、恋の闇の付合が混交し、談林らしいカットアップとなっている。


じつはこの九月上旬、長良川の鵜飼舟を初体験。

あいにく雷雨だったけれど、そのせいで篝火の強さを知った。
終盤、つぎつぎと川に篝を沈める光景には息をのんだ。
雷光の川面にわきたつ嘆声と煙。
いやでもあの名句がうかんだ。

おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉   芭蕉(貞享五年・1688)

これも謡曲『鵜飼』(注2)のサンプリングだけれど、ここに恋の闇の文脈を加えたなら、「おもしろうてやがてかなしき」両義性がいや増しに増すであろう。


(注1)鵜舟にともす篝り火の 後の闇路をいかにせん」「鵜舟の篝り影消えて 闇路に帰るこの身の 名残り惜しさをいかにせん」(新潮日本古典集成)

(注2)「鵜使ふことの面白さに……鵜舟にともす篝り火の 消えて闇こそ悲しけれ」「罪も報ひも後の世も 忘れ果てて面白や……月になりぬる悲しさよ」(同上)

なお連歌寄合集『連珠合璧集』によると「後の世の酬」と「恋死」は寄合語との由(同上)

2019年10月2日水曜日

【週俳アーカイヴ】川柳✕俳句

【週俳アーカイヴ】 
川柳✕俳句


柳×俳 7×7 樋口由紀子×齋藤朝比古:第6号・2007年6月3日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/06/77.html

「水」のあと 齋藤朝比古×樋口由紀子:第7号・2007年6月10日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/06/blog-post_10.html

「水に浮く」×「水すべて」を読む:上田信治×西原天気:
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/06/blog-post_4958.html


柳×俳 7×7 小池正博✕仲寒蝉:第8号・2007年6月17日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/06/77_17.html

「悪」のあと 小池正博✕仲寒蝉:第9号・2007年6月24日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/06/blog-post_23.html

「金曜の悪」「絢爛の悪」を読む 島田牙城×上田信治:
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/06/blog-post_2712.html


柳×俳 7×7 なかはられいこ✕大石雄鬼:第16号・2007年8月12日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/77.html

「愛」のあと 大石雄鬼×なかはられいこ:第17号・2007年8月19日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/blog-post_19.html

「二秒後の空と犬」「裸で寝る」を読む(上)遠藤治✕西原天気:
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/blog-post_4958.html

「二秒後の空と犬」「裸で寝る」を読む(下)遠藤治✕西原天気:第18号・2007年8月26日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/08/16-77.html


柳俳合同誌上句会 投句一覧:第382号・2014年8月17日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2014/08/blog-post_17.html

選句結果:第383号 2014年8月24日
http://weekly-haiku.blogspot.com/2014/08/20148.html

2019年9月30日月曜日

●月曜日の一句〔生駒大祐〕相子智恵



相子智恵







小面をつければ永遠の花ざかり  生駒大祐

句集『水界園丁』(港の人 2019.7)所載

「月曜日の一句」は一句集から一句、なるべく当季の句を読もうと決めている(別にそう指示されたわけではない。自由な欄なので、自分の中で定型感?が欲しくてそうしているだけだ)のだが、今日は『水界園丁』からもう一句取り上げたい。というのも、角川「俳句」2019年10月号の「新刊サロン」で本句集を紹介したのだが、紙幅が足りず、改めて読み返してみたら、掲句について書いた箇所の意味がとても分かりにくかったので、もう少し書き加えてみたい気持ちになったのだ。

以下は、角川「俳句」2019年10月号「新刊サロン」に書いた一部である(発売中です、と、販促に貢献)。
本句集の章立ては、冬、春、雑、夏、秋の順となっている。「雑」がこの位置にあるのは珍しい。さらに雑の中に
  小面をつければ永遠の花ざかり
など季語と取れる句があり、考えさせられた。〈永遠の〉だから「花」でも雑なのだろう。逆に我々の方が「花=桜」に狭め過ぎなのかも。『白冊子』に「花といふは桜の事ながら、すべて春の花をいふ」とある。儚さを知ればこそ永遠を願う花の本意に触れた一句だ。
掲句は雑の句だ。能の小面をつけた人が出てくる幽玄な世界である。掲句が雑の章にあるのは〈永遠の〉が重要であり、四季を巡りくる花(あるいは桜)の盛りという通常のイメージとは離れたかったのだろうと思う。

それを踏まえたうえで、私はこう感じた。〈小面をつければ〉ということは、それをつけていない世界では〈永遠の花ざかり〉なんてない、ということが暗に提示されている。小面をつけない世界では季節は巡りゆくのであり、花盛りがあれば必ず花は散っていく、儚い世界なのである。

小面をつければ〈永遠の花ざかり〉に居続けることができるけれど(主体は小面をつけた能楽師本人と読みたい気がする)、小面をつけない時、自分は無常の中にいる。〈儚さを知ればこそ永遠を願う〉と書いたのはそれを思ったからだ。

ところで「桜」が晩春の季語であるのに対して、「花」が三春に渡る季語であるのは「花」が「春の花すべての代表」だということを示しているからだ。〈逆に我々の方が「花=桜」に狭め過ぎなのかも。〉と書いたのは、それを書きたかったのだけれど、いささか唐突だった。

服部土芳の『三冊子』の中の「白冊子」に、
「実は梅・菊・牡丹など下心にして仕立て、正花になしたる句、その木草に随ひ、季を持たすべきか。或は、正月に花を見る、また九月に花咲くなどといふ句はいかが」といへば、師の曰く「九月に花咲くなどいふ句は、非言なり。なき事なり。たとへ名木を隠して花とばかりいふとも正花なり。花といふは桜の事ながら、すべて春花をいふ。是等を正花にせずしては、花の句多く出づる。賞軽し」となり。
という一節がある。

現代語訳は、
「実際には、桜ではなく梅・菊・牡丹などを想って句作りして正花とした作品は、それらの草木の花の季節に随って、季とするのですか。そして、正月に花を見たとか、九月に花が咲くなどという花の句はどうですか」などお尋ねしましたところ、先生(芭蕉:筆者注)は「九月に花が咲くなどということは、だめだ。そんなことは現実としてないことだからだ。また、梅・菊・牡丹などの名木を下心に隠し置いて花とだけ表現した場合であっても、それは正花扱いとなり、季はあくまでも春である。花というときには、元来は桜をさすのであるが、桜にこだわらずに春の花一般をも花と見做すのである。それを正花としなかったらば花の句が四つの定座よりも多くなってしまう。そうなると賞翫の心が軽くなってしまう」と答えられた。
(上記すべて『新編日本古典文学全集88』(小学館)の復本一郎校注・訳による)
これはあくまで花や月の定座がある俳諧の約束事を伝えているので、俳句とは違うけれども、やはり「花といふは桜の事ながら、すべて春の花をいふ」の心を引き継いでいるのが「花」という季語なのだと思う。

花の咲き乱れる春が永遠に続くことを希求する心を、掲句の裏側には濃厚に感じる。もしかしたら私たちが「花=桜」と教条主義的に捉えていて、「〈永遠の花ざかり〉だから桜とは言えないし、春季とは言えない」などと短絡的に評するとしたら(あるいはそれを避けて作者が「雑」としたのかもしれないな、とふと思ったりしてしまって)それは何だか惜しいことのように思う。

この句が「雑」であることはとてもいいと思うし、そこに作者の明確な意志を感じるけれど、この句がたとえ「春」の章で出てきたとしても、それを表層だけで弾いてしまいたくはないと、そう思える句なのである。

それにしても、有季・無季を厳しく言い立てがちな現代の俳句界において、四季と雑が隣り合う章立てはいい。何だかほっとする。

2019年9月28日土曜日

●土曜日の読書〔タヌキとササキさん〕小津夜景



小津夜景








タヌキとササキさん

ササキさんはメーキャップアーティストから占い師まで60以上の職業を転々としたあと、いったいどういう伝手なのか某所の庭園を管理する財団法人の役付きに収まった、いかさま師っぽい人である。いつも同じ茶色のチョッキと灰色のズボンを身につけ、仕事を休むのはお正月だけ、あとはずっと庭をうろついているという生活で、もしいま生きていたら80歳を超えている。

「私がササキです。これから簡単な採用試験をします。第一問。はるのその、くれないにおう、もものはな。はい、このあとにはどんな言葉が続くでしょう?」
「したでるみちに、いでたつおとめ。……この職場にぴったりな試験内容ですね」
「いや、こんな質問をしたのはあんたが初めてだよ。僕は自分の勘を試すために、相手がかならず答えられる質問をしようと決めているんだ」

これが履歴書持参で面接にゆき、ササキさんとはじめて交わした会話である。このときから変な匂いはしてはいたけれど、働きだしてからもやはりササキさんは変な人で、なにより女性陣に気味悪がられていたのが、夏になると毎日セミのぬけがらをスーパーのレジ袋いっぱいに集めることだった。私も気になったので、ある日ササキさんと二人きりになったとき、なんのために毎日セミのぬけがらを集めているのですか、とたずねてみた。するとササキさんは、なに、タヌキのごはんさ、タヌキはセミのぬけがらがご馳走なんだと笑い、いきなり目を丸くして、そうだ、あんたをこの重要任務補佐にしよう、と言った。

次の日から、セミのぬけがらを竹箒でかきあつめてはレジ袋につめ、ササキさんに献上するという重要任務が始まった。ササキさんは庭の一角にある旧宮邸の前庭にタヌキたちがあそびにくると、セミのぬけがらを彼らの足元に撒き、また手ずから食べさせた。な。かわいいだろ。女性陣に唾棄されながらもセミのぬけがらを抱え、地面にしゃがんでタヌキをかわいがるササキさんとの時間が私は少しも嫌いじゃなかった。

とろこで森銑三の本に、江戸新橋に住んでいた占い師・成田狸庵(りあん)の逸話がある。狸庵はタヌキと遊ぶのが何より好きで、タヌキとの時間をつくるために20代で武士を辞めて新橋の易者になった。タヌキの看板を出し、夏はタヌキ柄の浴衣を着て、冬のタヌキの皮衣をはおり、床の間にタヌキの掛物をかけ、タヌキを膝元にはべらせてタヌキの今様を歌い、タヌキの百態を自在に描いては惜しげもなく人に与え、『狸説』という書物をものし、タヌキの出てくる夢日記をつけ、75年にわたる夢のような生涯を終えた。で、この狸庵が、タヌキの好物はダボハゼであると書いている。
狸庵の家の狸も、その後年が立つにつれて、また新しいのが加わったりして、多い時には六七匹いたことなどもあったのでした。そうなりますと食物の世話だけでも大変です。狸庵は自分で投網を持って、築地や、鉄砲洲や、深川などへ、狸の御馳走の魚を取りに行きましたが、狸はダボハゼが大好きなので、狸庵もそれだけを目当てとしまして、外の魚はどんなのが網にはいっても、それらは惜しげもなく棄ててしまって帰って来るのでした。(森銑三『増補 新橋の狸先生―私の近世畸人伝』岩波文庫)
なんということだろう。ササキさんに教えてあげたい。人生経験豊富で物知りだったササキさんでも、この真実はいまだ知らないと思うのだ。


2019年9月27日金曜日

●金曜日の川柳〔延原句沙彌〕樋口由紀子



樋口由紀子






噴水のくにゃくにゃくにゃととまりかけ

延原句沙彌 (のぶはら・くしゃみ) 1897~1959

噴水を見るたびに思い出す川柳である。いきおいのあるときの噴水はそれはそれで、まるで天下を取ったように、他を圧するものがある。自信満々、イケイケどんどん、何も恐れるものないという態度に満ちあふれている。しかし、それが一旦、水が止まりかけたときのあのなんともみじめな姿。過っての栄光のかけらなどみじんも感じさせないくらいのなさけなさである。とても同じ噴水とは思えない。その落差はなんとも可笑しい。それをうまくとらえている。

なんといっても「くにゃくにゃくにゃ」がかわいい。本当にうまく表現したものである。噴水が普通に上がっているときでも、ああ、この噴水も止まるときは「くにゃくにゃくにゃ」とかわいくなるんだろうなと想像して、ニタニタしてしまう。読み手にあらためて大いなる了解を与える「くにゃくにゃくにゃ」である。

2019年9月25日水曜日

●シーツ

シーツ

初夏の白きシーツを泳ぎ切る  仁平勝

星図の暗さのシーツに溶けるごと眠る  高野ムツオ

菊の象の腋毛アパートの暗いシーツ  大沼正明

夢の川シーツのしわの深い流れ  八上桐子〔*〕


〔*〕『蕪のなかの夜に』(フクロウ会議/2019年8月31日)

アンジェイ・ワイダ『灰とダイヤモンド』1958年

2019年9月23日月曜日

●月曜日の一句〔村上喜代子〕相子智恵



相子智恵







連結車いつしか二輌秋深む  村上喜代子

句集『軌道』(KADOKAWA 2019.7)所載

〈いつしか〉だから、車輌の連結が一度ではなく段階的に数回切り離されたような感じがする。気づいたらいつの間にか二輌になっていた、というような。自分はそのうちの一輌に乗っていると読みたい。

乗る人が減っていき、主要駅(とは言っても大きくはないように思われる)でまた車輌の切り離しが行われた。〈二輌〉という連結車輛の少なさと〈秋深む〉によって、最後は単線の寂しい路線へこの電車が進んでいる感じがする。

〈秋深む〉で具体的な場所を見せていないので、読者が思い出したり想像したりする風景は、秋の山や寂しい海など一人ひとり違う。ただ〈秋深む〉の寂寥感は皆に共通のもの。こうした心理的な季語によって、景のぎりぎりのところを限定しないからこそ、個々の懐かしさと照らし合わせて、共感を呼ぶ句となるのだろう。

2019年9月21日土曜日

●土曜日の読書〔月をつくる〕小津夜景



小津夜景








月をつくる

中秋だけど、とくになんてこともない。と思っていたら、夫がライ麦の餅をつくってくれるという。

ラッキー。ラッキー。そうやって浮かれて長椅子でごろごろしていたら、台所から焼きパンのような匂いがただよってきた。

あれ? これ焼きパン? もしかしてあの人、お餅のつくりかたを知らない? そんな疑いが脳裏をよぎった。が、下手に口出しすると機嫌をそこねて何にも食べられないかもしれない。ここはじっと黙って待つしかないだろう。

作業開始から約一時間後、ついに餅がテーブルに運ばれた。全粒粉でこしらえた凹凸のある餅が、薄い月餅のかたちに8個かさねられ、朱色の花形盆に盛り付けてある。ひなびた情緒がいかにも十五夜風だ。こっそり胸を撫でおろして、いただきますとひとつ齧る。ふつうのお餅よりも軽い嚙みごたえで、ブルターニュの甘い塩の味が口中にじわりと湧き出てきた。おいしい。

「おいしいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「フライパンで焙った? 表面がふっくら割れてる」
「焼き目つけてみた。いいでしょ」
「うん。十五夜のお月さまっぽくはないけどね」
「なんで。クレーターじゃん。リアルじゃん。リアリティ出したんだよ」

なるほどリアルか。そういわれると、たしかに餅の焼き目が月のクレーターに見えそうな気分になってきた。あくまで気分だが。しかし、ということは、この餅の珍妙な色合いもあえてのしわざなのか。

「あのさ。この鹿皮みたいな色は」
「鹿皮って何? これは月の色でしょ」

やはりわざとだったのだ。ふと大昔の洞穴に残っている原始人の絵を思い出す。あれは本当にリアルでおどろいてしまうが、いまわたしの手の中にある月も、きっとものをよく見る人の月なのだろう。夫は星が好きで、よく天体を観察しているから。
鹿を写生してかいたが鹿にみえるだろうか。太閤さんがある歌会に出て、「奥山にもみぢふみわけ鳴く蛍」とかいたら、細川幽斎が「しかとは見えぬ杣(そま)のともしび」と附けた。
この画も鹿と見てほしい。
私は動物園で写生してきた。「あなたは奈良で毎月ゆくのに動物園などに行かなくてもよいでしょう」と云われた。奈良公園の鹿は紙を見ると食べに来る。スケッチブックなど見たら、そばへよってきて写生どころではない。檻の中にいる鹿の方がよい。(中川一政『画にもかけない』講談社文芸文庫)

「今夜、何時に月を見に行く?」
「あ。プーアル茶入れてたの忘れてた」

そう言うと、夫は立ち上がり、台所へ戻った。手をついたとき、テーブルの上の桔梗がゆれた。わたしは具象と抽象を兼ね備えたリアルな月を、また一口嚙んだ。




2019年9月19日木曜日

●木曜日の談林〔宗因〕浅沼璞



浅沼璞








 跡しら浪となりし幽霊      宗因(前句)
世の中は何にたとへんなむあみだ   仝(付句)
『宗因千句』(寛文13年・1673)

前句は謡曲取りで、〈怨霊は、又引く汐に、揺られ流れて、跡白波とぞなりにける〉という『船弁慶』からのサンプリング。

「見るべき程の事は見つ」と壇ノ浦で入水した勇将・平知盛の霊を描き、〈白波〉と「知らない」が掛詞になっているのは謡曲ゆずり。

「白波がたち、行方の知れなくなった知盛の幽霊よ」といった感じ。



付句は、〈世の中を何にたとへん朝ぼらけ漕ぎゆく舟のあとの白波〉(拾遺集・沙弥満誓)の本歌取り。

前句〈跡しら浪〉→付句〈世の中は何にたとへん〉
前句〈幽霊〉→付句〈なむあみだ〉
という二つの連想経路をカットアップ、そのイメージギャップで笑いを誘発する。

「世の中を何にたとえたらいいだろう……南無阿弥陀仏」といった感じ。

(本歌の、出家・満誓に対する念仏への連想もあろう)



この付合を集英社版「古典俳文学体系3」で初めて読んだとき、すぐに次の句を思いだした。
明易や花鳥諷詠南無阿弥陀      虚子
いわゆる「句日記」――昭和29年7月19日、千葉県・神野寺での連泊稽古会で詠まれた作。

早朝の勤行への挨拶だろうが、句の仕立てはサンプリング&カットアップの宗因流といっていい。

これは仁平勝氏が『虚子の近代』(弘栄堂書店、1989年)で指摘済みだけれど、収録句に日付を記すという「句日記」の形式を〈連句に代わるフォルム〉として捉えかえすことだってできるのだ。

子規に松永貞徳のような勤勉さを感じる一方、虚子に宗因的な奔放さを感じてしまうのは、きわめて俳諧的なのかもしれない。

2019年9月16日月曜日

●月曜日の一句〔仙田洋子〕相子智恵



相子智恵







そのあとは煮込んでしまふ茄子の馬  仙田洋子

句集『はばたき』(KADOKAWA 2019.8)所載

一読、笑ってしまう。お盆の時に苧殻の脚をつけて作った茄子の馬。祖霊を迎え、送るための精霊馬だが、お盆が終わったあとは捨てるのももったいないので煮込んでしまった。

茄子は少し萎びているだろうから、天ぷらのように素材の味や形そのものを生かす料理には向かない。しかし、くたくたに〈煮込んでしま〉えば、少々萎びていようが苧殻の穴が開いていようが関係なく、おいしくいただけるのである。ラタトゥイユのように細かく切ってトマトで煮込むのもおいしいだろう。

〈煮込んでしまふ〉に諧謔と若干の罪悪感が滲んでいるが、一度は魂をのせたお供え物を食材に引き戻すのは、ドライなように見えて案外、ただ捨ててしまうよりも祖霊を身近に感じる温かい行為のように、私には思えた。

生死が近くあるお盆にあって、祖霊が乗った茄子の馬を食べることは、死者から命がつながって自分が今生きていることの肯定のように思える。神人供食の「直会(なおらい)」に近い意味を、死者と生者との間にも感じて、何だか元気が出るのである。

2019年9月14日土曜日

◆週俳の記事募集

週俳の記事募集

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2019年9月13日金曜日

●金曜日の川柳〔荻原久美子〕樋口由紀子



樋口由紀子






寂しさに午前と午後のありにけり

荻原久美子 (おぎわら・くみこ)

今話題の高山れおなさんの『切字と切れ』は読み応えがあった。川柳では切字の「や」「かな」「けり」はあまり使わないが、川柳にも切れのある句はある。掲句は切字の「けり」を使っている。「けり」を使っているので、切れているのだろうか。それよりはぽんと投げ出したような雰囲気がある。それも切字効果なのだろうか。

「寂しさ」という理由があってないようなものに「午前と午後」という、これもわかるようでわからない輪郭を与え、「ありにけり」と、さらっと退場する。余分な動詞を斡旋してないので、余計な説明はなく、意味に引っ張られることがなく、一句が終結する。後には言葉だけが残り、余韻をもたらしている。「ありにけり」を流通させ、認証させたことはマジックである。『ジュラルミンラビア』(1991年刊)所収。

2019年9月10日火曜日

●詩人

詩人

蘭湯に浴すと書いて詩人なり  夏目漱石

郭公やダダ詩人には留守だといえ  相原左義長

貧詩人たるさへ難しなめくぢり  林 翔

冴返るものに詩人の心電図  二村典子

象徴の詩人を曲げて野分かな  攝津幸彦

撮影はやめてください詩人です  樋口由紀子〔*〕


〔*〕樋口由紀子『めるくまーる』2018年11月/ふらんす堂

2019年9月7日土曜日

●土曜日の読書〔お菓子の記憶〕小津夜景



小津夜景








お菓子の記憶

週末、なんのまえぶれもなく、家人がフレンチ・クレオール・ラムを買ってきた。

出会って四半世紀、そんなものを買ってきたことは一度もない。いったいなにがあったのか。私がおどろいていると家人は台所へ行き、戸棚からボウルを出し、ボウルの中にアーモンド粉、卵黄、砂糖、バター、フレンチ・クレオール・ラムを入れて、少量の小麦粉で固さを調節しつつこねこねとアーモンド餡をこしらえた。それから、パイ皿に敷いたパイ生地の上に、大きなスプーンをつかってアーモンド餡をならし、別のパイ生地を餡の上にかぶせ、180度に温めたオーブンに入れてガレット・デ・ロワを焼き出したのだった。

「いきなりどうしたの」
「職場の同僚がレシピを教えてくれたんだよね。つきあい上、やってみないわけにいかないと思って」

同僚の話を聞いているうちにパイが焼きあがる。パイ生地のふちを折り込まなかったので野人の料理っぽい。少し可愛くしようとアピルコのケーキ皿に取り分け、カイ・ボイスンのフォークを添えたら、とりあえずぽてっとした素朴な見た目に落ち着いた。

「どう?」
「ん。おいしい」
「よかった」

私はもともと甘いものが苦手で、子供のころは口にすると頭が痛くなって寝込んでしまうほど体質に合わなかった。ひとなみに食べられるようになったのは二十歳もこえてだいぶたってからで、今では「甘いもの=人生」といって差し支えないほどに馴染んだものの、それでも沢山は食べられない。そしてその分、箱や包装紙、ラベルやリボンなどお菓子屋さんの紙もの布ものを眺めて、あの時はおいしかったなあと甘い思い出にふけっている。
その軍医は非常な甘い物好きで、始終胃をわるくして居た。所謂医者の不養生であつた。ふねが港にはいると、取りあへず其処の名物の菓子を買つて来た。さうしてそれを眺め、それを味ひ、それから一々丁寧にそれを写生した。絵の巧い人で、絵の具をさして実物大に写生した。それだけの写生帖があつて、時と所と菓子の名前と、さうして目方と価とが記された。永年のことで、菓子の種類は夥しい数に上つた。静かな航海中、用の無い時は独りその写生帳を取り出し、その美しい色や形を眺め、その味ひを思ひ出して楽しんだ。(岩本素白「菓子の譜」『素白先生の散歩』みすず書房)
岩本素白「菓子の譜」にはこの軍医の話に影響されて、菓子好きの著者が少年のころに始めた遊びのことが綴ってある。どんな遊びかというと、折や箱に貼ってある商標ラベルや 添えられている小箋、包装紙の絵画詩歌で気に入ったものだけを布貼りの菓子折に入れておき、折々に取り出しては丹念に眺めるのである。「柚餅子のやうな菓子」の鉄斎の画。「柿羊羹を台にした菓子」の石埭の詩と墨絵。新潟銘菓「越の雪」の銅版画。砂糖が不自由になった時代は、菓子好きの集まりでそれらを披露し、ご馳走の記憶を皆で分かち合ったこともあるそうだ。


2019年9月6日金曜日

●金曜日の川柳〔田中博造〕樋口由紀子



樋口由紀子






アンパンマンが飛んでいるので眠れない

田中博造 (たなか・ひろぞう) 1941~

当地だけの現象かもしれないが、幼児期の人気者アンパンマングッズが小学生の高学年や中学生にふたたびのブームが来ているらしい。

アンパンマンは正義の味方である。みんなが安らかに過ごせるように、眠れるように、パトロールしてくれている。安心して眠れるはずである。それなのに、「飛んでいるので眠れない」とはなんたることか。アンパンマンが飛んでいると思うと気になって落ち着かないというのだろうか。それともアンパンマンをかえって心配しているのだろうか。

いやいや、言い訳の句だろう。眠れない理由をこじつけているのだ。昼寝でもしすぎたのだろう。でも、アンパンマンを持ってくるとは、言い訳にしてはうまいことを言う。私自身も言い訳ばかりしているが、この手があったのだと気づいた。『セレクション柳人 田中博造集』(2005年刊 邑書林)所収。

2019年9月5日木曜日

●木曜日の談林〔正友・志計〕浅沼璞



浅沼璞







前回は遊女の痴話文(艶書)に関する付合を扱った。

恋文を書けば、それを届ける人が必要なわけで、遊女から客への橋渡しをする文使(ふみづかい)という職業があった。

で、おなじ『談林十百韻』の中から文使の付合をさがすとーー

 君が格子によるとなく鹿 正友(前句)
文使ひ山本さして野辺の秋 
志計(付句)
『談林十百韻』上(延宝3年・1675)

まずは前句。遊里の見世格子に客が近寄ると鹿が鳴くとは奇妙だが、鹿には鹿恋(かこい)女郎の意がかけられている。鹿恋とは太夫・天神に次ぐ廓のクラスで、鹿子位または囲とも書いた。ここは客取りの場面である。

そして付句。鹿の連想から、山麓めざして秋の野辺を急ぐ文使を詠んでいる。飛脚ほど遠くには行かないのだろうが、健脚のイメージだ。



ところで先日、サントリー美術館「遊びの流儀――遊楽図の系譜」という企画展に行った。

目あては『露殿物語絵巻』(1624年頃成立? 逸翁美術館蔵)で、あの名妓・吉野太夫が描かれている逸品だ。

京は島原遊廓の前身・六条三筋町の景が展示されており(折よく場面替があったらしい)、張見世の活気が伝わってくる。

わけても遊女見習の禿が文使をするようすが可憐で、吉野とともに印象に残った。

展示解説にも、禿の文使が散見される旨、書かれてあったが、おなじ「文使」とはいえ、掲句のような飛脚的イメージとはだいぶ違う。

廓内・廓外のエリア分けが、それなりになされていたのかもしれない。



そういえば『露殿物語』成立時(寛永初年)は貞門最盛期で、
 窓さきへ返事もて来る文使  親重
禿やすらふのりものゝかげ   仝
という付合が『犬子集』巻十一(恋)にみられる。

文使の禿が王朝的に描かれ、いかにも貞門っぽい。

2019年9月4日水曜日

●星空

星空

星空へ店より林檎あふれをり  橋本多佳子

虫の夜の星空に浮く地球かな  大峯あきら

星空をふりかぶり寝る蒲団かな  松根東洋城

星空に星がうごいてあたたかし  今井杏太郎


2019年9月3日火曜日

【新刊】高山れおな『切字と切れ』

【新刊】
高山れおな『切字と切れ』

2019年9月2日月曜日

●月曜日の一句〔鈴木牛後〕相子智恵



相子智恵







仔牛待つ二百十日の外陰部  鈴木牛後

句集『にれかめる』(KADOKAWA 2019.8)所載

昨日、9月1日は「二百十日」だった。立春から数えて210日目が「二百十日」、220日目が「二百二十日」で、「台風が起こりやすく、警戒すべき厄日」として、いずれも江戸時代初期『伊勢暦』の雑節に加えられて以来、農業や漁業に、生活の知恵として活用されてきた。「二百十日」を警戒して暮らすことは、昔の人にとっては死活問題であったのだ。
ただ天気予報の進んだ現代では、この季語にそのような実用性を感じている人は、まずいないだろう(作者も実用性は感じてはいまい)。民俗学的な言葉の面白さやイメージが先行する季語として、〈釘箱の釘みな錆びて厄日なる 福永耕二〉など、遠い二物を取り合わせることも多くなっている。現代の生活実感からは遠い季語だ。

掲句、牝牛の外陰部をじっと見ている。臨月を迎え、もうすぐ仔牛が生まれるのだ。嵐の前の静けさの緊張感が「二百十日」と響き合う。近いうちに起こるであろう母牛のすさまじい破水、母牛の苦しみ、仔牛の誕生はまさに台風。句集冒頭の佳句〈羊水ごと仔牛どるんと生れて春〉を読んでからこの句を読むと、これから始まる生臭い命の一大事に、昔の人が「二百十日」を無事に過ぎてほしいと心から願ったのと似た感覚を覚える。〈外陰部〉というおよそ詩語ではない言葉のリアルさもあり、実用性のない「二百十日」という季語に、命の現場から生々しさが吹きこまれたような気がするのだ。

2019年9月1日日曜日

●魔羅

魔羅


わが魔羅の日暮の色も菜種梅雨  加藤楸邨

青すすき虹のごと崩えし朝の魔羅  角川源義

わが魔羅も美男葛も黒ずみし  矢島渚男

魔羅神の鈴口に錢雪解風  中原道夫〔*〕

半伽り魔羅りマイトレーヤな雲休み  加藤郁乎


〔*〕中原道夫句集『一夜劇』2016年10月/ふらんす堂

2019年8月31日土曜日

●土曜日の読書〔セミのブローチ〕小津夜景



小津夜景








セミのブローチ

海岸でもらった風船のおすそわけに、友人のアトリエに寄る。

今日は手に入れたばかりのセミのブローチをワンピースにつけている。セミのブローチをつけるのは、季節の帯をしめるようなものだ。プロヴァンスの昆虫界ではセミの地位が一番高く、街にはセミの小物が年中あふれているけれど、それでもセミが夏の幸福のシンボルであることは変わらない。

扉があいていたので勝手にアトリエに入る。友人の姿はない。ものすごく変わった人なので、壁に隠れているかもと思い、壁にさわりながら、室内をゆっくり回ってみる。が、特に変わったこともない。天井を見上げ、てのひらをひらく。ふわん。風船が天井にくっついた。このまま帰っちゃおうかな。そう思いつつ天井を眺めていたところへ、日本にもセミがいるの?と急に友人の声がした。

「わ。びっくりした。どこにいたの」
「裏庭。いいねそのブローチ」
「でしょ。いるよ。いるけど、基本悲しい生き物だって思われてる。すごい短命だから。で、思うところあって、大声で泣いてるんだろうって」
「あはは。あんな美声なのに。昼寝にいいよね。セミの声って眠くなる」

おいで。セミがいるから。友人は私の肩に手をかけると、そのままアトリエの奥といざなった。裏庭の木陰には2脚のデッキチェアが広げられ、セミの声がしんしんと降っている。

さっきまでここで寝てたの。そう言って友人はデッキチェアに横たわると目をつぶった。
「ああ。生きてるたのしさを、うたってるね」
友人は、そのまま眠ってしまった。
セミの彫刻的契機はその全体のまとまりのいい事にある。部分は複雑であるが、それが二枚の大きな翅によって統一され、しかも頭の両端の複眼の突出と胸部との関係が脆弱でなく、胸部が甲冑のように堅固で、殊に中胸背部の末端にある皺襞(しわひだ)の意匠が面白い彫刻的の形態と肉合いとを持ち、裏の腹部がうまく翅の中に納まり、六本の肢もあまり長くはなく、前肢には強い腕があり、口吻が又実に比例よく体の中央に針を垂れ、総体に単純化し易く、面に無駄が出ない。セミの美しさの最も微妙なところは、横から翅を見た時の翅の山の形をした線にある。頭から胸背部へかけて小さな円味を持つところへ、翅の上縁がずっと上へ立ち上り、一つの頂点を作って再び波をうって下の方へなだれるように低まり、一寸又立ち上って終っている工合が他の何物にも無いセミ特有の線である。(高村光太郎『蟬の美と造型』青空文庫)
帰宅して、セミの資料を漁っていて見つけた随筆。光太郎作の木彫のセミは感動ものだが、随筆の方も傑作である。ありのままのセミをちゃんと見ているのもいい。原文ではこの数倍セミの描写がつづくのだけれど、他人の口から借りてきたようなうんちくは一行も混じっていない。


2019年8月30日金曜日

●金曜日の川柳〔暮田真名〕樋口由紀子



樋口由紀子






カラオケでオクラを茹でるうつくしさ

暮田真名 (くれだ・まな) 1997~

私は素麺を茹でるときに一緒にオクラも茹でて薬味にする。オクラはさっと緑色になり、本当にうつくしい。しかし、「カラオケで」がわからない。「カラオケ」は伴奏のみの音楽に合わせて歌うものだが、どうやって?「空の桶」のなのか。それにしてもへんである。しかし、このわからなさ、やすやすと意味がつながってくれなさが、散文とは異なる立ち位置を確保しているように思う。

〈フロートがいやというほど降るらしい〉〈甘食はすいすい自転車に乗る〉〈ダイヤモンドダストにえさをやらなくちゃ〉などどの句も難しい言葉は使われていないが、感性でつないでいるようで、どう読み解けばいいのかわからない。日常の世界と切れ、一般的な価値体系の外側で存在感を意識的に生みだている。そこで意味を生動させ、日常とは違う概念を発生させている。独自のポエジーである。『補遺』(2019年刊)所収。

2019年8月28日水曜日

●エノケン

エノケン


エノケンも心にありて萩に彳つ  富安風生

エノケンのまなこ地下鐵に忘れ來し  三橋敏雄


2019年8月26日月曜日

●月曜日の一句〔大石久美〕相子智恵



相子智恵







湖に色濃きところ水の秋  大石久美

句集『桐の花』(邑書林 2019.8)所載

湖の色が濃いところとは、深くなっているところだろうか。色の違いが分かることから、この湖がよく澄んでいて、ある程度の大きさや深さのある湖だということがイメージされてくる。

そこにさらに〈水の秋〉という季語が置かれている。取り合わせの句の場合、イメージの近い季語を取り合わせるのは避けるのが定石のように思われているが、掲句は湖に水をあえて重ねているのだ。

〈水の秋〉は「秋の水」の傍題として歳時記に出ているが、秋の水とはベクトルが違う。「秋の水」が澄んだ水そのものを讃えるのに対して、〈水の秋〉は「水が美しい秋という季節」を讃える季語だ。〈湖に色濃きところ〉で脳裏に浮かんだイメージが、「秋の水」であればその湖のみに留まってしまうが、〈水の秋〉であることで、秋という季節そのものへと広がっていく。美しい湖の実景が見えない秋へと繋がって、大きな一句になっているのである。

2019年8月24日土曜日

●土曜日の読書〔100年前のパリジェンヌ〕小津夜景



小津夜景








100年前のパリジェンヌ

この世には好きなものを追いかけて、物理的に無理っぽいことも奇蹟的に達成してしまう変人がいる。

このまえ、山間の古道沿いにあるディーニュ・レ・バンという温泉町へ出かけたら、そんな変人の一人であるアレクサンドラ・ダヴィッド=ネール(1868-1969)の旧居があった。

アレクサンドラはチベットのラサ入りに成功した初の外国人女性である。その経歴はいたって魅力的で、ロンドンおよびパリで東洋思想・チベット語・サンスクリット語を学んだのち、生活のためにオペラ座の歌手(なんと音大も卒業しているのだ)となってハノイ、アテネ、チュニスの舞台に立っていたが、仏教への思い絶ちがたく学究生活に戻り、43歳にしてインドへ出発、そこからは玄奘三蔵ばりに諸国を冒険、砂漠や山岳でいくども飢えや死の危険に晒されつつチベットを目指すというのだからとんでもない。しかもこの初回の旅がいきなり14年間にも及ぶのである。当時鎖国中だったチベットの国境をどうやって突破したのかというと、
私はアルジョバ(巡礼)の扮装をしようと決めた。それは、目立たずに旅行する最良の方法だろう。ヨンデンは実際に学識あるラマ僧であって、私の息子の役をうまく果たすにちがいなく、信仰心から長い巡礼旅を企てたという彼の老いた母(私)は、人々の心を打ち、好印象を与えるに違いなかった。
このように考えたことが、こう決心した主な理由だったが、正直なところ、召使や馬や荷物で心を煩わすことなく、毎晩戸外で思いのままに眠るアルジョバの完全な自由に、私は大きくひかれたのだった。
この一〇ヵ月間の旅行の間には、風変わりな巡礼の生活の不自由も苦労も、そして喜びも味わいつくした。それは夢見うるかぎりの甘美な生活であり、また私にとってかつてない最も幸せな日々であった。肩に僅かな貧しい荷物を背負い、山を越え谷を越えて素晴らしい「雪の国」を放浪したのだった。A.ダヴィッド=ネール『パリジェンヌのラサ旅行1』)東洋文庫)
と、乞食巡礼の老婆に扮し、外国人とバレないよう何も持たず、のちに彼女の養子となるラマ僧ヨンデンを連れ、中国雲南地方からラサまでの山々を数ヶ月かけて徒歩で渡りきったのだ。このときアレクサンドラは55歳。過去4度捕まり、5回目での成功だった。

で、そんな情熱家の旧居だもの、さぞかし本気の東洋趣味なのだろうと思ったらこれが違った。楽しく、愛らしく、ブリコラージュ精神があって(単に大雑把とも言う)いかにもパリジェンヌらしい。パリジェンヌといえば、『パリジェンヌのラサ旅行』という書名は売るための邦訳ではなく原題も《Voyage d'une parisienne à Lhassa》というのだけれど、ひょっとしてこの本はいわゆる「パリジェンヌもの」の元祖でもあるのだろうか。刊行は1927年である。もしそうなら、いやそうでなくても、100年前の「パリジェンヌもの」は最高にダイナミックだったんだなあ。


2019年8月23日金曜日

●金曜日の川柳〔根岸川柳〕樋口由紀子



樋口由紀子






茹でたらうまそうな赤ン坊だよ

根岸川柳 (ねぎし・せんりゅう) 1888~1977

久しぶりに赤ん坊を抱いた。赤ん坊は無垢で、まるまる、つやつやしていて、本当に可愛い。こちらまで心が浄化されそうである。今の赤ん坊は生れたときからしっかりした顔つきをしている。環境と栄養のおかげだろうか。

ふと、掲句を思い出した。それにしても「茹でたらうまそうな」などとはよく思いつくものだ。いったいどうしたらこんなことを考えつくのだろうか。もちろん、新米パパ、ママには言わない。口に出したら、そんな目で赤ん坊を見ているのかと度胆を抜かれ、抱いている赤ん坊を急いで取り上げられてしまうだろう。しかし、赤ん坊に対してこれほどの褒め言葉はないのかもしれないとも思う。思いがけないものがぽんと投げられたような一句。自由な豊かな連想力である。根岸川柳のエンタテイメントなのだ。

2019年8月21日水曜日

●ショパン

ショパン

終りに近きショパンや大根さくさく切り  加藤楸邨

草萌えにショパンの雨滴打ち来たる  多田裕計

幻想即興曲的流しそうめん  羽村美和子〔*〕


〔*〕『ペガサス』第5号(2019年8月)

2019年8月19日月曜日

●月曜日の一句〔ふけとしこ〕相子智恵



相子智恵







月の出をもそろもそろと藻屑蟹  ふけとしこ

句集『眠たい羊』(ふらんす堂 2019.7)所載

はさみや脚に藻屑のような毛が生えた「藻屑蟹」。全国の河川に生息する蟹だ。

掲句、「もそもそ」と「そろそろ」を合わせたような〈もそろもそろ〉という造語のオノマトペが見事だと思う。〈もそろもそろ〉は藻屑蟹の歩く姿の描写であり、歩く音も表しているだろう。その上、細かくびっしりと生えた藻屑のような毛の形状まで〈もそろ〉の音からは見えてくる。

さらに〈もそろもそろ〉と〈藻屑蟹〉の「も」の頭韻が、この句のリズムと手触りを決定づけている。〈月の出を〉の上五を「や」のような切字で切らなかったのも、「O(オー)音」の響きを活かしているのだと思う。次のようにローマ字に起こしてみると、目と耳とが一体となって一句の世界ができあがっているのがよくわかる。

TSUKI NO DE WO MOSORO MOSORO TO MOKUZUGANI

月が出て、秋の硬く澄んだ月光が〈もそろもそろ〉とやわらかい藻屑蟹を照らし始めた。びっしりと生えた藻屑のような毛の一本一本がひっそりと白く輝き始める。ただその下を、藻屑蟹は〈もそろもそろ〉と歩いている。なんと静かな秋の夜の風景だろう。

2019年8月17日土曜日

●土曜日の読書〔空気草履〕小津夜景



小津夜景








空気草履

空気が好きで、空気をつかったアイテムについて、日々情報収集している。

その中に、空気草履という名の、よくわからないブツがある。

これは大昔、尾崎翠「空気草履」で知ったのだが、その小説というのが、貧しい女の子が夢で見た空気草履をひょんないきさつから手に入れる話で、甘ったるく感傷的で、エアー感覚が皆無な上に、肝心の草履のしくみが書かれていない。

空気草履は志ん生の自伝にも登場する。志ん生の師匠である馬生(4代目)が空気草履をはいて、目の見えなくなった小せん(初代)を見舞うくだりだ。
そうしたら小せんのおかみさんが、師匠が帰ったあとで小せんに
「いま勝ちゃん(馬生)が空気草履をはいてきましたよ」
「ナニ、空気草履をはいてきたと……」
小せんはそれを聞いて、ちょっと眉をくもらせていたが、口述で弟子に手紙を書かせ、それを師匠のもとへ届けさせた。その手紙には、
「お前も江戸っ子だし、俺も江戸っ子なんだ。お前とはこうして若い自分からつきあってきたが、いま聞いたら、お前はうちへ空気草履をはいてきたという。江戸っ子がそんなものをなぜはくんだ。江戸っ子の面よごしだ。きょう限り絶交するからそう思え……」
と書いてある。これを読んで師匠はびっくりして、なんとかという文士を中へ立てて、小せんのところへおわびに行ったというんですよ。そして中に立った文士が
「師匠、とにかくこの人も、わるい了見で空気草履をはいていったわけじゃない。つい出来ごころではいたんだから、どうかこのたびのことはかんべんしてやってもらいたい」
(古今亭志ん生『なめくじ艦隊 志ん生半生記』(ちくま文庫)
空気草履がどんなものか、やはり見当がつかない。大辞林第三版の「かかとの部分をばね仕掛けにして、空気が入っているように見せたもの」との説明からだと、ドクター中松の「スーパーぴょんぴょん」しか思い浮かばないのだが、もしかしてそれでいいのか?

そして月日は流れ、きのう夫と待ち合わせた喫茶店で空気草履のことをふと思い出し、スマートフォンで検索したら、なんと実物写真が一枚だけ見つかった。大辞林の説明とは違い、横からみると、インソールとアウトソールの間が革製アコーディオンになっていて、つま先はミッドソール(すなわちアコーディオン部分)を挟んで上下のソールが固く縫い合わせてある。つまりまるきり鼻緒のついた蛇腹のふいごなのだ。これだと足を上げるたびにかかとの部分がふっと扇型にひらき、ふっ、ふが、ふっ、ふがっとなる。ふいごをふがふがふんで歩くのは、確かにちょっと阿呆っぽい。志ん生の本を読んだときは、江戸っ子の偏屈自慢はお腹いっぱいだよと思ったものだけれど、全くそんな話ではなかった。




2019年8月15日木曜日

●木曜日の談林〔三輪一鉄・杉木正友〕浅沼璞



浅沼璞








 蛍をあつめ千話文をかく 一鉄(前句)
月はまだお町の涼み花筵
  正友(付句)
『談林十百韻』下(延宝3年・1675)

まずは不易&流行の観点からーー

前句は車胤(しやいん)の故事「蛍雪の功」の不易をベースに、千話文(ちわぶみ)つまり痴話文(艶書)の流行を詠みこんでいる。

付句は花月の不易をベースに、お町(ちやう)つまり御町(官許の遊里)の流行を詠みこんでいる。



まだ月の出ない、夕涼みの花茣蓙(花模様の筵)で、蛍の光をたよりに艶書をものする遊女。



夏の恋の付合ながら、花の定座(二ウラ13句目)へと月をこぼしてもいる。

(「花筵」は雑の正花。「涼み」とあわせて夏の花の座となる。)



花の座の月は蕉門歌仙(初ウラ)で知られているけれど、談林百韻でもなされていたのであった。

芭蕉の式目解釈の革新性を云々するのであれば、談林くらいは多少チェックしておくべきだということの、ひとつの証左となろう。

2019年8月10日土曜日

●土曜日の読書〔未来から来た人々〕小津夜景



小津夜景








未来から来た人々

仕事から帰ってきて、共同玄関の郵便受けをのぞきこむと、voyanceと書かれたチラシが入っていた。

フランス語のチラシにvoyanceとあったら、それは間違いなく透視術の宣伝である。透視術のチラシはだいたい月2、3枚ポスティングされている。この種のことに興味のない私には完全に未知の世界だ。

というようなことを、いつだったか知人に話した。するとその知人は占い好きだったようでフランスの占い師事情についてあれこれ教えてくれた。まず彼らのほとんどが女性で、残りの男性はおおむねホモセクシュアルである。新聞や雑誌に広告を出し、事務所を構え、時には秘書も抱えている。料金は50ユーロから100ユーロくらい。うんぬん。

「透視の道具はなんなの。水晶かタロット?」
「そうね。あとは手相とか。そうだ、カフェドマンシーってのもあるよ」
「ん?」
「café・do・mancie。コーヒーの飲み残しから運勢を判断するの」

なんと。それは茶柱的なものなのか。文化人類学的な興味が湧いて、知人と別れてから本屋に寄って調べてみた。
この風変わりな透視のメディアは、現代ではフランスの占い師の間で使われることはまれである。大流行したのはベル・エポックの頃で、今ではほとんどかえりみられない。その起源はおそらく十八世紀の終わりであろう。この占い術に関する最初の文章は、フィレンツェの占い師、トマス・タンポネッリによって書かれている。実際にこのメディアを使う場合には二通りのやり方がある。(ジョゼフ&アニク・デスアール『透視術――予言と占いの歴史』白水社)
 この二通りのやり方というのは、(1)よく水を切ったコーヒーの出しがらをソーサーにあけ、数回ゆすって広げる。あるいは、(2)カップの中のコーヒーを少しだけ残し、ひっくり返してソーサーにかぶせる。こうして生まれた模様の形からメッセージを読み取るのだ。他にも卵の白身占いや、インクの染み占い、水中の気泡占いなど、昔の占い師はありとあらゆる現象から未来を読み取ってきたらしい。ふうむ。

私は郵便受けに入っていたチラシを二つに折ると、共同玄関のゴミ箱に捨てた。そういえばフランス人は、デジャ・ヴェキュ(すでに体験した)とかデジャ・ヴュ(すでに見た)といった表現が好きだ。もしかすると彼らが未来に興味があるのは、実は自分がその未来からやってきた証拠が欲しいからなのかもしれない。


2019年8月9日金曜日

●金曜日の川柳〔星井五郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






いつ使えばいいかわからぬ方程式

星井五郎

方程式と急に言われても、すぐに思い浮かばない。方程式を解きなさいという設問があったことの方が覚えている。さて、どんなものだったのか。勉強したくないとき、定期テストの前日など、なんで、こんなと覚えなければならないのかと腹を立てていた。こんなことを学んでも何の役にもたたないとも思っていた。なのに、今になってもっと勉強しておけばよかったと思うことがたびたびある。

実生活に役に立つことだけに価値があるのではないということをうすうす気づいて、だんだんとわかりだしたのは学校を卒業しただいぶ経ってからである。そういうことを含めて教えてくれたのが、考える訓練してくれたのが、方程式に代表されるものだったのかもわからない。結論だけがすべてではなく、過程を大事にする。星井さんに無意識に使っているのですよと伝えたい。いや、そんなことがわかっているから一句にしたのだろう。「触光」(61号 2019年刊)収録。

2019年8月8日木曜日

●老人・その2

老人・その2


老人がすつぽり入りし日傘かな  細川加賀

わらはぬ老人隙間があれば苔を貼り  三橋鷹女

老人が被つて麦稈帽子かな  今井杏太郎

老人はうすくたなびくように来る  清水かおり〔*〕

蟹と老人詩は毒をもて創るべし  佐藤鬼房

老人やみみず両断され共に跳ね  永田耕衣

朝顔市種無し老人の昼の出店  仁平勝

老人やまた大げさに威銃  草間時彦

湯がちゆんと沸き老人に師走あり  岸田稚魚

野を穴と思ひ跳ぶ春純老人  永田耕衣


〔*〕『川柳木馬』第161号(2019年7月)

≫過去記事:老人
http://hw02.blogspot.com/2010/09/blog-post_15.html

2019年8月5日月曜日

●月曜日の一句〔行方克巳〕相子智恵



相子智恵







立志伝すぐに晩年緑濃き  行方克巳

句集『晩緑』(朔出版 2019.8)所載

立志伝とは「志を立てて、苦労と努力の末に成功した人の伝記」だから、苦労と努力の部分が短くて、すぐに成功した晩年になってしまう立志伝というのはあっけなくて滑稽味があって、一読、面白いと思った。だがじっくり反芻してみると、この句はそういうことを描いているのではないのだろう。

大河ドラマに出てくるような歴史上の偉人でも、市井の一個人の自叙伝でも、たいていの立志伝というのは、苦労や努力の部分が長く詳細に描かれる。そこにこそドラマがあり、面白いからだ。

つまり、立志伝そのものがすぐに晩年になるように書かれているわけではなく、これは立志伝を「読んでいる速さ」を描いているのだろう。「楽しい時間はあっという間に過ぎる」という、あれである。苦労し、困難を乗り越える努力の物語は確かに面白い。

もっと言えば、立志伝を読む立場すら越えて、この句を読むひとり一人のもつ小さな立志伝ともつながってくる句なのだと思う。理想を志して突き進み、挫折したり、乗り越えたりする若い時というのは、渦中では苦しいけれど、あとから考えてみると「苦労しながらも、あの時がいちばん活き活きして楽しかった」とか、「あの時の自分があるから今がある」と懐かしむような気になったり、時には実際よりも美化したくなる気持ちに往々にしてなるものだ。

現代は「長い晩年」に向き合わなければならない時代だ。この句は普遍的だが、現代において〈すぐに晩年〉は妙にリアルな気もする。〈緑濃き〉という季語に充実感があり、まだ枯れていないのも、現代的な「長い晩年」をそこから感じ取ることができる。

2019年8月3日土曜日

●土曜日の読書〔らくがき〕小津夜景



小津夜景








らくがき

チョークをもって、海辺までらくがきに行った。

らくがきすると考えごとがはかどる。身体の中に無意識のテンポが生まれるのだ。逆に手足をうごかさず、じっとしながら考えると全然うまくゆかない。思考の底でまったく別の案件を同時にいくつも思い巡らしてしまい、のうみその動作が重く鈍くなるらしい。

らくがきの癖は母親譲りで、母もまた家中のいたるところにらくがきをする人だった。特に会話をしていると手がとまらない。なんだったのだろうあれは。人と話すのが退屈なのだろうか。
かの有名なポンペイの壁に彫られた落書きもまた、古代の人々の退屈を記録したラテン語碑文であるが、こちらはもっといたずらっぽい感じだ。その壁は一面ラテン語で落書きされていた。古代ローマのどこかのチンピラが、そこに茶化すようにこう彫りつけている。「壁よ! こんなにも大勢の連中の退屈を受け止めて、よく粉々にならないものだな」。(……)今日においてもまさにそうだが、落書きというのはたいてい退屈した若者たちの、暇にまかせた破壊行為の産物なのだ。(ピーター・トゥーヒー『退屈 息もつかせぬその歴史』青土社、168頁)
トゥーヒーによれば、退屈とは世界から疎外された時に感じる空虚であり、セネカが『道徳書簡集』においてそれを「吐き気」と喩えた時代からの長い伝統がある。あの有名なサルトル『嘔吐』もこの系譜だ。もちろんいにしえの素朴な退屈が実存の退屈へと進化をとげるには、近代的知性を通過する必要があるのだけれど。

そう、話をふりだしに戻す。私は海辺に出たのだった。ささやかな、けれども回避しがたい生活上のある難題についてよく考えるため、代謝色をした一世紀前のレンガの壁に、私は波の線を引いた。それからレモンの形をしたクラゲをそのあわいに浮かべた。さらに椰子風の海藻を描いていたら、ストローハットの老人がにこやかに近づいてきて、

「ほら、あそこにたくさん鳥がいる。ぜひあれも描いてください」と空を指さした。

  私は空を見る。鳥は一羽もいない。

「見えないかな。あそこですよ」

  私の肩に手を回すと、老人は空のようすを実況しはじめた。

「よく見える目ですね」

「そうさ。長く生きてきたからとてもよく見えるんだ。あなたのチョーク絵だって、たとえ明日には消えてしまうとしても、いま見えるものをぜんぶ描いておかないとね」

老人は言った。子供に教え伝えるように。その表情から、この老人が、一人で絵を描いている私が孤独にみえて放っておけなかったのだ、とわかった。


2019年8月2日金曜日

●金曜日の川柳〔橘高薫風〕樋口由紀子



樋口由紀子






勲章の欲しい七才七十才

橘高薫風 (きったか・くんぷう) 1925~2005

30年ほど前に作られた川柳である。当時の七十才はもう人生も上がりで、余裕を持って、余生を楽しんでいただろう。一方、今の七才はませていて、おもちゃの勲章なんかには見向きもしないだろう。時代時代の年齢のイメージに多少のギャップはあるが、案外、人間の意識の底には変わらないものが流れつづけている。

我が家にはちょうど七才と七十才がいるが、これといった共通項はない。七繋がり以外、一見無関係と思われる年齢に「勲章が欲しい」という一点でもって関係性を繋いだ。七才が欲しい勲章と七十才が欲しい勲章は全く別のものだということを当然の前提として、そこをユーモアでつないで、共感の器にすっぽりとはめ込んでいる。「勲章」は殆どの人にはほぼ関係ないものなので、ことさらに意識するものではないが、共同幻想を抱くにはもってこいのものかもしれない。あるいは「勲章」を象徴として、お上から褒めていただきたいことを揶揄しているのだろうか。

2019年7月29日月曜日

●月曜日の一句〔生駒大祐〕相子智恵



相子智恵







雲は雨後輝かされて冷し葛  生駒大祐

句集『水界園丁』(港の人 2019.7)所載

今年は梅雨の6月が長く続いたと思ったら、いきなり晩夏の8月になったような、7月が消えてしまったみたいな夏だ。掲句の美しさに、改めて雨の多いこの夏を思った。

雲は雨の後に〈輝かされて〉しまう。〈されて〉に感情が出ていて、雲自体は変わっていないのに、周囲の変化によって(雲はそれを望んでいないのにも関わらず)いきなり輝いてしまうような感じなのだろう。それまでは灰色の雨雲だったのに、雨後の光に洗われて白く輝く雲は眩しくて、自分との親しさから遠のいていく感じが、ふわっと切ない。

そこに〈冷し葛〉が、〈輝かされて冷し葛〉とつなげて読めるような形で置かれている。〈冷し葛〉という、輝きながらも芯が白く濁っているみずみずしい一皿の菓子に、雨後の輝く雲がすーっと着地していくさまは、抒情的で美しい。いわゆる「取り合わせ」よりも、もっと「世界が滲みあっている」感じがする。

雲は遠くに、冷し葛はすぐ近くにあって、違う世界のはずなのに滲みあいながら自然とそこにある。遠くて近い不思議な水と光に、世界はひたひたと、静かに満たされていく。
ただ、それを見ている自分はその世界からすっと引き離されていくような気がしてしまうのは、〈輝かされて〉と一つだけ現れた感情による。眩しさの中に寂しさが漂うのだ。

2019年7月27日土曜日

●土曜日の読書〔自分の名前〕小津夜景



小津夜景








自分の名前

昔住んでいたアパートのベランダは広い庭に面していて、大量の鳥がわっさわっさと大樹をゆらしていた。手すりから腕をのばすと触れられる距離で彼らはおしゃべりしていたのだけれど、何を言っているのかはわからなかった。

ベランダの向かい側は市の公団で、お互いの生活がよく見えた。公団の地階は児童館になっていて、子供たちが朝から夜まで叫びながら遊んでいる。だがどの子供もアラビア語まじりで何を言っているのかはわからなった。

「ねえ、言葉の意味がわからないまま生きていると、だんだん周囲の存在と風景との境目がぼんやりして、自分の輪郭ばかりがきわだってこない?」

あるとき電車の中で、たまたま隣に座った女性から突然そう話しかけられた。びっくりして相手の顔を見ると、特に変わったところのない女性である。もっとも世間話のテーマには国ごとに強い訛りがある。きっとこの女性はすこぶる思弁的な国から来たのだろう。

「いいえ、存在の一つ一つがぐんとリアルに粒立ってきて、むしろ自分の方こそ背景と一体化してしまいます。透明人間になったみたいに」
「透明人間? それは大変ね。なったあとはどうするの?」
「適当な頃合いを見計らって、普通の人間にもどるんです」
「どうやって」
「自分の名前を自分で呼ぶんですよ。初めは寝ている人を起こすように優しく、次第に大きな声で呼ぶようにするとうまくゆきます」

見知らぬ女性と別れ、アパートのドアをあける。誰もいない部屋。ふと思いついて、自分の名を呼んでみる。するといくぶん透明になっていたのか意識がはっきりする。そして意識がはっきりすると、心がからっぽなのにも気づいた。なんだか意味が恋しい。犬が飼い主を呼ぶように、私はくりかえし自分の名を呼んだ。

自分で聞く自分の名前はいつだって新鮮で、それでいて心のかたちにぴたっとはまる。誰しも一番よく意味をわかっている言葉、それは自分の名前だ。そしてそこから存在の哲学も始まる。
だから、哲学を「大人になってから、子供に帰ること」とも言えるだろう。たくさんの遊戯を経て、多くの博物誌に触れて、思想の果実がなる頃に、また、なにももたない子供に戻る。/そんな風にして、私たちはまた哲学を始められる。すでにある思想にがんじがらめになってゆく、知らぬ間に。そのなかで、はっとした気づきから、はじめの心に立ち返る。(木村洋平『遊戯哲学博物誌 なにもかも遊び戯れている』はるかぜ書房)

2019年7月26日金曜日

●金曜日の川柳〔未補〕樋口由紀子



樋口由紀子






煙突に交じって妻が立っている

未補 (みほ) 1989~

我が家から数キロのところの埋め立て地に大きな工場があり、煙突が並んでいる。何本ぐらいあるだろうか。遠くから見る煙突は煙が吹き出しいているときよりも、ただ立っているときの方に存在感があり、何かをしでかしそうで、不気味に立っている。

掲句の煙突は一本ではなく、数本のイメージが私にはある。前を行く妻が遠ざかったと感じたときに、あるいは遅れてくる妻をふと振り返ったときに、妻の姿は煙突の中の一つと見誤えてしまうほど、まるでその中のいるように溶けこんでいる。「交じって」の措辞で日常をはみだし、日常との差異を生み出している。妻は、一瞬、現実の時間からはずれて、過去か未来に移動したようにふわりと浮いているようでもある。妻とのとらえようのない隔たりを静かに見つめている。私は取り残される。「第一回毎週web句会誌上川柳大会」(2019年)収録。

2019年7月25日木曜日

●木曜日の談林〔松臼・一朝・一鉄〕浅沼璞



浅沼璞








 よだれをながすなみだ幾度(いくたび) 松臼(打越)

肉食(にくじき)に牛も命やをしからん    一朝(前句)
 はるかあつちの人の世中(よのなか)  一鉄(付句)
『談林十百韻』上(延宝3年・1675)

前句は打越の嘆きを牛サイドから「薬喰」として取り成したもの。

それを付句は肉食を常とする西洋人サイドへと見込んだ。

(前句の場面を新たな観点から特定するを「見込」という)



「はるかあつち」などと突っぱなすのが談林らしい。

「の」のリフレインも効いてる。

もう牛も観念するしかないだろう。



これは前にもふれた事だけれど、この連句集を機に、江戸の無名結社の呼称であった「談林」が、宗因流の汎称として世に知られるようになる。



ちなみに十百韻(とつぴやくゐん)とは百韻を十巻(とまき)かさねたもので、つまりは千句のこと。

「とつぴやく」も「あつち」も促音がここちよく、談林っぽい。

2019年7月24日水曜日

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2019年7月22日月曜日

●月曜日の一句〔小川軽舟〕相子智恵



相子智恵







押し通す愚策に力雲の峯  小川軽舟

句集『朝晩』(ふらんす堂 2019.7)所載

愚策であっても押し通せる人というのは、確かに力があるのだと思う。そして押し通してしまえば、愚策であってもその策は力をもち、粛々と進行されていってしまう。社会人になってみると、往々にしてこういう場面はある。

この句は愚策を押し通している会議のような場面での、エネルギッシュな「愚策を押し通す力のある人」を見て詠んだものなのか、押し通された愚策が力をもち、粛々と実施されていく「愚策そのものが力を発揮している状態」を詠んだのか。そのどちらも含むのだろう。

〈雲の峯〉は傍から見ると堂々と大きくそびえ立ち、力強いけれど、その実態はふわふわとした小さな水滴で、掴めないものだ。「まあ仕方がない、愚策であっても決まったことなんだし、決まったことには力があるよ」という見えない諦めの空気をまとうことによって、愚策の力は複利のようにもくもくと、大きな入道雲に育っていく。よく考えてみれば、ただ誰かが押し通した愚策にすぎないのに。

〈押し通す愚策に力〉はこの世の真理だな、と思う。あえて「付き過ぎ」のような〈雲の峯〉も深く読ませるところがある。

2019年7月20日土曜日

●土曜日の読書〔ワクチン接種〕小津夜景



小津夜景








ワクチン接種

家中の掃除を終えて、コーヒーを淹れていたとき、ちょうど訪問看護師のナタリーさんが、こんにちは、とやってきた。

「今日はワクチン接種だっけ?」とナタリーさん。
「そうです。破傷風の」と私。
「じゃあワクチンと、予防接種手帳を出して」

ナタリーさんの指示を受け、私は冷蔵庫から破傷風ワクチンの箱を出す。ワクチンは自分で薬局に行って購入する。保険が効くので、実際に払うのは0ユーロだ。ナタリーさんは箱をあけ、ラミネートをはがすと、注射器とワクチンと針をとり出す。そしてきんきんに冷えたワクチンをしばらく手の中で温めたのち、注射器にワクチンと針をくっつけた。

私はソファに寝そべり、短パンを下げてお尻を出した。注射は一瞬で終わった。そそくさと立ち上がり、台所に準備してあった2人分のコーヒーとドーナツをテーブルに並べると、ナタリーさんはスマホを出して、患者のケア用に用意しているリュートの曲をかけてくれた。

「あ。美術番組の曲」
「ふふ。シシリエンヌっていうのよ」
「不眠や躁病って、中世は音楽で治したって聞きましたよ」
「そうそう。この曲はルネサンスだけど」

ナタリーさんが音楽に詳しそうなので、私は本で齧ったうんちくを話す。中世のリュート弾きはハンセン氏病や酔っぱらいの治療もできて、病院や宮廷で演奏していたそうですよ。へえリュート弾きってすごいのね、他には何が治せたの? 他は知りませんが、ほんとリュート弾きはすごいです、もうね、お風呂屋さんでも演奏してたくらいで。
「中世の市民にとって、お風呂は特別なエンターテイメントだったんです。ほとんどの市民は自宅に風呂なんてありませんから、公共浴場へ行くわけですね。当時、大都市には十軒くらいの風呂屋があって、ウィーンに至っては二九軒もあったそうです。
それでその風呂屋ですが、おっしゃる通り混浴で、風呂桶に浸かりながら飲み食い、おしゃべり、カードやさいころ賭博を楽しむ習慣がありました。そんな雰囲気ですから、性の交わりに発展することもあり、いってみれば歓楽の施設だったんですね」
「なんかイヤですね……」
彼女が言った。僕は面白いと思うけど。
「いかにも放浪芸人が活躍しそうな場所ですよね」

(木村洋平『珈琲と吟遊詩人』社会評論社)
私の話にふんふんと耳を傾けていたナタリーさんは「楽器で酔わせて楽器で治す。儲かりそうな仕事ね」とうなずいた。窓の外から夏風が吹き込む。おいしそうなケバブの匂い。近所のレバノン・レストランが開店したのだ。




2019年7月19日金曜日

●金曜日の川柳〔米山明日歌〕樋口由紀子



樋口由紀子






割り方が私とちがう生卵

米山明日歌(よねやま・あすか)1952~

この句をそのまま読むと何かの割り方が私と生卵とはちがうということになる。私も卵も生身であるという共通項で無理やりに括ることができるが、私と生卵の割り方のちがいをうんぬんするのはやはり奇想である。奇想が川柳にとってダメかと言うと一概にそうとは言えない。

しかし、生卵は主体的に割る方のものではなく、割られる方のものなので、どうしても、生卵の割り方がだれかとちがうということに落ち着いてしまう。けれども、それならば、〈生卵の割り方が私とちがう〉とするのがふつうだが、それではあまりにも散文すぎる。倒置法で「生卵」を下五に持ってきたのだろう。順序を変えるだけでもおやっという違和感が出る。個人個人の考えることのおもしろさを奇想な部分を暗に含ませながら表出している。その手の加え方、手加減さが巧みである。〈巻頭の鬼の話はふせておく〉〈ギリギリの話しする 第二関節〉〈別別の花の名前でしめくくる〉 「川柳ねじまき#5」(2019年刊)収録。

2019年7月17日水曜日

●ヨット

ヨット

遠景にヨット近景にもヨット  柴崎七重

対き替へてヨット白さを失へり  加倉井秋を

かの赤きヨットのけふも来る時刻  富安風生

ヨット出発女子大生のピストルに  西東三鬼

ヨットより出でゆく水を夜といふ  佐藤文香


2019年7月15日月曜日

●月曜日の一句〔安藤恭子〕相子智恵



相子智恵







シャツの裾だんだん重き水遊び  安藤恭子

句集『とびうを』(ふらんす堂 2019.7)所載

子どもが水鉄砲で水を掛け合ったりして遊んでいる。最初は水鉄砲を打ったり走って逃げたりするのが楽しくて、時間を忘れて、きらきらした水の束だけに集中している。シャツの裾であって、ズボンの裾などではないから、川やビニールプールなど足元から水に入る遊びではなく、水鉄砲のような遊びを想像した。

それが〈シャツの裾だんだん重き〉で、徐々に裾の重さに気づいてくる。シャツの重さの方が気になるようになってきたら、そのうちシャツの冷たさにも気がついて、水遊びだけに没頭していたひとときは過ぎてゆく。遊びは終わりに近づくのだろう。

掲句は大人になってから、子どもの頃の水遊びを思い出したのかもしれないなと思った。子ども時代を思い出す時、遊びそのものの記憶よりも、なぜかこのような触感などの感覚が残ることが多いように思う。懐かしくてちょっと切ない一句。

2019年7月13日土曜日

●土曜日の読書〔リハビリルームの雲〕小津夜景




小津夜景







リハビリルームの雲

ブレンダーに人差し指をつっこんだまま、間違ってスイッチを入れたら、人差し指が消えた。

あたりは血の海である。ひい、と唸ったがあとのまつりだ。血の海をほっといたまま急いでタクシーにのり、町で一番と噂される総合病院の救急にかけこんで診てもらうと、これはどうしようもありません、と真面目な顔で言われる。匙を投げられたのかと思いきや、

「さいわい近くに手足専門の外科医がいますから、そちらにお願いしましょう」
「手足専門なんているんですか」
「ええ。F1やモトクロスを専門とする手術チームです。このままそこへ行ってください。いいですか。先方に連絡しておきますからね」

翌日、人差し指を螺旋に縫い上げつつ形をととのえ、その数週間後にリハビリが始まった。が、3ヶ月経っても指が曲がるようにならない。こんなに時間がかかるんだなあと半ば飽き飽きしながら、ある日もリハビリルームで先生を待ちつつ指の縫い目を眺めていたら、

あれ。これなんだっけ?

と、とつぜん脳が混乱におちいった。

これは、どうしたら、どうなるものだったかしら。てゆーかなにをどうしたら、これが治ったことになるんだっけ。

わからない。ほんの軽い混乱だったはずのものが、考えるごとに深みにはまってゆき、またたくまに四方が闇になった。わ。なんで目まで見えないの。なにこれ怖い。怖いよう。

と、そこへ先生が来た。いま起こったことを急いで先生に伝える。あっはっは。頭の中がこんがらかったんだね。先生に笑われ、すうっと不安がほどけて、今日のリハビリを開始する。私たちのほかは誰もいないパステル色の室内。窓の外を夏の雲がながれてゆく。
おお、雲よ、美しい、ただよう休みなきものよ。私はまだ無知な子供だった。そして雲を愛し雲をながめた。そして私も また雲のようにさすらいながら、どこにもなじまず、現在と水逮とのあいだをただよいながら人生をわたって行くであろうことを知らなかった」(ヘッセ『郷愁 − ペーター・カーメンチント』岩波文庫ほか)
私もまた、雲が教えてくれた大きな物語を忘れていない。そしてこれからも忘れはしないだろう。ああ、今日は本当にいい天気だなあ。そう思いながら深呼吸したとき、先生のてのひらに包まれた人差し指から、まだ目には見えないうごめきが、ぴく、と萌したのがわかった。


2019年7月11日木曜日

●木曜日の談林〔柏雨軒一礼〕浅沼璞



浅沼璞








 此(この)池波の小便に月    一礼(前句)
うたかたの泡五六服霧たてゝ    同(付句)
『投盃』第三(延宝8年・1680)

立小便の泡を抹茶のそれに見立てた付合。

付句では「……服」「……たて」と茶道の縁語をつかいながら、「月」を受けて「霧」で秋のあしらいをしてる。



それにしても泡が五六服とは、ぷくぷくした感じで笑える。

結句に至っては、狭霧つまり水しぶきがたってるようで尚笑える。



ちなみに談林で小便の句といえば「しゝ/\し若子の寝覚の時雨かな」(両吟一日千句)の西鶴発句が知られてるが、付句でも「小便はちく/\出て物思ひ」(独吟一日千句)などと際どい恋を西鶴はしてる。


〔柏雨軒一礼(はくうけん・いちれい)は大坂商人で宗因門。『投盃』(なげさかづき)は独吟百韻十巻を収めた連句集。〕

2019年7月10日水曜日

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2019年7月8日月曜日

●月曜日の一句〔新谷壯夫〕相子智恵



相子智恵







心持傾きしまま水中花  新谷壯夫

句集『山懐』(俳句アトラス 2019.6)所載

安っぽい水中花の、安っぽさの極みのような句で面白い。水に入れると開く、昭和らしい紙製の水中花を想像する。土台が水の底で心持ち傾いていたのだろうか、あるいは紙のクセか、少し傾いて水の中に立っている。

〈傾きしまま〉なので、いつ見ても直されることもなく、少しだけ傾いたままなのだろう。なんとなくトイレの小窓の桟にでも置かれていそうだな、と想像する。置いてあることすら忘れ去られてしまっているような、気にも留められていない水中花。

行きつけのお店だろうか。あるいはよく行く誰かの家か。心持傾いていることに気づいてはいても、自分では直せない他者の水中花。でもいつ見ても〈心持傾きしまま〉で、その安っぽさに何だか心が和むのである。

2019年7月6日土曜日

●土曜日の読書〔砂漠の約束〕小津夜景




小津夜景







砂漠の約束

今度の土曜日、遊びにいらっしゃい、とマリーが言った。

さいきんマリーは90歳になった。武術を習ったり、油絵を描いたり、朗読をしたり、毎日いそがしい。じゃあ私、レモンケーキを焼いてゆきますので、そのつもりでいてください、と約束する。

土曜日の昼、マリーのアパートを訪れる。いま前菜を運ぶからテーブルで座っててね。ビズをして、マリーが言った。私はそれを無視してずかずかと台所に入り、前菜の皿をテーブルへ運ぶ。大きな砂漠の写真が居間に飾られている。

「きれい。これ、どこの砂漠?」
「アルジェリア。私の住んでたとこ」
「へえ!」
「大昔の話よ。結婚と同時に渡って、戦争で逃げ回って、あのときはさんざんだったけど、また行きたいの。若い娘だったころ暮らした風景の中に、もういちど身を置きたくて」

90歳の女性にこのようなことを言われた場合、いったいどう返すべきか。私は、たぶん正解ではないなと思いつつ、

「きっと変わってないわ。どんなに変わっても、かならず当時の面影があると思う」

と言ってみた。するとマリーは笑って、

「ごめん。私は思い出より憧れの方が好きなの。つまり、どのくらい都会になったかしらと想像して楽しんでるわけ」
「そっか。砂漠以外はきっとずいぶん変わっただろうね」
「砂漠だって毎日変わるわよ。海みたいに」
「うそ。そんなに?」
「変わる変わる。こんど一緒に行きましょう」

思い出より憧れの方が好き。これは登山家ガストン・レビュファの言葉で、昔のフランス人ならたいてい知っている。
山脈というものは、はっきりした輪郭を持ち、見る人を圧倒する緻密な物体である。これに反して、砂漠、ことにサハラ砂漠は広大で、いたる所で同じ景観を有するかと思うと、いたる所で別の姿を持つ。いわば海のように、移動性を持つ。(…)砂の壁は厚い、不透明の壁で、前進して来る。自然は好きなように行動し、地表を一変する。それは新しい雪が地表を一変するのと同じで、前日に見た地表の姿は、風がやんだとき、すっかり消えている。(ガストン・レビュファ『太陽を迎えに』新潮選書)
今日はお招きありがとう。こちらこそ楽しかったわ、また月曜に道場でね。マリーのアパートを出て市バスに乗り、車窓から海を眺めていて、とつぜん喉がつまる。憧れというのはなんと素晴らしいものだろう、と心が震えたのだ。