2016年5月16日月曜日

●月曜日の一句〔茨木和生〕相子智恵



相子智恵






蝸牛桜の脂を舐めゐたり  茨木和生

句集『熊樫』(2016.05 東京四季出版)より

蝸牛が、桜の樹液を舐めている。著者の作風からしても、掲句は実景であろう。蝸牛と桜の脂は、実景ならではのハッとする組み合わせである。私は恥ずかしながら、蝸牛は葉を食べる…くらいの知識しかなく、生態に詳しくないのだが、樹液を舐めるのだと驚いた。

掲句は偶然、写生で切り取られた風景でありながら、蝸牛と桜の樹液の色合いや質感が響きあっている。うっすら透き通る殻に、ぬめぬめとした体を持つ蝸牛が、てらてらと光る飴色の桜の樹液を舐めている。自然と雨も感じられてくるから、全体的に濡れ光りしている感じだ。

この句で不思議な力を発揮しているのは、他の樹ではなく「桜」であるということではないか。桜という、物語を多分に含む(文学的には桜ではなく「花」の方がそうなのであるが)季語が、この実景を不思議と祝祭的な気分にしていると感じる。

写生で得た偶然の場面、しかし、作者はもちろん見たものすべてを句にしているわけではないのだから、それを切り取り、残した作者の美意識。野趣あふれる実景の句の中に、その美意識が息づいている。

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